『黒い家』
貴志祐介の原作を森田芳光が味付けした保険金をめぐるサイコホラーの傑作。韓国版より断然怖かった。
公開:1999年 時間:1時間 58分
製作国:日本
スタッフ 監督: 森田芳光 原作: 貴志祐介 キャスト 若槻慎二: 内野聖陽 菰田幸子: 大竹しのぶ 菰田重徳: 西村まさ彦 葛西好夫: 石橋蓮司 黒沢恵: 田中美里
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
ポイント
- 森田芳光はこの手のホラー映画も器用に仕上げる。スマホもないファックス全盛期の話だが、大竹しのぶの怪演で、今観ても十分怖いし楽しい。内野聖陽も若い!
あらすじ
生命保険会社で保険金の査定業務を担当する若槻(内野聖陽)が、保険加入者である菰田重徳(西村まさ彦)からの呼び出しにより自宅に訪問する。
居間では子供が首を吊った状態で死亡しており、若槻は目撃者にさせられてしまう。
そこから、次々と事故が起こり、保険金の請求が繰り返されていくことになるが、やがてこの不審な事故の裏には、妻の幸子(大竹しのぶ)がいると分かってくる。
レビュー(まずはネタバレなし)
怖いものは今でも怖い
20年近く前に作られた邦画サイコ・ホラーの傑作。当初観たのは公開時だったのでもうだいぶ昔だが、今観ても、全然古臭くない。というか、十分怖い。
森田芳光監督の先見性なのだろう、参りました。
勿論、さすがに出演者の服装やヘアスタイルは古臭いし、ケータイもスマホもなく、まだファックスが幅を利かせている時代。けれど、怖がらせるツボみたいなものは、時の流れとは無縁ということだ。
◇
そもそも、貴志祐介の原作が怖いのかもしれない。確か、当時読んだ気もするのだが、ちょっと忘れてしまった。韓国のリメイク版も以前に観た。こちらも、また違う怖さはあったが、やはり本作の方が格上だと思う。
怖いのに笑える
今回改めて感じたが、ホラーとはいえ、結構笑いを取りにいっている。例えば、西村まさ彦が扮する重徳が、気味の悪い動きをしながら保険金がおりたか営業所に日参する様子はコントのようだ。
怪我で入院したシーンでもつい笑ってしまう。指狩族の残党と恐れられた男が腕狩族になるとは。
◇
また、いつも何を考えているか分からない受け答えの幸子が、ひとりでボウリングに精を出しているのも妙におかしい。
彼女が、幼少期から現在まで、常に黄色い服を着続けているのも面白い。マイボウルまで黄色。冒頭のタイトルバックのヒマワリは、けして明るく健康的なイメージでみてはいけないのだ。
単純にグロテスクなものを見せたり、大きな悲鳴をあげたりで怖がらせるのではなく、これだけの笑いの要素を散りばめながら怖がらせるところが才能だ。
『しぶき、たてすぎ』から『乳しゃぶれや』まで、笑いと恐怖は紙一重で背中合わせなのだと気づかされる。こういう作風が成功したのは、森田芳光の本作と、三池崇史監督の『オーディション』くらいではないか(どっちも20年前と古いが)。
◇
それにしても、大竹しのぶはよくこの幸子役を引き受けたなと思う。勿論、彼女が演じるからこその迫力なのだが、正直演技力が云々という作品ではない。
こういう森田監督と女優との信頼関係が、のちの『阿修羅のごとく』のような作品を生むのだろうか。彼女にしても、その後『後妻業の女』のような役につながっている。
内野聖陽は、森田監督にとっても『(ハル)』での好演の印象が強かったのか、本作では同じ系統のキャラだ。
レビュー(ネタバレあり)
懐中電灯のみの家探しで震える
この幸子という女。会話が通じない、何をやらかすか想像できない相手が攻めてくる恐怖とはどういうものかを、ビンビンに伝えてくれる。
若槻には話の分かる上司(石橋蓮司)はじめ会社の後ろ盾はあっても、基本的に孤軍奮闘。頼りがいがありそうだった保険会社のトラブル処理担当の三善(小林薫)も、極めてあっさり幸子に処理されてしまうし。
◇
最も盛り上がるのは、やはりタイトルでもある幸子の家に、恋人の恵(田中美里)を救出するために若槻が侵入し、暗闇のなか屋敷の中を探し回るシーンだ。
懐中電灯の先に、くねくね動く大人の玩具、廊下のボウリングレーンのような跡、死体でも入りそうな冷蔵庫内に空いたスペース、血だらけの浴槽、床下に三善の死体。恵は無事なのか!
◇
不気味なシーンといえば、幸子が若槻の留守宅に上がり込んで、部屋をメチャクチャに荒らすシーンも衝撃的。
徘徊する彼女をマンションの窓の外から若槻が見上げる構図、留守電のモニター機能で拾う幸子のつぶやき。血は流れなくても、怖いものは怖い。
幸子の夫の重徳の登場シーン中心に効果音のように使われる金属が軋む音、意図的にピントをぼかす演出なども不安を煽る意味では効果的。
月の満ち欠け
また、三日月と満月が何度も象徴的に使われているのも、映画ならではの面白味だ。
幸子の家の近くにあるガスタンク(照明さんお疲れさま)、トイレの窓を割って投げ込まれるボウリングの球。保険会社のロゴマークも、よく見ると球が飛んでくる軌道のようなデザイン。
◇
原作にはないという、幸子の<ボウリング>と若槻の<水泳>のシーンも頻繁に登場するが、あれは何かの対比なのだろうか。ともに、レーンを突き進むしかないという点では似ているが。
幸子のイメージカラーの黄色は分かりやすいが、グリーンは何だろう。保険会社のPC画面や会議室シーンの照明は、意図的に緑と黄色を多用しているし、幸子が盗み読みしていた若槻のポストの手紙の指紋も緑。なにか深読みできるのか。
それから、最後の戦いがおきるオフィスで窓ガラスにひびが入ったり、電話が使えなくなったりするのは、幸子の仕業なのか、不吉の前兆なのか、どちらなのか。
それに、せっかくの金沢ロケの映画だが、あまりお祭りのシーンは出てこなかった気もする。
最後の方はあら探しになってしまったが、本作が気に入っているから、ついツッコんでしまう。
伊藤克信や山崎まさよし、貴志祐介をワンカット出演させている楽屋オチは悪ノリな気もするが、数ある森田作品のなかでも、私の中ではトップ5には確実に入る(入れたい)作品。原作もぜひ。