『Arc アーク』
ケン・リュウの傑作SF短編を石川慶監督が映画化。芳根京子が17歳から100歳過ぎを演じる不老不死の物語。
公開:2021 年 時間:127分
製作国:日本
スタッフ
監督・脚本: 石川慶
脚本: 澤井香織
原作: ケン・リュウ
『円弧(アーク)』
キャスト
リナ: 芳根京子
黒田永真: 寺島しのぶ
黒田天音: 岡田将生
加南子/奈々: 清水くるみ
佐々木: 井之脇海
利仁: 小林薫
芙美: 風吹ジュン
ハル: 鈴木咲/中村ゆり
リナ(老年): 倍賞千恵子
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
17歳で人生に自由を求め、生まれたばかりの息子と別れて放浪生活を送っていたリナ(芳根京子)は、19歳で師となるエマ(寺島しのぶ)と出会い、彼女の下で<ボディワークス>を作るという仕事に就く。
それは最愛の存在を亡くした人々のために、遺体を生きていた姿のまま保存できるように施術(プラスティネーション)する仕事であった。
エマの弟・天音(岡田将生)はこの技術を発展させ、遂にストップエイジングによる「不老不死」を完成させる。リナはその施術を受けた世界初の女性となり、30歳の身体のまま永遠の人生を生きていくことになるが…。
レビュー(まずはネタバレなし)
石川慶監督の原作との真剣勝負
17歳から100歳を越えるまでを生きる主人公の女性を芳根京子が演じる。といっても特殊メイクでエイジングするのではない。若い身体のまま、歳を取らない不老不死の物語なのだ。
勿論、だからといって演技が楽なわけでなく、ヘアスタイルやメイクで時代感を出しながら、芳根京子が波乱万丈の人生を生きる女性リナを好演。彼女の代表作のひとつになったといってよいのではないか。
原作はSF作家ケン・リュウの傑作短編。映画化を熱望していた石川慶監督がメガホンを取る。石川慶のフィルモグラフィは、映画化が難しい原作との真剣勝負の記録である。
『愚行録』の心の闇、『蜜蜂と遠雷』のピアノの世界。新作『ある男』では、原作者に挑むような戸籍を偽った男の巧みな人物描写に感心した。
本作でも原作を大きく改変している部分が随所にみられるのに、本質的な面白味や風合いはまったく損なわれていない。
ネビュラ賞受賞の中国人系SF作家の原作映画化という点では、テッド・チャンの短編を映画化したドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『メッセージ』と共通する。製作費とスケールは大分違うが、脚本と映像化のうまさでは負けていない。
プラスティネーション
映像化で特に素晴らしかったのは、プラスティネーションの表現方法だ。プラスティネーションとは、遺体を生きていた姿のまま保存できるようにする特殊な施術をいう。遺体から血液を抜き、プラスティックを流し込む。
この際に、施術者はその人物に固有の最も生き生きとしたポーズを探し出す。それを、遺体を吊る無数のひもを操りマリオネットのように動かすことで表現する(必殺仕事人の三味線屋みたいなものといえばよいか)。
生と死がひもを通じて繋がり、ダンスのように決めのポーズをみつけていく様子は、テーマの表現としても動きとしても、とても魅力的なアイデアだ。
◇
エマ(寺島しのぶ)はそのポージングの達人であった。ある日、クラブで激しいダンスを披露するリナ(芳根京子)を目にとめ、会社にスカウトする。
ここでプラスティネーション技術を学んでいくリナは、いつしかエマに次ぐスキルを身に着ける。リナの前衛的なダンスのどこに才能を見出したのかは不明だが、ともあれ、エマには後継者ができた。
人類の選別に手を染める
やがて、リナの前にエマの弟の天音(岡田将生)が現れる。彼は、プラスティネーション技術を応用し、そこにテロメアを初期化する再生薬を注入することで、若さを保ったまま永久に生きられる術の実用化に成功する。
「もはや、人類に死は不要になった」と語る天音に、姉のエマは「驕るな。それは人類の進化ではなく退化だ」といい、自らは死を選ぶ。
不老不死の技術は、船に乗れる者と乗れない者を創り出してしまう。人類の選別だ。
岡田将生が演じるエリート然とした天音が、「人生は終わりがあるから意味があるというのは、死が不可避だった時代の慰めです」などと語るのは、似合い過ぎて薄ら寒くなる。
天音はリナと結婚し、ともに不老不死を得る最初の人間となる。だが、そこに落とし穴があることは想像がつく。何年たっても若々しい二人。
だが、ある日天音は、自分に一本の白髪を発見する。髪の毛一本でここまでサスペンス的盛り上げを見せるなんて、傑作SF『ガタカ』(1997)のイーサン・ホーク以来ではないか。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
天音の庭
白髪一本で驚いてたら、こちとら身が持たないが、天音にとっては一大事だ。どうやら遺伝子に不具合があり、病魔は再生薬の影響で活性化し、彼は二カ月でこの世を去る。
若さから激しい老化への急変は、『アルジャーノンに花束を』の主人公のIQの増減を思わせる。
◇
