『3-4×10月』
Boiling Point
いよいよ監督・脚本を自ら手掛け、北野武監督の実質的なデビュー作。やりたいことの全てが本作に詰まっている。
公開:1990 年 時間:96分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 北野武 製作: 奥山和由 キャスト 雅樹: 小野昌彦(柳憂怜) サヤカ: 石田ゆり子 隆志: 井口薫仁(ガダルカナル・タカ) 和男: 飯塚実(ダンカン) 美貴: 布施絵理(ふせえり) 朗: 芦川誠 拓也: 鈴木浩(ラッシャー板前) 三郎: 青木隆彦(つまみ枝豆) 直人: 松尾憲造(松尾伴内) ハジメ: 井手博士(井手らっきょ) マコト: 芹沢名人 GS店長: 鶴田忍 GS店員: 秋山見学者(秋山大学) 純代: 篠原尚子 <大友組> 組長: 井川比佐志 金井: 小沢仁志 風間: 深見亮介 武藤: ベンガル <沖縄連合> 組長: 豊川悦司 南坂: ジョニー大倉 上原: ビートたけし 玉城: 渡嘉敷勝男
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
野球チーム・イーグルスに所属する、これといって取り柄のない雅樹(小野昌彦)は、誰からも煙たがられている存在。今日の試合でも、代打にでれば三球三振。仲間からいくら文句を言われても顔色一つ変えない。
試合が終わってガソリンスタンドに仕事に戻った雅樹は、暴力団大友組組員・金井(小沢仁志)の車の洗車を押しつけられる。これがキッカケで、野球チームVSやくざの全面抗争が勃発することになる。
今更レビュー(ネタバレあり)
たけし軍団を実名起用した実質的な処女作
北野武監督のデビュー作『その男、凶暴につき』が、当初の深作欣二監督の企画からスケジュールの都合がつかず監督交代で生まれた作品であることを考えれば、はじめから監督・脚本を手掛けている本作が、北野武監督の正真正銘の処女作といえるのかもしれない。
完成度という点では前作よりもだいぶ見劣りするというのが率直な感想だが、一方で、粗削りながらも、監督北野武が映画の中でやりたいことの萌芽は本作のほうが感じ取れるようにも思う。
◇
物語は、弱小草野球チーム・イーグルスの補欠選手で、ろくに野球のルールも分かっていない主人公の雅樹(柳憂怜)が、勤め先であるガソリンスタンドの客とトラブルを起こすことから始まる。
相手は暴力団大友組の構成員であり、その後因縁をつけ、カネを要求するようになる。野球チームの監督(ガダルカナル・タカ)がたまたま、この大友組の元幹部だったことから、話を穏便にすませてやろうと調整に乗り出すが、かえって話がこじれていくといった内容だ。
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キャストの名前だけをみるとたけし軍団のメンバーがみな実名で出ているためイメージが湧きにくいが、草野球チーム・イーグルスのメンバーはほぼ軍団だ。北野武監督は、役者のときはビートたけしを名乗るが、軍団員は違うルールなのだろう。
たけし軍団勢ぞろい
画面の中にユニフォーム姿で全員勢ぞろいすると、どうみてもバラエティ番組の一コマのようであるが、映画においては、みな俳優に徹しており、軽薄な笑いは取りに行かない。むしろ、お笑いを本業としないベンガルや渡嘉敷勝男が、結構笑かしてくれるところに意外性がある。
ラッシャー板前、つまみ枝豆、松尾伴内、井手らっきょら、メンバー全員にきちんとした役が与えられているとは言い難いが、野球監督と元暴力団幹部の顔を持つガダルカナル・タカや、人の好い先輩のダンカンは、なかなかの芸達者ぶりをみせる。
失礼ながら、主人公に柳憂怜はさすがに華がないし、ミスキャストではないかと思ったが、彼はその後に俳優として一本立ちしており、「ユーレイは演技力に非凡なものを持っている」と見抜いたたけしの主役抜擢は慧眼だったのかもしれない。
そう思うと、本作の主人公は得体の知れない無感情ぶりが特徴であり、柳憂怜はそこをうまく表現できていた。イーグルスの選手で芸人でないのは、『その男、凶暴につき』でも好演した芦川誠くらいか。
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ヒロインは石田ゆり子だが、当時から北野映画は男の映画であり、彼女の役にもあまりまともな台詞はなく、起用法としては勿体ない。野球の監督(ガダルカナル・タカ)の愛人・美貴を映画初登場の布施絵理(現・ふせえり)が演じているが、当時はまだコメディエンヌに徹しておらず、新鮮。
