『椿三十郎』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『椿三十郎』黒澤明と森田芳光|新旧比較レビュー・考察とネタバレ

黒澤明監督の痛快娯楽時代劇の傑作と、それをリメイクした森田芳光監督の初時代劇の比較レビュー

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『椿三十郎』(黒澤版)

公開:1962 年  時間:96分  
製作国:日本

スタッフ 
監督・脚本:      黒澤明
脚本:        菊島隆三
           小国英雄
原作:       山本周五郎
           『日日平安』
キャスト
椿三十郎:      三船敏郎
室戸半兵衛:     仲代達矢
<9人の若侍>
井坂伊織:      加山雄三
寺田文治:      平田昭彦
保川邦衛:      田中邦衛
河原晋:       太刀川寛
守島隼人:       久保明
守島広之進:     波里達彦
広瀬俊平:      土屋嘉男
八田覚蔵:      松井鍵三
関口信伍:      江原達怡
<その他>
千鳥:         団令子
腰元・こいそ:    樋口年子
睦田夫人:     入江たか子
城代・睦田弥兵衛: 伊藤雄之助
見張りの侍・木村:  小林桂樹
国許用人・竹林:   藤原釜足
大目付・菊井六郎兵衛:清水将夫
次席家老・黒藤:    志村喬

勝手に評点:4.0
(オススメ!)

『椿三十郎』(森田版)

公開:2007 年  時間:119分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:        森田芳光
脚本:         黒澤明
           菊島隆三
           小国英雄
原作:       山本周五郎
          『日日平安』
キャスト
椿三十郎:      織田裕二
室戸半兵衛:     豊川悦司
<9人の若侍>
井坂伊織:    松山ケンイチ
寺田文治:       林剛史
保川邦衛:       一太郎
河原晋:       粕谷吉洋
守島隼人:      富川一人
守島広之進:     戸谷公人
関口信吾:      鈴木亮平
八田覚蔵:      小林裕吉
広瀬俊平:      中山卓也
<その他>
千鳥:         鈴木杏
腰元・こいそ:    村川絵梨
睦田夫人:      中村玉緒
城代・睦田弥兵衛: 藤田まこと
見張りの侍・木村:佐々木蔵之介
国許用人・竹林:   風間杜夫
大目付・菊井六郎兵衛:西岡徳馬
次席家老・黒藤:   小林稔侍

勝手に評点:2.5
  (悪くはないけど)

(C)2007「椿三十郎」製作委員会

あらすじ

上級役人の汚職を暴くため、社殿で密議を行っていた9人の若侍。ところが逆に黒幕が仕掛けた罠にはまり窮地に陥ってしまう。

そんな彼らを救ったのは、偶然そこに居合わせたひとりの浪人だった。椿三十郎と名乗るその男は、若侍たちに協力することになる。

今更レビュー(ネタバレあり)

用心棒に続く黒澤明の娯楽時代劇

黒澤明監督が前作『用心棒』のヒットで再び三船敏郎を主役に起用して撮った娯楽時代劇の傑作。原作は山本周五郎『日日平安』だが、主人公の設定を大きく変更。

名前を聞かれた主人公が庭に咲き乱れる椿の花を見て、「椿三十郎……いやもうそろそろ四十郎だが」とその場しのぎに答える台詞は、『用心棒』で主人公が「桑畑三十郎」を名乗るシーンと全く同じ。

つまり、本作の主人公である腕のたつ剣客は、前作で「あばよ」と宿場を去ってから、本作の舞台に流れてきたと思われる。

『用心棒』は時代劇の斬り合いのアクションに当時としては斬新なリアリズムを持ちこんだ意欲作だったが、本作も同様にリアルさの追求は手を緩めず、殺陣のシーンには観るべき点が多い。

一方で娯楽作の観点からは、9人の頼りない若侍たちを三十郎と組ませることで、前作よりは笑いの要素が多く含まれるようになっている。

冒頭、古びた社殿で若侍たちが密談をしている。

若侍の井坂(加山雄三)次席家老・黒藤(志村喬)国許用人・竹林(藤原釜足)の汚職を告発する意見書を城代家老睦田(伊藤雄之助)に届けたものの相手にされず。

だが、その後大目付・菊井(清水将夫)に相談したところ、こちらは真剣に聞いてくれたと井坂が言い、一心同体の若侍たちは大いに盛り上がる。

無一文で社殿に素泊まりしていた浪人の三十郎はその話を盗み聞きし、「岡目八目には、その菊井って奴の方が怪しいぜ」と言い出す。

若侍一同を集めて今夜ここで菊井と落ち合う話になったと聞き、彼らに警戒を促す三十郎だが、彼の読み通り社殿は敵の一味に取り囲まれる。

展開に無駄がない。若侍たちと三十郎の出会い。当初は無礼な浪人と相手にされない三十郎だが、次第に議論でやりこめられ、更には敵に囲まれた窮地を救われ、みな三十郎に酔心し始めるという分かり易い流れ。

SANJURO Trailer (1962) - The Criterion Collection

リーダーの井坂には、後に『赤ひげ』でも三船敏郎と共演する加山雄三。その他、若侍には平田昭彦田中邦衛といった面々の顔も窺える。若い頃の平田昭彦小泉孝太郎とよく似ている。

また、シリーズが開始して間もない若大将の加山雄三が、青大将の田中邦衛と共演しているのも微笑ましい。ちなみに、井坂と仲睦まじい千鳥役の団令子も、若大将レギュラー陣の一人。

