『乱暴と待機』今更レビュー|お兄ちゃん、私への残酷な復讐方法決まった?

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『乱暴と待機』

本谷有希子原作を冨永昌敬監督が映画化。二段ベッドで同居生活の美波と浅野忠信の兄妹をめぐる不条理コメディ

公開:2010年 時間:97分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:       冨永昌敬
原作:      本谷有希子

         『乱暴と待機』
キャスト
山根英則:     浅野忠信
緒川奈々瀬:      美波
番上あずさ:    小池栄子
番上貴男:     山田孝之

勝手に評点:2.5
(悪くはないけど)

(c)2010「乱暴と待機」製作委員会

あらすじ

古びた木造家屋が並ぶ市営住宅街。その一角に暮らす奈々瀬(美波)は、他人の目を気にしてオドオドしてばかりの自称《面倒くさい女》。血がつながっているわけでもない英則(浅野忠信)を「お兄ちゃん」と呼んで同居していた。

一方の英則は屋根裏から奈々瀬の行動をのぞき見することを日課にする奇妙な男。そんなある日、近くに奈々瀬の高校時代の同級生あずさ(小池栄子)と無職の夫・番上(山田孝之)の夫婦が越してくる。あずさは過去の一件から奈々瀬を激しく憎んでいた。

今更レビュー(ネタバレあり)

本谷有希子の原作映画化。監督は『パビリオン山椒魚』で知られ、最新作は『ぶぶ漬けどうどす』冨永昌敬

奇妙な同居生活をしている兄妹と、その隣人夫婦の絡み合う不条理コメディ。

初めに登場するのは、狂言回し的な役割を担う隣人夫婦だ。現在無職で職探し中のヒゲ面亭主、番上貴男(山田孝之)と、妻で妊婦のあずさ(小池栄子)。最近引越ししてきたばかり。

舗装されていない土の上に似たような古臭い木造家屋が立て並ぶ集落。そんな昭和的な原風景に、派手な色合いの夏服に派手めな顔の妖艶な妊婦役の小池栄子

この組み合わせは、本谷有希子の代表作『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』佐藤江梨子を彷彿とさせる。

共に旧イエローキャブ所属のグラビアアイドルだったせいもあるだろう。本作で小池栄子が演じるあずさの、エキセントリックですぐにキレて吠えるキャラ設定も、『腑抜けども』サトエリに近い。

そんなわけであずさが作品の中心人物にみえるが、実際はそうではない。引越し挨拶に番上貴男が訪ねていく隣家には、スウェット上下のメガネ女子、奈々瀬(美波)

仏壇に経を読んでいるこの女が明らかに挙動不審でオドオドしている。男に妙な気を起こさせないように、常にスウェット姿で伊達メガネをかけ、女らしさを消している。

だが、あろうことか、談笑中に失禁。何か事情がありそうだが、勘の鋭い番上は巧みに奈々瀬に迫っていく。

そして、なかなか姿を現さない、奈々瀬がお兄ちゃんと慕う英則(浅野忠信)。世捨て人のような風貌で、何やらエアチェックで曲集めしてオリジナルテープを作っている。

妹には常にハードボイルドで命令口調の厳格そうな兄。いい歳をしたこの兄妹が、二段ベッドで生活をしている。

「あんた奈々瀬?!」あずさは隣人が高校の同級生だったことに気づく。しかも、兄と呼んでいる英則は赤の他人だ。一体どういうこと。

あずさの頭の中は、高校時代、誰とでも寝る女で自分の彼氏も寝取られた奈々瀬の忌まわしい記憶が甦る。

こんな感じで人間関係が徐々に浮き彫りになる。兄の英則はジョギングに行くと言っては家を出たふりで天井裏に潜み、妹の私生活を覗き見している。

だが、それに気づいている奈々瀬は、誘惑してきた番上にはじめは抵抗しながらも、気がつけば、覗いている兄に見えやすいように、二段ベッドの上段で裸になって番上ともつれあう

キャスティングの妙は奈々瀬役の美波だろう。ツインテールにメガネとグレーのスウェット姿という色気のない風貌から、チラリと窺わせる色香と強かさ。

ジョニー・デップ主演の『MINAMATA』で準主役級の活躍を見せた美波だが、同作品でも共演した浅野忠信ともども本作とはまったく別人のような演技が笑える。

浅野忠信がこれほどボケをかますのは、北野武の新作『Broken Rage』だけかと思ったら前例があった。二人のほかは小池栄子山田孝之と、こちらも盤石の体制。

本谷有希子の原作では、あずさと奈々瀬が高校の同級生、英則と番上は会社の同僚という二つの関係があったのだが、映画では番上は無職で水商売の妻のヒモ同然というキャラになっている。

そこはまあよい。物足りなかったのは、兄と妹の共依存のような関係の描き方だ。

英則は何年も、妹を残酷な方法で復讐する方法を考えており、奈々瀬もそれを待ち焦がれているという、互いを必要とする関係の不思議さがイマイチ伝わらない。

笑顔を見せなくなった兄を喜ばせるために、奈々瀬が日々「出し物」のネタを考えているという設定も、写経に代わってしまったのが寂しい。

以下、ネタバレになるので未見の方はご留意願います。

英則がなぜ妹への復讐にこだわっているか、そもそもなぜ兄妹でもない二人が関係を偽って暮らしているか

原作では中盤に明かされる事実を、映画では最後までひっぱる。これは悪手ではないか。そこまで破壊力のあるネタではないからだ。

二人は子供の頃に隣同士だったが、一緒に出かけたクルマが踏切で立ち往生。

奈々瀬が「後ろ!」といったおかげで父はクルマを前に出すのを躊躇し、親は事故死したが子供たちは助かる。英則の脚が悪いのは、その事故の後遺症だ。

(c)2010「乱暴と待機」製作委員会

奈々瀬のせいで両親は死んだと英則は思い込み、そこから復讐の同居生活が始まった。だが、「奈々瀬のおかげで子供たちは助かったんじゃない?」とあずさに言われ、関係が瓦解する。

あずさを妊婦にしたり破水させたり、英則の台詞言い回しだけハードボイルドにしたりと、原作以上にコメディ色が強まっているのはさほど違和感はない。

だが、兄妹が別れて5年後に再会し、奈々瀬が本音をあれこれぶちまけるシーンは、今ひとつ意味不明だった。

本谷有希子の生み出す登場人物が本音で毒を吐くときの圧巻さは、『生きてるだけで、愛。』趣里のが一枚も二枚もうわてだった。まあ、キャラの面倒くささも含めてだけど。