大友組は組長に井川比佐志、幹部にベンガル、組員が小沢仁志と、その後の北野映画の暴力団連中に比べると、だいぶ親しみやすい顔ぶれ。本作で多少なりとも怖そうだったのは、沖縄連合組長の豊川悦司くらいか。
編集でみせる妙味
映画においては説明的な台詞をできるだけ排除していこうという北野武監督の方針もあり、場面が変わったあとでニンマリと納得するような編集が多い。
ユーレイが勇気を出して誘ったウェイトレスのサヤカ(石田ゆり子)とバイクでタンデムかと匂わせて、次がクルマの押しがけだったり、二人を煽り運転する暴走族が駐車してるクルマに衝突した後に、ぶつけられた方がボコられてたり、拳銃を買いに一人で沖縄に行くはずのユーレイに、ダンカンが同行していたり。
沖縄土産の蝶の卵(猛毒危険)が<びっくり袋>だということに観ていて気づかず(言われてみれば、そういうの昔、現地で売ってたな)、編集の面白さをひとつ理解し損ねた。
そうかと思えば、はじめは怖そうに威嚇していたベンガルがやはり途中でこてんぱんにやられたり、ガダルカナル・タカのスナックにやってきた品のないバブリーな若い男女がガラスの灰皿でぶん殴られたりと、予想通りでも楽しめる場面も多い。
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たけしは、ユーレイたちが銃を買いにいった沖縄でようやく脇役として登場。使い込みがばれて、組長(豊川悦司)や幹部(ジョニー大倉)に指を詰めてカネを返せと責められている。
たけしの子分の渡嘉敷が何度も見せるワンツーパンチがサマになっているのに笑える場面だったり、たけしに無理やり女を抱かされて、「俺の女に手え出しやがったな」と指を詰めさせられる(それも巨大な将棋の駒の置物でグイグイと押されて)ナンセンスな笑いにも、彼らしさを感じる。
極楽鳥花のシーンだけで存在価値あり
だが、やはり本作で最大級にすばらしいシーンは、トヨエツを射殺するために、極楽鳥花の花畑で大量の花を刈り取り巨大な花束を作るところだろう。
オレンジの花をインディアンのように頭に巻くたけしの姿はポスタービジュアルにも使われている。映像的な美しさだけを追求したのかと思えば、この花束の中にマシンガンを忍ばせ、組事務所に入っていくのだ。
しかも、まったく頓珍漢なタイミングで引き金を引いてしまい、仕込みがバレて照れ笑いをする。この、映像美とマヌケさとバイオレンスの共存には、北野武の天賦を感じる。
このように、随所に才能を感じるシーンが見られる一方で、不満点も多い。まずは草野球をはじめとする野球絡みのシーンがダラダラと長い点。イーグルスの中の人物像を説明する意味では有用だが、さすがに冗長だろう。
本作の興行成績が振るわなかった要因のひとつと私は睨んでいるが、『3-4×10月』(さんたいよんえっくすじゅうがつ)という、けして読めない意味不明なタイトルもいただけない。
前段の3-4xは、サヨナラ勝ちのxを含んだ野球のスコアなのだそうだ。10月は当初予定していた公開時期だとか。これは分からんよ。英語名の<Boiling Point>の方が断然クールだ。邦題もこれでいけばよかったのに。
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ヤクザ映画だからそうなってしまうのかもしれないが、たけし演じる上原の、女性の扱い方があまりにひどい。自分の女を常にはたく、殴る、蹴る、言葉で責めるの繰り返しで、観ている方は男女を問わず、気持ちが荒む。これは、『その男、凶暴につき』で精神障害の妹を射殺してしまうのとはまた性質が違うものだ。
監督が力尽きた末のラストに唖然
極めつけは、最後の夢オチだろう。散々大暴れしたあとに、ユーレイは冒頭の河川敷グラウンドでの試合中の移動式トイレでの放尿シーンに戻ってしまう。厳密には夢ではないが、全て妄想だったということだ。
その直前の敵の事務所にタンクローリーで突っ込んで大爆破するシーンが、あまりに凄まじい迫力だったのでつい身体を乗り出したが、まさかこう来るとは。
もっとも、北野監督も、本来はもっと違う形での夢オチにする予定だったが、スタミナ切れでこうなってしまったと述懐している。まったく音楽をつけていないので、ごまかしも効かない。
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以上、本作は北野作品としての出来栄えは今一つだが、彼のオリジンが何かを探し求めるうえでは、いろいろな手がかりが得られる貴重な一本といえるのではないか。
夢オチの完成度アップと石田ゆり子の出番増加があれば良かったのにと、<ないものねだり>したくなる。