『アフタースクール』
内田けんじ監督の脚本構成力がうなる、騙されること必至のエンタメ・サスペンス。大泉洋・堺雅人・佐々木蔵之介の豪華三つ巴対決。ネタバレなしでまずは観ないと。
公開:2008 年 時間:102分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 内田けんじ キャスト 神野良太郎: 大泉洋 木村一樹: 堺雅人 北沢雅之: 佐々木蔵之介 佐野美紀: 常盤貴子 謎の女: 田畑智子 片岡: 伊武雅刀
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
あらすじ
母校の中学校に勤める教師・神野(大泉洋)の元に、かつての同級生だと名乗る見覚えのない男(佐々木蔵之介)が現れる。
現在は探偵だという彼は、同じく神野の同級生で親友の木村(堺雅人)を探しているという。神野は成り行きから木村の捜索に協力することになってしまい……。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
精密機械のような脚本構成力
映画は脚本が全てではないが、内田けんじの映画を観ると、脚本の力だけで魅せる映画は確実に存在するのだと気づかされる。
本作は長篇デビュー作『運命じゃない人』 がカンヌ国際映画祭で4冠に輝き、その脚本の構成力で世間の度肝を抜いた内田けんじ監督が、豪華キャストを擁して挑んだ作品になる。
監督の代名詞である、複雑かつ精巧に練り込まれた脚本は、他愛もない日常にこんな面白い仕掛けが潜んでいたかと、驚かされる。暴力も流血もない、コメディにも走らない、愚直に脚本の構成力だけで物語を牽引する。
◇
彗星のように現れた『運命じゃない人』と違い、ヒットの後の次作には周囲の期待や先入観もある。この辺は、最近では『カメラを止めるな!』の上田慎一郎監督に世間が向ける期待と近いか。
更に、大泉洋・佐々木蔵之介・堺雅人と主要キャストの三名は、単独で数字が取れる人気俳優揃いだ。これまでとは勝手も違う。だが、そんなプレッシャーの中で、これだけの完成度の映画を仕上げた。脱帽ものだ。
さわりだけを慎重に紹介
さて、本作をネタバレなしで語るのはとても難しい。下手をすると、あらすじで触りの部分を語るだけでも、嘘になってしまう。そこに気を付けながら、導入部分を見たまんまに語ってみる。
◇
大手商社・梶山商事に勤める木村(堺雅人)は、妊婦の美紀(常盤貴子)を団地に残して家を出る。そこに、ローンで購入したポルシェに乗った親友の中学教師・神野(大泉洋)が登場。
木村は神野の愛車を借り、横浜方面へ出かけ、そのまま姿を消す。木村が不在のまま美紀は産気づき、神野らと病院に行き、無事に娘を出産する。
◇
一方、木村が横浜のホテルのラウンジで謎の女(田畑智子)と密会している姿が、社員に盗撮され、それが梶山商事社長の大黒(北見敏之)の目に留まる。
大黒は腹心の唐沢(奥田達士)に木村探しを命じ、それをヤバい仕事専門の探偵・北沢(佐々木蔵之介)が請け負う。北沢は、中学の同級生を装って木村の母校を訪れるが、そこには、木村と同級生だった教師の神野がいる。
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ざっと、こんな流れだろうか。訳が分からないまま、話を追いかけるのに精いっぱいになるが、このあたりまでは理解できる。話の破綻もない。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。特に、本作は種明かしがキモの映画なので、これから初めてご覧になる方は、ご注意ください。
騙されることが快感に
私は、<将来記憶に自信がなくなったらもう一度観返したい映画リスト>に、一連の内田けんじ作品をリストアップしておこうと思う。
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さて、本作の前半部分は、話の流れは理解できるが、気になる要素も多い。
冒頭の中学校の下駄箱前で美紀から手紙をもらう木村。そこからすぐに現在の団地シーンに移るのは、二人が夫婦だと錯覚させるためだが、まずそのまま鵜呑みにするだろう。
妊婦の美紀の脇に、実父と思われる男性(山本圭)、いつの間にか部屋に上がり込んでいる近所の坊主頭の男(佐藤佐吉)、なぜか出産に立ち会う通りがかりの男(ムロツヨシ)。
