『SADA〜戯作・阿部定の生涯』今更レビュー|ドーナツで輪投げは難しいぞ

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『SADA〜戯作・阿部定の生涯』

大林宣彦監督が、『失楽園』出演から間もない黒木瞳を起用して阿部定事件を描く。

公開:1998年 時間:132分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:        大林宣彦
原作・脚本:     西澤裕子
『SADA』
キャスト
阿部定:        黒木瞳       
喜久本龍蔵:    片岡鶴太郎 
喜久本よし:     根岸季衣
岡田征:       椎名桔平
滝口:        嶋田久作
立花佐之助:     ベンガル
信吉:        石橋蓮司
阿部いと:     赤座美代子

勝手に評点:2.0
(悪くはないけど)

あらすじ

神田の畳屋の阿部家の娘である定(黒木瞳)は、14歳の時、慶應ボーイの大学生斉藤に処女を奪われる。そんな定を慰めたのが医学生の岡田(椎名桔平)で、定は岡田に恋をしてしまった。

しかし、彼はハンセン氏病で、定の手に医療用ナイフを残して姿を消してしまった。

芸者から売春婦になった定は各地を転々とし、やがてパトロンの立花(ベンガル)の薦めで料亭「きく本」に住み込みで働き出す。

今更レビュー(ネタバレあり)

アベサダといっても、若い世代には阿部サダヲを思い浮かべてしまうのかもしれないが、ご存知、愛する男のアレをちょん切っちゃった阿部定の話である。

公開時には見逃していたので、今回が初観賞。先に読んだ西澤裕子の原作『SADA』では、彼女の数奇な生涯を結構ドラマティックに描き出していたので、大林監督がどのように料理するのか、結構楽しみにしていた。

だから尚更なのだろうが、始まりからものの10分程度で、これは相当私の期待していた内容とギャップのある作品であることを確信する。

大林監督原作にどこまで敬意を払っているのだろう。

著者の西澤裕子が脚本にもクレジットされているから、筋書きそのものは原作から大きく逸脱はしていない。

だが、冒頭の強姦事件から始まり、女郎となり身売りされ、最後は囲い者になる定の奔放な性生活が、これでもかというほどコミカルに描かれている。

これはさすがに阿部定本人も、原作者にとっても驚きだったのではないか。

何でも大林宣彦監督は幼少の頃、尾道で父に連れられて活動を観に行った際に、当時服役後に自分の犯罪を舞台にして地方巡業していた阿部定本人に会ったことがあるそうだ。

そんな稀有な経験の持ち主が撮った映画なのだから、監督には自分の演出が正しいという自負もおありなのだろうが、彼女に悲劇と純愛の女性というイメージを持っていた私には、どうにも受け入れがたい作風だった。

安倍定の半生をどこまで史実に沿って描いているのかは知らないが、14歳で浅草・神谷バーで電気ブランを飲んでいい気持ちになっていた(黒木瞳)を慶応ボーイの悪ガキが強姦。

それを助けた慶応医学部の岡田(椎名桔平)を彼女は生涯慕い続ける。だが、二人が会えたのはその日だけで、岡田はハンセン氏病で誰とも会えず、生死も分からぬ人となる。

やがて彼女は身売りされ、女郎生活で転々とするうちに、囲われた立花教授(ベンガル)に、岡田の生死を調べてもらい、施設だけはつきとめる。

一方、男なしでは生きられない体の彼女は、世話になっている料亭「きく本」の婿養子、龍蔵(片岡鶴太郎)といい仲になり、他の女にとられたくないと、首を絞めて殺害しイチモツを斬る。

これだけの波乱万丈な半生は、きっちりとドラマにして撮れば、それなりに見応えのある作品になったと思う。

だが、観客を裏切らなければ満足しない大林監督は、「阿部定は、情痴の果てに男の下腹部を切り取り、逃亡した女として有名だ」とまず言い切ってしまう。

これ、知っている人には余計な口上だし、知らない観客には余計な予備知識だろう。しかも、流れてくる曲は、監督自ら作詞の「定のサバダバダ」なる演歌ときた。もう、序盤から脳内がカオスになってくる。

主演の黒木瞳は、14歳の定が強姦されて処女を喪失するところまで演じている。さすがに年齢的に無理がある。

『失楽園』(森田芳光監督)よりもだいぶ昔の作品だと思っていたら、何と本作の公開はあちらの翌年だった。

しかも、『失楽園』黒木瞳が妖艶さと大胆さで女性客まで魅了したヒロインは、阿部定の裁判記録を読み、純愛の果ての犯罪に感化され、自らも役所広司と合体しながら毒を飲み心中するという人生を選ぶのだ。

今度はその阿部定黒木瞳が演じるという偶然は面白いし、『失楽園』とは異なり、彼女の肌は見せないと意地になるのはよいが、性行為を茶化したようにコミカルに撮るのはいただけない。

  • まるで体操のように、ただ定の身体に跨って腰を規則正しく前後に動かしてみたり
  • 彼女の身体の上を数え切れない数の男が通り過ぎていったのを、コマ送りで次々と見せたり
  • 叔父の滝口(嶋田久作)が彼女の性行為を見ながらアイスキャンディを激しく動かしながらしゃぶってみたり

それらは、まったく色っぽくなく、ただ下品なだけの映像になっている。『失楽園』は勿論、大島渚監督の渾身作『愛のコリーダ』まで愚弄されたような気になる

定とは一度きりの出会いの岡田を、メガネと眼帯で顔を隠した椎名桔平が演じているが、彼の現実離れしたキャラクターは良かった。

この場面の、カラーとモノクロの混在や、背景の浅草の塔、「僕たちはもう会ってはいけない」などという『時をかける少女』じみた台詞。みんな、いい。

岡田がハンセン氏病患者だったという話を、ナレーションで説明してしまうのは乱暴だと思ったが。

岡田は一場面しか登場しないので、あとは色気のないオッサンばかりの映画だなあ、これは黒木瞳の妖艶な場面はなさそうだと思っていると、中盤でガラッと雰囲気が変わる。

ここでようやく登場するのが、定が修行させてもらう料亭「きく本」の女将(根岸季衣)の亭主、龍蔵(片岡鶴太郎)。女に手が早いこの男と定が、いい仲になる。

同じ松竹『異人たちの夏』も良かったが、本作の片岡鶴太郎も粋でいなせな江戸っ子っぽくて、サマになっている。龍蔵と定の濡れ場は、前半のコミカル路線とは一線を画す。

龍蔵を正妻の根岸季衣と取り合う女同士のキャットファイトや、男が欲しくてドーナツの穴に入れた自分の指をしゃぶりまくる黒木瞳など、噴飯ものの演出もある。

だが、総じて舞台が料亭「きく本」に移ってからの後半戦はよく出来ていたと思う。全編がこの雰囲気だったら良かったのに。

情事の末に首を絞めたら死んでしまった龍蔵、寂しくないようにと切り取ったイチモツを大事にハトロン紙に包み、持ち歩く定。

すぐに逮捕されるが、世間は、荒んだ世の中で純愛の果ての犯罪行為として、むしろ彼女には同情的であったという。

刑事たちに囲まれてみんなで笑っている写真が登場するが、中心に写っていたのは本物の定なのか。

エンドロールにも「定のサバダバダ」と、あくまで独自路線を貫く大林監督の信念は揺らがない。でも、原作ファンにはお勧めしにくいなあ。