『カラオケ行こ!』
中学生の合唱部長からカラオケ指導を受けるヤクザ。ありえない設定のコメディだが刺さるひとには刺さるらしいぞ。さあ、ご一緒に。クレナイだー!
公開:2024 年 時間:107分
製作国:日本
スタッフ
監督: 山下敦弘
脚本: 野木亜紀子
原作: 和山やま
『カラオケ行こ!』
キャスト
成田狂児: 綾野剛
岡聡実: 齋藤潤
<森丘中学合唱部>
森本もも(顧問): 芳根京子
松原(コーチ): 岡部ひろき
中川(副部長): 八木美樹
和田(2年): 後聖人
栗山(映画を見る部): 井澤徹
<祭林組>
ハイエナの兄貴: 橋本じゅん
唐田: やべきょうすけ
銀次: 吉永秀平
キティの兄貴: チャンス大城
組長: 北村一輝
玉井(元組員): 米村亮太朗
その他
岡優子: 坂井真紀
岡晴実: 宮崎吐夢
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
中学校で合唱部の部長を務める岡聡実(齋藤潤)は、ある日突然、見知らぬヤクザの成田狂児(綾野剛)からカラオケに誘われる。
戸惑う聡実に、狂児は歌のレッスンをしてほしいと依頼。組長が主催するカラオケ大会で最下位になった者に待ち受ける恐怖の罰ゲームを免れるため、どうしても歌がうまくならなければならないのだという。
狂児の勝負曲は、X JAPANの「紅」。嫌々ながらも歌唱指導を引き受ける羽目になった聡実は、カラオケを通じて少しずつ狂児と親しくなっていく。
レビュー(ほぼネタバレなし)
なぜか全く共感できない
綾野剛が演じるヤクザもんの男が、合唱部で部長を務める中学生(齋藤潤)を拝み倒して、カラオケで歌の指導をしてもらう奇想天外な話。和山やまの人気コミック原作(私は未読ですが)を山下敦弘監督が野木亜紀子脚本で映画化。
さて本作、どこの映画レビューサイトを見ても、観客評価はすこぶる良好。それこそ何度も映画館に通うファンやら、布教活動に熱心な方まで少なからず存在する。
いや、マジか、この状況! 自分の感性がいよいよ本格的に錆びついてしまったのかもしれん。
◇
正直なところ、本作にはほとんど心を動かされるところがなかった。どこか見落としたかと思って、連日鑑賞してみたが、結果は変わらず。残念ながら、全然共感できない。
本作を愛する方の多くは、原作ファンのようだ。きっと私のまだ知らない良さがあるのだろう。
最近はオリジナル脚本で活躍中の野木亜紀子だが、もともとは原作の魅力を脚本に落とし込むことに定評があったひとだ。彼女の脚本なら、原作ファンも納得なのだろう。だが、映画から入った原作知らずの私は、どうやら蚊帳の外にいる。
以下は、そんな私の率直な思いを綴ったものになる。なので、本作を愛する多くの方や、愛する予定の方は、どうか未読スルーしていただきたい。本作が胸に刺さらなかった、一握りの読者に向けて書いている。
歌ヘタ王になりたくない
中学生とヤクザの不思議なバディムービーは着想としてはユニークで新鮮だが、その設定一本勝負のシチュエーション・コメディは苦しい。
冒頭、雨でずぶ濡れになり背中の刺青が滲んで見えるヤクザの成田狂児(綾野剛)が、合唱コンクール会場で閉会後にひとり楽屋にいた部長の岡聡実(齋藤潤)に話しかける。
「カラオケ、行こ」
そんな台詞とタイトルを挟んで次のシーンでは二人で<カラオケ天国>にいるという、何とも強引な場面展開。ここは原作でも、説明割愛のようだ。あまりにご都合主義ですでに違和感が生じる。
狂児が披露する勝負曲、X JAPANの「紅」。はじめにメチャクチャ音痴な人物が、終盤に上達した歌を披露するパターンのドラマは数多い(朝ドラ『あまちゃん』の薬師丸ひろ子とか)。
本作もそうかと思ったら、狂児の歌は結構うまい。だが途中、シャウトして以降乱れていく。それを面倒くさそうにアドバイスする聡実クンだが、やがてレッスンが回を重ねるにつれ、友情らしきものが芽生えていく。
狂児が歌の上達に必死になるのは、組長が主催するカラオケ大会で歌ヘタ王になってしまうと、苦手なものを手に刺青されてしまう罰ゲームから逃れたいからだ。
一方の聡実クンも、中学生活最後の大事な合唱コンクールを控えた身ながら、変声期を迎えて思うようにソプラノボイスが出せなくなってきたという、思春期男子特有のフラストを抱えている。