こんな怪しい男たちは、何も説明がないので、そういう雑な映画なのだと誤解する。その気になれば、ヒントは相応にあったが、何かありそうだと匂わすのは、選挙演説する大物議員の江藤まさよし(大石吾朗)くらいか。
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ポルシェがレッカー移動されたマンションの前の店で、「もう、どうでもいいや」と北沢の前から立ち去る神野。自宅に戻るとなぜか木村が座っている。
神野と木村は何かを企んでいた? ここまで普通に進んでいたドタバタ劇が、ちょっと待てよ、となる瞬間である。
あゆみって結局誰なのか
大黒社長たちが明日横浜で計画している裏取引の情報をつかんだ木村と神野が、それを脅迫して大金をせしめようという話だったか。この時点ではそう認識する。
同級生・島崎の名を騙って近づいてきた北沢が神野に見せた木村の写真、そこには妹(田畑智子)の姿が。
北沢には不運なことに、島崎はかつて妹にラブレターを書いた男だった。こいつは別人だと神野は気づくが、泳がせることに。
◇
聞き込みに入った個室ビデオの女に神野が見せていた写真のすり替え、あるいは携帯に残っていた、尾行時に現れた手相の勉強の男の声など、小ネタがちゃんと本筋に活かされていて、心地よい。
ここまでの振り返り
野暮を承知でここまでの話を整理する。
ヤクザの組長・片岡(伊武雅刀)は、経営する高級クラブHEAVENのナンバー1ホステス・あゆみ(常盤貴子)を借金漬けで自分の女にしていた。やがてあゆみは片岡の子を妊娠し、堕胎を拒絶した。
HEAVENの上得意である梶山商事の社員として木村が来店し、中学の同級生だったあゆみ(本名は佐野美紀)に気づく。助けを求めたあゆみを、店の前で待たせていた神野のクルマに乗せ救出し、婦警である神野の妹に相談した。
◇
ここで話がこじれる。あゆみがピロ―トークで片岡に聞いた話では、片岡の非合法な海外取引を、梶山商事が代行しており、大黒社長が極秘に毎月大金を持って横浜のホテルに現れるというのだ。
追跡していた事件の有力情報を得て、色めきたつ警察公安部。ヤクザから逃げた女の話は、大勢の公安課員が動員される事件に格上げされる。神野と木村は、美紀を保護しながら、警察の取引現場の確保要請に協力していたのだった。
ファミレスではなくうどん屋の理由
ここまでキレイに騙されるだけでも面白いが、本作で感心するのは、ネタバラシが終わっても、最後の国道沿いのうどん屋での大黒社長との木村の取引シーンまで、緊張感を持続させる点だ。
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店は貸し切り状態で、全ての店内客も、店員も警察の人間だ。脅迫された大黒社長は証拠と引き換えに木村にカネを払い店からクルマで去る。
取引成立のメッセージが、周囲の客のうどんをすする音で伝言されるマヌケな演出がたまらない。笑いと物語進行のバランスが絶妙にいい。
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そのあとに片岡が現れ、木村の前に着席するが、なんと公安は相手にせず、みな撤収してしまう。片岡につきあってやるのは、マル暴の刑事(山本龍二)だけなのだ。
そして、ホンボシの大黒社長は、なんと検問で飲酒とロリコンDVD所持という別件でひっかけるのである。自分で転んでおいて公務執行妨害でひっぱる<転び公妨>みたいなもんか。おお怖わ、公安警察。
新作待っています!
いやいや、ここまでで大満足です、内田監督。「公務員なめんな」の神野は借金でポルシェ買って、再会した美紀にプロポーズも予定している。そして、片岡と美紀の間にできた娘を育てていくつもりなのだ。
冒頭のラブレター授受同様、木村はいつも二人の橋渡しだった。自分も好意を抱いていたのに。そんな木村を優しくフォローするのは、子供の頃から木村に気が合った妹という訳だ。
この手の映画で、話が中盤にある本筋とは無縁のシーンに立ち戻って終わるのは珍しい。ちなみに、江藤元大臣についても、最後に伏線回収となる。
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内田けんじ監督は、本作の後、再び堺雅人と組んだ『鍵泥棒のメソッド』(2012年)以降、10年近く新作長篇を出していない。
長考モードに入ってしまったが、きっと脚本の精度を高めているのだろう。ここにも、新作を待ち焦がれている者が一人いますと、声を大にして伝えたい。