死んだ天音の計画でもあった、不老手術を受けられなかった人々を受け容れる海沿いの介護施設「天音の庭」。リナは、亡き夫が遺した精子から娘ハル(鈴木咲)を産み、ここで育てている。
施設を訪れる老人たちがインタビュー形式でこれまでの経緯を語る姿は、是枝裕和監督の 『ワンダフルライフ』(1999)のようだ。そしてその中に、病気の女性・芙美(風吹ジュン)とその夫・利仁(小林薫)がいる。
これまでは、日本風にアレンジした海外SFドラマの様相だったが、この夫婦の登場で、いっきに人間ドラマの濃度が高まった印象。利仁が孫のようなハルと仲良く遊んでいる様子も微笑ましい。
灯台の絵が意味するもの
だがある日、ハルにせがまれてスケッチブックに利仁が描いた風景画に、リナの目は釘付けになる。
ここからはネタバレになる。その絵には万国旗で飾られた灯台が描かれていた。17歳のときに、リナは子供を産み、愛情が感じられずに見捨ててしまった。その時に見えていた景色だ。つまり、利仁はリナの息子だったのだ。
この、一枚の絵を介して真実を明かす手法は原作にはなく、うまいアイデアだ。
だが一方で、若きリナが生まれた子を捨てた頃の物語は、映画ではごっそり省かれている。なので彼女の心情が伝わりにくい。
原作では、子供の父親にフラれ、その子を捨て、別な男と何年も風来坊のように暮らし、職に困ってボディワークスの会社を訪ねるのだ。息子に恨まれる背景としては、原作の方が分かりやすい。
◇
利仁(小林薫)とリナ(芳根京子)は一見、父と娘のようだが、映画では息子と母。ということは、祖父と孫娘にしか見えない利仁とハル(鈴木咲)は、兄妹ということになる。SFならではの設定だ。
親子の年齢が逆転するような仕掛けは、ケン・リュウの短編『母の記憶に』とも重なる。こちらは是枝裕和監督の『真実』の劇中で映画化されている。
利仁は自分の人生をみつけた
利仁は不老手術を拒絶している。息子が自分より先に老い、死んでいくのは堪えられないとリナは嘆くが、利仁は今の自分の人生に満足している。
病気で亡くなる芙美が死ぬ間際に雪の降る野外で花火(音だけ)を見上げながら、利仁に「生まれ変わったら、また見つけてね」と寄り添うシーンは泣かせる。いつかこういう老夫婦になりたいものだ。
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— 映画『Arc アーク』公式 (@Arc_movie0625) June 28, 2021
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芙美というキャラは原作にはいないが、彼女の存在で利仁の人生が充実したものになったのは良かった。母を恨んで待っているだけで、母より先に息子が死んでいく人生では気の毒すぎる。
◇
本作は17歳から135歳までのリナの人生が描かれている。長い人生は、カラーとモノクロのシーンを意図的に使い分けており相応の効果はあったが、欲を言えば、モノクロ映像はクリアすぎてもっとざらついた質感がほしい。
あれでは、ただモニターの彩色度をゼロにしただけのお手軽な演出に見えてしまい、さすがに苦労してフィルムを使い分けていた先達の作品と同じ効果は得られない。
失われていないアーク
ラストの砂浜のシーンでは、135歳のリナを倍賞千恵子が、そして大人になったハルを中村ゆりが演じ、リナの末娘セリを芳根京子が演じている。
リナは不老の投薬をやめている。人類初の不老不死を得た女は、それを諦める最初の女になるのだ。
◇
不老不死をテーマにした作品はけして珍しくないが、特撮や特殊メイクが幅を利かせ、本作のような落ち着いた出来の作品はあまりない気がする。
不老不死の未来が、どこまで現実味を帯びているのか知らないが、西洋では「死なない」ことは神の掟に反する行為ではないかと反発がありそうだし、日本では「桜は散るからこそ美しい」という文化が根付いている。
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— 映画『Arc アーク』公式 (@Arc_movie0625) June 28, 2021
ℂℍ𝔸ℝ𝔸ℂ𝕋𝔼ℝ
╰━━━━━━━╯#倍賞千恵子 𝓐𝓢(✘✘✘✘)
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物語を締めくくる
とても重要な役柄を演じています。
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「やっぱり人は死なないと駄目だよね」という結論につなげるのは容易だが、本作は必ずしもそうは言っていない。
リナは、夫も死に、息子にも先立たれ、やりたいことはほぼやり尽くし、もう人生に終止符を打とうと決意した。永遠ではなく、自分で決着をつけられる人生がいいということを伝えたいのではないか。
◇
空に拳を振り上げ、おのれの人生をつかみ取るような倍賞千恵子の力強い手の動き。
不老不死の人生が円ならば、そこに自分なりの長さで始まりと終わりを設けられる円弧こそが、理想の生き方ということか。
不老不死の治療を受けられるかどうか、ノアの方舟(ARK)の話のように見えて、円弧(ARC)の話だったとは。