『魚影の群れ』今更レビュー|町の男は漁師になれんって

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『魚影の群れ』 

相米慎二監督が少年少女ものから離れて撮った大人のドラマ。漁師の父と娘夫婦が織りなす壮絶な人間模様。

公開:1983 年  時間:135分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:      相米慎二
脚本:      田中陽造

キャスト
小浜房次郎:   緒形拳
小浜トキ子:   夏目雅子
依田俊一:    佐藤浩市
アヤ:      十朱幸代
無線係・浅見:  下川辰平
アヤの男・新一: 矢崎滋
エイスケ:    三遊亭圓楽

勝手に評点:3.5
    (一見の価値はあり)

あらすじ

下北半島の漁港・大間。一人で船を操りマグロ漁をする小浜房次郎(緒形拳)

男手ひとつで育てた娘トキ子(夏目雅子)が喫茶店を営む青年・依田俊一(佐藤浩市)との結婚を打ち明ける。

俊一は漁師になって後を継いでもいいと言い出すが、房次郎はそんな俊一を無視し続ける。

今更レビュー(ネタバレあり)

相米慎二、大人の世界に

薬師丸ひろ子主演で連続二本、続く『ションベン・ライダー』までティーンの少年少女を描いてきた相米慎二監督が、本作で突如大人の世界に踏み込む。それも下北半島の漁港、主人公は緒形拳演じる頑固な初老のマグロ漁師だ。随分これまでと勝手が異なる。

相米慎二のトレードマークである超絶に長いワンカットが、砂浜に続く二つの足跡をカメラが追いかける冒頭から、顔も良く見えない二人の男女が抱き合ってキスするまで延々と続く。

そして<初めの夏>となり、自転車に乗って演歌を歌いながら陽気に登場するトキ子(夏目雅子)『翔んだカップル』を思わせる構図だが、下北の信金だかの看板で、ようやく津軽海峡の話かとわかる。

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だが、相米作品だとすぐに分かる演出はここまでで、あとは誰が監督かも意識させず、漁港を舞台にした大人のドラマとしてグイグイと観る者を引き込んでいく。

20年前に男を作って妻が出て行ったあと、男手ひとつで娘トキ子を育ててきた小浜房次郎(緒形拳)。ひとりで小型船を出しては、同業者を圧倒する大きさのマグロを釣り上げてきたベテランの漁師。

食事から着替えまで、すべては一緒に暮らす息の合った娘のトキ子にお任せの荒くれ男。いかにも昭和的な設定だが、緒形拳にピタリとはまる。

魚影の群れ 特報

ホームドラマのような序盤展開

だが、年頃の美しい娘は、町でコーヒー店を経営する若者・依田俊一(佐藤浩市)と愛し合う仲になる。俊一は父に教わり自分も漁師になりたいといってくれている。

結婚を前提としたこの恋人を、トキ子は父親に会わせようとするが、房次郎はすげなくこれを拒絶する。

「町の男が漁師にゃなれんって。会いたぐねえ。わ(俺)、イカ釣りさ行ぐ」

房次郎は夜明け前に出た漁を終えると、さっそく俊一のコーヒー店に行き、娘の恋人をぶん殴って去っていく。

©1983 松竹

まあ、そうなるだろう。父子家庭の一人娘の恋人が、父親に初めから好意的に受け容れられるわけがない。まして頑固おやじ、まして緒形拳だ。跡を継ぎたいなどと軽々しく言ってきそうな若造を、それも口をとんがらせた不服顔佐藤浩市を、気に入るはずがないのだ。

このあたりまでは、ありがちなホームドラマの域を脱しないが、そろそろ荒ぶる海の舞台設定が活きる展開になってくる。両者の顔を立てて取り持とうとするトキ子の健気さと明るさ。夏目雅子がまぶしい。

はじめは無視を決め込んでいた房次郎だが、根負けしてついに俊一を漁船に乗せてやる。だが、激しい船酔いでとても使い物にならない。何日たっても船に慣れず、俊一は凹んでいく。

吉村昭の原作短編では、俊一はコーヒー店ではなく製材会社に勤める若者で、体格も年齢も漁師を始めるには丁度良く、また、ついに乗船を許されて喜んだり、房次郎に積極的に教えを乞いたりと、もう少し可愛げのある青年に書かれていた。

映画では俊一の未熟さを一層強調しているように思えたが、そのせいもあり、この先にあるアクシデントが、いかにも起こりそうなものに見えてくる。

人間よりマグロなの!

