『平場の月』考察とネタバレ|大人だってセカチューみたいな恋をする

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『平場の月』

堺雅人と井川遥の共演で贈る、バツイチ同士の大人の恋。

公開:2025年 時間:117分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:        土井裕泰
脚本:        向井康介
原作:       朝倉かすみ

           『平場の月』
キャスト
青砥健将:       堺雅人
(中学時代)     坂元愛登
須藤葉子:       井川遥
(中学時代)     一色香澄
うみちゃん:     安藤玉恵
前田道子:      中村ゆり
鎌田雄一:       成田凌
八十島庄助:     でんでん
安西知恵:       椿鬼奴
リリー:       栁俊太郎
青砥健介:       倉悠貴
青砥の元妻:    吉瀬美智子
児玉太一:      塩見三省
江口剛:       大森南朋

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

(C)2025映画「平場の月」製作委員会

あらすじ

妻と別れ、地元に戻った青砥健将(堺雅人)は、印刷会社に再就職し平穏な毎日を送っていた。そんな青砥が中学生時代に思いを寄せていた須藤葉子(井川遥)は、夫と死別し、現在はパートで生計を立てている。

ともに独り身となり、さまざまな人生経験を積んできた二人は意気投合し、中学生以来の空白の時間を静かに埋めていく。再び自然にひかれ合うようになった二人は、やがて互いの未来についても話すようになるのだが。

レビュー(まずはネタバレなし)

原作は朝倉かすみの山本周五郎受賞作。

妻と別れて母の介護のために地元に戻り、つつましく暮らす印刷工の男・青砥健将(堺雅人)と、夫と死別し病院の売店でパートで働く女・須藤葉子(井川遥)が、中学生以来ひさしぶりに出会ったところから、ドラマが始まる。

『花束みたいな恋をした』(2021)、『片思い世界』(2025)と、坂元裕二脚本の映画が続いていた土井裕泰監督が久々に撮る落ち着きのある恋愛物だ。バツイチの50代同士で、彼女が大病を患うという点は、<大人のセカチュー>という著者の表現がはまる。

何といっても、キャスティングの妙だろう。『DESTINY 鎌倉ものがたり』以来、8年ぶりの映画主演となる堺雅人。そして、『半沢直樹』では小料理屋の事情通な女将だった井川遥の組み合わせ。

サントリー「ウィスキーが、お好きでしょ」CMの店主が、堺雅人夫人の菅野美穂から井川遥に代替わりしたのも何かの縁か。

それにしても、堺雅人井川遥の人気俳優の共演にして、まったく派手さや華やかさがなく、地味な暮らしで朝霞の街に溶け込んでいる演技がとても良い

(C)2025映画「平場の月」製作委員会

青砥役の堺雅人に関しては、大河ドラマの主演も演じる大物になる以前から、こういう青砥のような平凡すぎるキャラも結構演じてきているので、あまり意外感はなく、むしろ懐かしい印象。

だが、須藤を演じる井川遥の地味さには新鮮な驚き。同年公開の『アフター・ザ・クエイク』で、年頃の息子も魅了する美魔女な母とのギャップが見事。でも、化粧っ気のなさをいくらアピールしても、素地の美しさが隠しきれずに滲み出てしまっているのは流石。

印刷工場勤めの青砥が、胃の内視鏡検査で地元の病院に行き、その売店で働く須藤に気づく。偶然の再会にもまったく笑顔を見せない須藤が印象的。

だが、中学時代に彼女に惹かれていた青砥は須藤を待ちぶせし、やがて二人は互助会と称し、馴染みの居酒屋で逢瀬を重ねる仲となっていく。

(C)2025映画「平場の月」製作委員会

中学からの付き合いだから、男女でも「青砥」「須藤」と呼び合う仲の二人は、「自転車二人乗りやディズニーランドデートは何歳までOKだろう?」と自虐ネタで盛りあがり、宅飲みで互いの結婚からの失敗談を暴露しあう。

バツイチ同士の恋愛ゆえか、テンション高めでのぼせ上がるイタい感じがないのが好感。

青砥の同僚には、でんでん、椿鬼奴、栁俊太郎。二人の中学時代からの友人には、大森南朋、宇野祥平、吉岡睦雄、安藤玉惠。このあたりの配役もいい。特に、中学の頃から、人は良いが、やたら噂好きでお節介な、うみちゃん役の安藤玉惠はハマリ役。

森田芳光監督の『メイン・テーマ』の主題歌が、特徴的に何度も使われるのは映画オリジナルの演出だが、バブル絶頂期のノリノリ恋愛映画だった同作とは対極なのが面白い。

ただ、あの曲が居酒屋の懐メロで流れて、「誰の歌だっけ」にはならないだろう。当時を知る世代なら、あの歌声が薬師丸ひろ子だと分かるはず。

須藤は中学時代から「太い」やつだった。体型ではなく、肝の座り方の話だ。誰かに告白されても全拒絶だった。大人になった今でも、まるで男の口調でずっと喋っている。これが井川遥だとギャップ萌えがあっていい。

何年も前に原作を読んだときには、須藤の台詞から江口のり子のイメージが浮かんでいたせいか、今回映画で観た時とは、だいぶ違う感じ方になっていた。

(C)2025映画「平場の月」製作委員会

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見・未読の方はご留意ください。

生検の結果、青砥は無事だったが、一方の須藤は大腸がんと判明する。早期に手術が必要で、人工肛門(ストーマ)での生活が余儀なくされる。

その現実を突きつけられても、「みんな(人工肛門)の言葉のインパクトに驚いているだけ、殊更大仰にしてほしくない」と須藤は泰然としている。

世に難病ものといわれる作品は多いが、ストーマを持ってきた例は珍しい。恋愛映画の題材に合いにくいからだろうが、そこを本作は果敢に攻める。

(C)2025映画「平場の月」製作委員会

「それ言っちゃあかんやつ」

須藤が検診の結果を聞きに病院に行った日に、青砥がプロポーズをすると、彼女はこう答える。

それどころか、「もう会わない。町で偶然会っても声をかけるな」と言い出す。強情な須藤の勢いに負けた青砥は、「約束した来年の温泉旅行にだけは一緒に出かけるぞ」と条件を飲ませて一年間を待つ。

難病ものの作品のほとんどは、病人は生還しない。死に別れるシーンが最もドラマチックになるのだから、仇討ちの時代劇で相手を斬らずに終わることがないのと同様、作り手がそれを見せない手はない。

でも、この物語は、あえてそれをやろうとしている。つまり、別れからの一年間、そして一年後の約束の日にさえも、須藤を登場させないのだ。

当然そこには理由があるが、クライマックスを青砥と須藤の妹(中村ゆり)の二人に委ね、須藤を病床で撮ったスマホ写真一枚にとどめた演出上の我慢がよかった。

この写真での井川遥の眼差しが、何より雄弁だったと思う。「夢みたいなこと」は、はっきりと語られなくてよい。

「青砥に合わせる顔がないんだよ」

最期まで男前を貫いた須藤と、居酒屋で男泣きする青砥。エンドロールに流れる星野源の主題歌が沁みる。