『海猫』
森田芳光監督が谷村志穂の原作を伊東美咲主演で描く、函館・南茅部純愛物語。
公開:2004 年 時間:129分
製作国:日本
スタッフ
監督: 森田芳光
脚本: 筒井ともみ
原作: 谷村志穂
『海猫』
キャスト
野田薫: 伊東美咲
赤木広次: 仲村トオル
赤木邦一: 佐藤浩市
野田美哉: 蒼井優
野田孝志: 深水元基
野田美輝: 美村里江
赤木みさ子: 白石加代子
野田タミ: 三田佳子
幸子: 角田ともみ
啓子: 小島聖
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
函館に生まれ育った野田薫(伊東美咲)は、峠を越えて漁村・南茅部に嫁いできた。夫の赤木邦一(佐藤浩市)は北の海で生きる漁師。
「大丈夫だ。俺に何でも任せとけばいい」。逞しく薫を包む夫の言葉は、若い薫の心に確かな温もりとして根付いた。
母・タミ(三田佳子)の手紙に励まされながら、邦一の妻として懸命に昆布漁を続ける薫。こうして無事歳を重ねていくかに見えた薫の人生に、邦一の弟・広次(仲村トオル)が荒波を立てた。
母と駆け落ちしたロシア人の間に生まれた薫の青みがかった瞳を「海猫にそっくりだ」と言った広次。それに呼応するように、薫は自らの心の声を聞いた。
逆風に羽を打たせ、果敢に冬の海へと飛び出す海猫のように、函館で暮らす広次のもとへ再び薫は峠を越えた。
今更レビュー(ネタバレあり)
森田芳光の日本風土の土着ドラマ
森田芳光監督らしからぬ、奇をてらわない恋愛ドラマ。原作は島清恋愛文学賞を受賞した、谷村志穂による長編小説。
高倉健の『居酒屋兆治』や『鉄道員』など、日本の風土とマッチした映画が作りたいと考えていた森田芳光監督が、『失楽園』のヒットをもう一度と願いラブコールを送ってきた東映に応えて実現を果たした。
◇
映画初主演の伊東美咲を中心に、その母(三田佳子)と娘(美村里江、蒼井優)の三世代を描いた大河小説のようなスケールの物語。
ただし、二つの時代の話を二時間ちょっとの映画の尺に収めるにはさすがに無理があるため、筒井ともみの脚本は、伊東美咲のエピソードをメインに据える。
これは妥当な判断だと思うのだが、その割には、成長した娘たちの登場シーンが中途半端に付け足されている印象を受ける。
映画は冒頭、野田美輝(美村里江)が怒り狂った高山修介(鳥羽潤)に婚約解消される。幼少期に亡くなった美輝の母が薫(伊藤美咲)だと知って、修介がなぜ激昂したのか。
亡き母の過去の醜聞を知らない美輝に質問され、祖母タミ(三田佳子)が重い口を開き、回想形式で薫の物語が語られる。
ありがちな導入部分ではあるが、その唐突な展開に未読者は戸惑うだろうし、原作ファンは学生運動家だった修介のゲスキャラ豹変や意味不明な失語症を患う美輝に唖然となるはず。
昆布漁師に嫁ぐロシア人ハーフの娘
メインとなる薫の物語は落ち着いたトーンで進む。函館から白無垢姿で貸し切りバスに家族と乗り、南茅部の漁村に嫁ぐ薫。
亡き父はロシア人であり、母譲りの美貌と父からの受け継いだ青い目と白い肌の薫は、どこに行っても人目を引く存在。
白雪のような美しさと原作にあるこの主人公は、並大抵の女優では厳しいと思ったが、伊東美咲なら文句なしの適任。ただし、タイトルにもなっている<海猫のような青い目>の持ち主ではないのは残念。
嫁入り先は昆布漁を営む家の長男・赤木邦一(佐藤浩市)。信金OL時代に窓口で佐藤二朗からカスハラを受けているのを邦一に救われた縁で結婚。
昆布漁は夫婦で船に乗るのが鉄則らしく、船酔いやら体力不足にめげずに良妻であろうとする薫の努力が痛ましい。姑のみさ子(白石加代子)との三人暮らし。
スルメを口に咥えて伸ばして出荷する手法には驚く。薫が咥えたスルメなら嬉しい気もするが、みさ子のが店頭に並んでいたらキツイ。
キャスティングについて
佐藤浩市はさすがに漁師役が板についている。『魚影の群れ』(相米慎二監督)のイメージが強く残っているせいか。夏目雅子から伊東美咲。男前の漁師はいい女にモテるらしい。
この邦一は漁師仲間には人望があるが、亭主関白で妻には厳しい。映画では原作以上に憎まれキャラとなっており、少々気の毒。
◇
一方、実家を離れて暮らす絵を愛するインテリな弟の赤木広次に仲村トオル。彼も原作では遠洋漁業に出るなどバンカラな一面があったが、映画では分かり易くキャラ変。