頼りない若侍を制して、菊井が送り込んだ大量の刺客たちを一人でバッタバッタと切り崩す三十郎の鮮やかな刀さばき。

そして、彼の腕を見抜いて引き下がるように命じる敵将の室戸半兵衛(仲代達矢)『用心棒』では違う役で登場したが、三十郎と違って、この室戸は前作とは別人のようだ。

やがて、三十郎と9人の若侍は菊井に拉致された城代・睦田の救出に乗り出す。

森田芳光の大胆な挑戦

さて、そんな黒澤明監督の傑作をリメイクしたのが森田芳光監督の『椿三十郎』、主演は織田裕二。大胆な試みに挑戦したものだ。

かつての黒澤信者からアンチに転向したという角川春樹が、何を思ったか本作の企画を持ちこむ。先行して崔洋一監督による『用心棒』リメイク企画もあったのだが、公開順序が変わり、更には本作の興行不振で立ち消えとなる。

森田芳光の初の時代劇としては、妙な悪ふざけもなく、しっかりした出来ではある。だが、さすがに相手が悪い。

(C)2007「椿三十郎」製作委員会

脚本は全く同じで、台詞に至っても時代の変化で微修正する程度。これでは自分の得意分野に持ちこめず、あからさまに比較されることになる。結果は厳しい。

織田裕二は健闘したが、どう頑張っても三船敏郎の重厚さと男臭い魅力には敵わない。

時おり見せる微笑が、時代を越えて『踊る大捜査線』の青島の親しみやすさに重なってしまう。「○○だぜ」としつこくいう台詞回しも、軽々しくて昭和アニメのように聞こえる。

ライバルである室戸半兵衛には豊川悦司。これも悪くはないが、仲代達矢に比べると、当時はまだ怪しい魅力が足りないか。

(C)2007「椿三十郎」製作委員会

9人の若侍には、リーダー格の井坂松山ケンイチ。その他、まだ名の売れていない鈴木亮平

松ケン井坂をはじめ、この若者たちは黒澤版よりも笑いを取りにいく。時代の変化かもしれないが、やや全体のコメディ色が強まったのは気になった。

これは、女性陣の千鳥(鈴木杏)睦田夫人(中村玉緒)にも同じことが言え、黒澤版でのギリギリの線でとどめたボケの繊細さが失われてしまったのは残念。鈴木杏は芝居はよいのだが顔立ちがハイカラすぎて、時代劇には不向きだと思う。

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リメイクで俳優以上に馴染めなかったのが、配色だった。黒澤版モノクロである、それも計算し尽くされている。赤い椿は濃淡で赤く見える。夜の闇の中での戦いも、モノクロの緊迫感が伝わる。

総天然色よりも雄弁だった黒澤のモノクロに対して、森田カラー映画は色彩がうるさく、また画面も明るすぎる。

三十郎の着物のえんじ色も華美にみえるし、夜に敵の見張る屋敷の庭に隠れて様子を探る場面も、照明が明るすぎて緊迫感がまるでない。

また、本作のキモである椿の庭のシーンでは、咲き乱れる赤の椿を色鮮やかに写しているが、これは彩度が高すぎて品がない

もっとも、黒澤明監督も川に流れる椿だけは『天国と地獄』の煙のように色を付けたかったようだから、赤い椿がけしからんというのは難癖に近いかもしれないが。

『椿三十郎』(2007)劇場予告編

クライマックスに見る新旧差異

三十郎が敵陣に乗り込んでいって「俺を雇わねえか」と交渉し、油断させて敵の護衛の何人かをひそかに斬り殺すと、奴らの仕業だと脅かして攪乱する。

この辺の三十郎の交渉術や策略は『用心棒』からのお家芸であり、また最終的に仲代達也と戦うのもお約束のパターンといえる。

敵地に乗り込んだ三十郎が、隣の屋敷で張り込んでいる若侍たちに攻め込むタイミングを知らせるのが椿の花。庭に流れる川に花を流すのだが、これは映画的であり、両作品とも美しく撮れている。

大きな差異があるのは、クライマックスの三十郎と室戸の対決だ。

黒澤版では一瞬で勝負が決まる。まさに『荒野の用心棒』の早撃ちみたいに。そして大量の血飛沫が噴出する。これはアンバランスな勢いで、モノクロでなければ悪目立ちしすぎて噴飯ものだったろう。

つい出血に気を取られちだが、この両者の一瞬の勝負の気迫と技は神業レベルだ。

黒澤明監督「椿三十郎」最後のセリフがいい

かたや森田版。一瞬の勝負ではなく、しばらくもつれた後に勝負が決まる。よせばいいのに、そのあと、アングルを変えてスローモーションでシーンを再現する。これは陳腐すぎて萎える。森田芳光のスタイルとは思えない。

森田版に血しぶきがまるでないのも意外だった。『ときめきに死す』のラストで、黒澤版のような血しぶき大量噴出をやった監督なのに。

一方で、このスローモーションだけ緑がかったモノトーンになるのだが、これはいい。全編この色調だったら、本作の評価も変わる気がする。

「いい刀は鞘に入っているもんだ」つまり、無闇に殺生をするんじゃないよということを三十郎は睦田夫人から教わり、「こいつも俺も鞘に入っていない刀だった」と、自分がたった今殺めたばかりの同類の男を偲ぶ。

こうして、9人の若侍に別れを惜しまれつつ、三十郎はまた「あばよ」とどこかに流れていく。『用心棒』以上に軽妙さがあって、黒澤版は極上の娯楽時代劇になっている。

リメイクで本家を越えようと果敢に挑戦した森田芳光意気は良かったが、正攻法はやや無謀だったかもしれない。