ここからネタバレになるので、未見の方はご留意願います。

房次郎が俊一と漁に出てついにマグロに出くわす。餌が放り込まれた瞬間のテグス糸の動きは激しく危険なことをあらかじめ伝え、お前は近寄るなと房次郎は命じていた。だが、それを守らなかった俊一は、マグロに引っ張られたテグス糸を頭に巻きつけ、血だらけになる。

何も言わずただ硬直し頭から血を吹きだしている俊一の姿が怖い。慌てた房次郎は彼を助けようとし、無線連絡で救急車の手配を要請するが、途中で針にかかったマグロの存在に気づき、陸に戻るよりもマグロ収穫を優先する。

©1983 松竹

実は原作では無線云々のくだりや途中で考えを変える描写はなく、かかった糸は仕留めるときまで自ら切るものではないという漁師の習性から、房次郎は人命よりマグロを取るのだ。それを台詞にすれば嘘くさくなるから、このような脚本にしたのだろうか。

マグロを仕留めて戻った船。俊一の長時間にわたる手術を病院近くの屋台で酒を飲んで待っている房次郎。

「人間よりマグロが大事なの!」
トキ子との父娘関係には、もはや修復不可能な溝ができていた。

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映画オリジナルのキャラクター

<1年後>に北海道まで遠征してマグロを獲り、漁協同士のトラブルを招いていた房次郎が、ひなびた旅館に滞在し窓の下を見下ろしていると、激しい雨の中彼を見て逃げていく女がいる。

それは20年前に出て行った妻のアヤ(十朱幸代)だった。彼女を雨の中追いかけていく房次郎とのショットは、冒頭以来久々の相米慎二らしいワンカットだ。

アヤは原作には登場しない映画オリジナルのキャラクターだ。短編原作を長篇映画に膨らますために生まれたのだろうが、房次郎の人物像に深みを与える効果があった。

俊一は一命を取り留めたこと、娘と一緒に和歌山で漁師をやりながら暮らしているらしいと人づてに聞いていることなどが、アヤとの会話から分かる。

一人で暮らす房次郎とアヤは、この偶然の再会で焼け木杭に火が付くように思えたが、結局そうはならない。自分の小型船の寝台でアヤと一戦交えた房次郎。相米慎二と脚本の田中陽造のコンビだから、どこか日活ロマンポルノの匂いが漂う。

遠くで花火の音が聞こえているのだが、それが陸から船をにらむ、アヤを追いかけてきた男の手筒花火だったのは笑った。この男、矢崎滋だったとは暗くて判別できず。

みんな鬼籍に入ってしまった

そして映画は<終わりの夏>となる。トキ子と俊一はいつのまにか結婚し、ここ下北の大間の漁港に戻ってきていた。俊一は店を売って船を買い、漁師を続けている。だが、房次郎には連絡もなく、彼の行為は赦されていない。

「元の家に住んでっけど、こねえでくれ。わしも行かねじゃ」とトキ子は父に言う。一人娘にそう言われるのはつらかろう。

映画は夏の下北を撮ったシーンが中心だが、海のシーンはどれも青白く、薄暗く、そして荒々しい。全編を通じてもこのトーンは保たれ、フィルム特有の荒い質感とも相俟って、どこか懐かしくも落ち着いた雰囲気が心地よい。何もかも鮮明に映すだけが正解ではないことを、改めて気づかされる。

助演俳優陣に、あまり普段映画では見かけない方々が多いのも面白い。漁協で無線を担当する下川辰平はご存知『太陽にほえろ!』の長さんだが、漁師仲間にロッキー刑事(木之元亮)もいるのでニヤリとしてしまう。

また、北海道漁協には、コント・レオナルドのお二人、さらに房次郎の親友の元漁師エイスケには三遊亭圓楽。若さに驚く。

1983年の作品だけあって、40年の時の流れで本作の多くの関係者が既に鬼籍に入られているのは、寂しいものだ。本作の二年後に27歳の若さで亡くなった夏目雅子は別にしても、相米慎二(2001)、緒形拳(2008)、下川辰平(2004)、レオナルド熊(1994)、三遊亭圓楽(2009)。

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漁師は魚影を追うしかない

更にネタバレになるが、この<終わりの夏>で津軽海峡の海に戻ってきた俊一は、買ったばかりの船で漁に出ても、なかなかマグロが獲れずにあせる。

そんな俊一が悪天候の中、海に出て消息を絶つ。不安の募るトキ子は、意を決して房次郎に助けを求める。他ならぬ娘の頼み、彼は俊一を探しに船を出す。

原作は短編だけあって、終わり方はあっさりとして切れ味が鋭い。いなくなった俊一が、北海道で遺体になって漁網にひっかかる。

映画はもう少しドラマティックだ。瀕死の俊一を船でみつけるが、彼は命がけで捕まえたマグロの糸を切らずに踏ん張っている。初めての獲物を引いて、二人は船で帰る。

©1983 松竹

「実は、もうすぐ子供が生まれるんです。男なら漁師にします」
心を開く俊一。だが、そのまま息を引き取る。

無線で父から夫の訃報を聞くトキ子。涙ながらに海に叫ぶ。
「漁師なんて、分かんねじゃ!」

だが、皮肉なことに、房次郎は俊一が死ぬ間際にようやく、漁師同士心が通じ合った。他所の漁師でもなかなか歯が立たないこの難しい津軽の海で、ついに俊一はマグロを仕留めた。

命に代えても漁師は自ら糸は切らねえ。その心意気を、房次郎はしっかりと受け止めていた。ありがちな終わり方で作品を終わらせない吉村昭にも田中陽造にも、作り手の心意気を感じた。こういう相米慎二作品も、いい。