広次は初対面から兄貴の嫁の薫に熱い眼差しで、何か起こる感がありありと伝わる。子供の頃から死んだ海猫の目を集める趣味があったと聞くと、薫が襲われそうに思うが、やがて二人は互いの愛に気づく。
ここに仲村トオルは意外な配役だったが、森田芳光の異色作『悲しい色やねん』よりは遥かにいい。
そして、薫の弟の孝志役には深水元基。薫と同様に白い肌と彫りの深い顔立ち、そして長身の孝志は、頼りない若者でドジばかり踏むが、姉に対する愛情が伝わってきて、憎めない存在。
深水元基は『海猿』の次が『海猫』に出演か(笑)。最近では長身を生かし悪役で活躍。『キングダム』でアクロバティックな動きの頭巾男、『帰ってきたあぶない刑事』では中華系傭兵役でトオルより目立ってた。
『黒い家』以上のホラー感
さて、よい嫁になろうと努力する薫だが、長女・美輝の出産後も荒ぶる夫や義母に冷たい仕打ちを受け、優しく見守る広次と惹かれ合ってゆくようになる。
夫は入院先の看護婦・啓子(小島聖)との情事に走り、救いを求めた妻は広次との一夜限りの営みで、宿した二人目の娘・美哉を産む。
産後の肥立ちも悪く、実家に逃げ帰ろうとする薫を軟禁して、通常生活を営む母子の姿が怖い。姑のみさ子はさすが、横溝正史作品常連の白石加代子。猟奇連続殺人が起きてもおかしくない。
◇
原作は函館と札幌が舞台、渡辺淳一っぽい雰囲気だと思ったら、彼は本作が島清恋愛文学賞受賞時の審査員であり、また谷村志穂も共に北大卒ということで、何となく共通の匂いを感じ取った。
森田監督も渡辺淳一の『失楽園』に続く東映作品ということで、原作とは相性は良さそうに見えた。エロさも『失楽園』の方が過激だが、伊東美咲が濡れ場という意外性で、物凄く大胆なシーンに都合よく錯覚させられる。
だが、同作のように都会の男女の性ならよいが、地方の風土に根付く恋愛ものは、森田芳光の作風に合わなかったのではないか。監督には珍しくウェットなドラマだから、本作には森田作品の匂いがしない。
心中も海猫も中途半端
薫からのSOSに気づく弟・孝志は、彼が兄貴分と慕う広次と二人で姉の救出に向かう。駆け落ちして薫と娘たちを守って暮らそうとする広次、どこか間抜けだが姉思いの孝志。
だが逃亡を図った末に、邦一が追いかけてきて悲劇は起こる。ここは本作の白眉であるはずが、中途半端な高さの冴えない崖がロケ地ゆえ、何ともしまらない心中シーンになっている。
しかも原作のような雪の中の事故ではなく、大雨の中の薫の飛び降り自殺。そして後追いで飛び込む広次。ストップモーションを重ねる演出に、本作で唯一の森田芳光らしさを感じたが、それが却って軽い印象になっている。
嫁が弟と密通のすえ、二人で心中。とても狭い漁村では今まで通り暮らせないだろう。力なく座り込む邦一にも悲哀が漂う。彼とて、弟に俺を刺せと迫ったのだ。力づくで妻を奪還しに追いかけてきたのではない。
邦一は単に凶暴なDV男ではなく、いいヤツと思える一面もある。浮気相手の啓子が悪人として描かれていないところにも本作の味わいがある。
映画の限られた時間で物語を展開すると、単に嫁と義弟の不倫の末の心中劇にみえてしまうが、原作には娘たちの青春も描くことで、もっと広がりがあった。
だからこの薫の自殺シーンの描き方は勿体ないし、子供たちが成長してからの描き方にも不満が残る。
姉妹にはそれぞれ恋愛譚があるのに、姉の美輝(美村里江)は婚約解消、妹の美哉(蒼井優)は叔父の孝志(深水元基)に惚れるエピソードが省略で、蒼井優は活躍の場なし。
そして美輝は父・邦一(佐藤浩市)との18年ぶりの再会。父もまた、贖罪の人生を歩んできた。だが、映画では邦一が遭難して死にかけた話を、なぜ回想にしてしまったのだろう。
ここは原作のように、実の父娘が再会しそうな直前に邦一が遭難し、漁師仲間の救援が間に合わなそうな間一髪の状況で、海猫が救ってくれる場面が欲しかった。
転覆した船で寝てしまわないように海猫が啼き騒いで起こしてくれたのでは、「海猫の目をもった薫が赦してくれたのかな」という台詞のありがたみが弱い。
それにしても、子供とはいえ海猫の目を集める趣味は、やっぱり不気味だと思うぞ、広次。酔い止めの薬くらい許してやれ、邦一。