『他人の顔』今更レビュー|勅使河原宏のシュールな世界③

記事内に広告が含まれています。
スポンサーリンク

『他人の顔』

勅使河原宏監督と安部公房のタッグは続く。他人の顔をもらった仮面の男の悲喜劇。

公開:1966年  時間:122分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:        勅使河原宏
原作・脚本:      安部公房

            『他人の顔』
キャスト
男:          仲代達矢
妻:          京マチ子
医者:         平幹二朗
看護婦:       岸田今日子
専務:         岡田英次
専務の秘書:      村松英子
アパート管理人:     千秋実
ヨーヨーの娘:     市原悦子
ケロイドの女:     入江美樹
ケロイドの娘の兄:   佐伯赫哉

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

(C)草月会

あらすじ

液体空気の爆発で受けた顔一面の蛭のようなケロイド瘢痕によって自分の顔を喪失してしまった男(仲代達矢)。妻(京マチ子)からの失われた愛をとりもどすために、他人の顔をプラスチック製の仮面に仕立てて、妻を誘惑することで、自己回復を企む。

今更レビュー(ネタバレあり)

さすがに勅使河原宏監督と安部公房のタッグも三作目となると飽きが来るかと思ったら、これも面白かった。『おとし穴』では北九州の炭坑、『砂の女』では静岡の砂丘と続き、ついに東京を舞台にした現代の悲喜劇となる。

突如現れるのは、ミイラ男のように包帯で顔を覆った男。大きな会社の技術系の重役のようだが、液体空気を自分のミスで爆発させ、顔がひどく爛れてしまう。

包帯などなくても暮らせるのだが、人目に晒すことが耐えられず、精神科医(平幹二朗)(京マチ子)に当たり散らす。

「なぜ俺の顔を見ないんだ」

事故で精神までひねくれてしまった男は、慰める妻にも、他人事だからと食って掛かり、とにかく面倒くさい。包帯男の口からは不機嫌そうな声で文句や嫌味が途切れなく発せられ、妻が気の毒になる。

包帯顔以外はスーツ姿で身なりもきちんとしているだけに、却って不気味だ。『20世紀少年』ともだちっぽくもある。この姿で繁華街の雑踏でゲリラ的なロケをやっており、結構驚き。

夫の包帯姿にも平然を装う妻だが、突然抱かれると夫を拒絶する。「このままでは、妻の顔にも同じ目に遭わせてしまいそうだ」と医者を脅かし、男は仮面を作らせることに成功する。妖しい魅力の看護婦役は岸田今日子

この医者の診療施設が実に先進的なデザインで、あちこちにアクリル板があり、身体の解剖図等が描かれている。この施設内をデザインしたのは丹下健三の門下生だった磯崎新だという。それならば納得がいく。

また、診療施設内に置かれた身体のパーツ等のデザインは彫刻家三木富雄によるもの。

デスマスクを作って、顔に貼り付けて馴染ませるまでの工程が面白い。<他人の顔>を探しに行こうと、西新宿の喫茶店で狙いを定め、若い男(井川比佐志)に1万円を握らせ顔の写しをもらう

若者も、こんな怪しい申し出に乗っちゃダメだろ。もっとも、出来上がった仮面はまったく井川比佐志に似てはいないのだが。

包帯男がアクリル板の後ろに立っているワンカットは、これだけ見ると少しコミカルだが、前後の流れを見て驚いた。

(C)草月会

アクリル板の点線はただのデザインのように見えたが、「この曲線は皮膚の流れを示したランゲル線だ」と医者が言うと、包帯男はそこに顔を合わせるのだ。

これは、まるで『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』で、ガラスに描かれた笑った口の線にジョーカーが顔を合わせるキービジュアルのカットの元ネタのようではないか。

興味深いことに、本作の終盤には、夜の町を往来する群衆が、みなデスマスクを着けていて、見分けがつかないという不気味な演出がある。

これも、町中の暴徒がピエロマスクを被った『ジョーカー』の一場面と酷似している。さすが勅使河原宏監督。時代を何十年もリードしているのか。

(C)草月会

さて、出来上がった仮面を付け、人工皮膚が目立たぬようヒゲを付けて、ようやく仲代達矢の顔が登場。はたしてこれまでの包帯男も彼自身が演じていたのだろうか。

看板俳優・仲代達矢を主演に起用しておいて、ここまで顔を出さないとは勅使河原監督も勇気がある。

「この仮面は透明人間になれるクスリだよ」と医師は、男を連れて新橋ミュンヘンでビアジョッキの祝杯をあげる。歌も披露するウェイトレスは前田美波里だ。若い!

仮面を付けて誰でもない人間になることの解放感は、安部公房『箱男』に通じるものだ。彼のこだわるテーマなのだろう。そして、男はこの仮面で、自分を拒絶した妻への誘惑を企む。

今や昔の渋谷東急文化会館前のバス停。東横線渋谷駅カマボコ屋根も美しい。バスを降りてきた妻を尾行した仮面男が、「お茶でもどうですか」とナンパして即OK。そのまま内緒で借りているアパートにお持ち帰り。

「簡単すぎるじゃないか!」

仮面男は、あまりに容易に初対面の男に身体をゆるす妻に憤慨する

(C)草月会

だが、妻は初めから男の正体に気づいていたのだ。仮面は、自分を不安がらせないための夫の心遣いだと思っていた。夫と口論するうちに、これは自分への復讐なのだと知り、怒って去っていく。

実は妻以外にも、仮面男と包帯男が同一人物だとすぐに気づいた者がいた。借りたアパートの管理人の娘(市原悦子)だ。

いいお年頃だが知恵遅れでヨーヨー欲しさに悪さばかりするこの娘は、男の変装をすぐに見抜いた。この娘は原作にも登場するが、若き日の市原悦子が演じていたとは。

妻にも見放され、自暴自棄になった男は、通行人の女に襲いかかり、逮捕される。

「俺は誰でもないのだ。逮捕できるのならしてみろ」

医者が身元引受人になり、男を連れ出す。

「君は自由なんだ。自由にしたまえ」
「ありがとう、先生。試してみる」

夜の路上で向かい合っていた医者に、男は隠し持っていた出刃包丁をぶっ刺す。これは結構衝撃的なエンディング。原作は、妻に襲いかかろうと、男が空気銃を持って路地に身を潜めているところで終わるのだが、それよりもインパクト大。

唐突に刺されて終わるパターンは、後に三谷幸喜のドラマ『振り返れば奴がいる』の最終回でも踏襲されたといったら、穿った見方過ぎるか。

なお、主筋の合間に、顔の半分にケロイドを負った美しい娘(入江美樹)とその兄(佐伯赫哉)のエピソードが挿入される。原爆で被災したと思しき娘は、兄との近親相姦の果てに、入水自殺を遂げる。

主筋との直接的な連関性はないが、不条理さは強調される。