部活動もさぼり気味になっている聡実クンにとって、狂児へのレッスンは恰好の現実逃避だったといえる。
優しすぎるぜ、ヤクザの兄さんたち
ヤクザでありながら、狂児は歌の師匠である聡実クンには優しい。祭林組の構成員のおっかない連中も、狂児の師匠だからということで、みんな聡実クンへの接し方には気を使っている。
そのせいで、ヤクザが出てくるのに優しい映画になっている。私にはこれが物足りない。
◇
中学生に優しいのはいい。だが、ヤクザ者である以上、どこかに敵対組織との抗争とか、跡目争いとか、任侠の世界で痺れさせてくれるシーンが少しは欲しい。
北村一輝からやべきょうすけまで、これだけ威勢のいいお兄さんたちを集めたのだから、魅せ場を作ってくれないと、本当にカラオケ好きのチンピラ組織にしかみえなくなってしまう。
◇
昭和世代が慣れ親しんだ、『セーラー服と機関銃』や『二代目はクリスチャン』にも優しいヤクザはいたが、やはり修羅場があってこそ。角川映画もKADOKAWAになった途端、えらくマイルドになったものだ。
キャスト・スタッフ
狂児を演じた綾野剛は地声の歌も人懐こい笑顔も良かったとは思うが、『ヤクザと家族』から『最後まで行く』までこなす彼ならこのくらいはお手の物だろう。
LINEでメッセージを送ってくる怪しい人物も『リップヴァンウィンクルの花嫁』で演じているし。
ひと昔前はこういう調子のいい若頭は椎名桔平の得意分野だった。今回は相手が中坊だから綾野剛が先輩格のバディムービーだが、野木亜紀子脚本の『MIU404』での星野源のバディのように、自由奔放の後輩格の方がフィット感はある。
男子中学生の岡聡実役には齋藤潤。彼も生真面目キャラが似合っていて、さすがオーディションで選ばれただけはある。最新作『からかい上手の高木さん』では、本作と全く違いクールな不登校中学生を演じる。イメチェン幅広い。
変声期でも頑張って終盤で熱唱する「紅」は聴きごたえがあった。ただ、あの場面で狂児との出会いから振り返る回想シーンを入れたのは、あまりに陳腐で笑った。かつてオフビートな作風で知られた山下敦弘監督よ、どこへ行ったという感じ。
そういえば、台湾映画のリメイクだった前作『1秒先の彼』もちょっとピント外れだったし。こちらも公開目前の新作『告白 コンフェッション』に期待。
美しい自然の風景や音なら間が持つが、カラオケボックスが舞台になるシーンが多いことは、映画的には変化に乏しい。
およそ平凡で絵になりにくい室内設定として思い浮かぶのはカラオケボックスとファミレスだが、和山やまには『ファミレス行こ!』という作品もあるようで、この人は稀代の才人なのかもしれない。
野木亜紀子はどのくらいアレンジを加えたのか分からないが、音叉に名刺、詰めた指といった小道具の使い方はややありきたり。
彼女がらみでは、『MIU404』つながりなのか、綾野剛の兄貴分に橋本じゅんがいたのは笑った。あと三代目米津玄師か。組員が歌う「檸檬」は下手すぎて、つい楽屋オチを看過するとこだった。
優しすぎるよ令和の青春
先日観た『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』もそうだったが、全体的にゆるい学園生活が、昭和世代の私には耐えがたい。
「映画を観る部」の彼(井澤徹)は、中学生のパワーがあるなら自主映画撮ってほしいし、聡実クンも部長なら声変わりで練習休まずに、ヤクザじゃなくて後輩指導しろよと言いたい(私も変声期頃に合唱部でボーイソプラノ歌ってた)。
本作で一番共感できたのは、腑抜けな部長を突き上げるクソ真面目な後輩部員(後聖人)かもしれない。
結局、3年生部員最後のコンクールに聡実クンは出場しないし、組長主催のカラオケ大会で狂児は「紅」を歌わない。それでもドラマは成立する。
再生オンリーで巻き戻せないVHSのビデオデッキ、ヤバい雰囲気のミナミギンザの再開発、変声期や刺青も含めて、人生は、不可逆的な出来事の目白押しだ。
ちょっと大人の世界に片脚を踏み入れた中学生の青春譚。それは分かるけど、どうにも不完全燃焼。エンドロール後の「カラオケ行こ!」の台詞もオマケシーンも、必要だったか?