『ビジランテ』
Vigilante
入江悠監督が地元の埼玉県深谷を舞台に描く、地方都市の業と闇。
公開:2013 年 時間:114分
製作国:日本
スタッフ
監督・脚本: 入江悠
キャスト
神藤一郎: 大森南朋
神藤二郎: 鈴木浩介
神藤三郎: 桐谷健太
神藤美希: 篠田麻里子
神藤武雄: 菅田俊
岸公介: 嶋田久作
サオリ: 間宮夕貴
石原陸人: 吉村界人
大迫護: 般若
亜矢: 岡村いずみ
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
高校時代に行方をくらました長男の一郎(大森南朋)、市議会議員を務める次男の二郎(鈴木浩介)、デリヘルの雇われ店長をしている三男の三郎(桐谷健太)。三兄弟はまったく世界の異なるそれぞれの道を生きてきた。
兄弟の父親が亡くなり、失踪していた一郎が30年ぶりに突然帰ってきたことにより、三兄弟の運命が交じり合い、欲望や野心、プライドがぶつかり合う中で、三兄弟を取り巻く事態は凄惨な方向へと動いていく。
今更レビュー(ネタバレあり)
深谷にアウトレットモールを
「ビジランテ」というのは、劇中でも登場する自警団のことだと、公開当時初めて知った(ちなみに平成元年にゴジラが戦った敵はビオランテ)。入江悠監督が『SRサイタマノラッパー』シリーズ以来のオリジナル脚本で撮った作品。
舞台も監督の地元である埼玉県深谷ということで、ますますサイタマノラッパーっぽいかと思えば、今回はコメディ要素ゼロ。ひたすらエロとバイオレンスなのである。
入江悠監督のフィルモグラフィにバイオレンスはけして異端ではないが、ここまで直球勝負なのは珍しい。
映画は冒頭、幼少期に父親(菅田俊)の異常なまでに厳しい鉄拳教育に耐えかね、川を渡って逃亡を図る三兄弟。一旦は父に連れ戻されるが、激しい折檻を受けて長男は再び逃亡、そのまま弟二人とは生き別れになる。
そして時は流れ、その厳しかった父親の葬儀が執り行われている。どうみても極道のようなその男は、この地方都市の有力な市議会議員だったようだ。次男の二郎(鈴木浩介)が二世議員として父の地盤を受け継いでいる。
そこに厄介な話が舞い込む。市をあげてのアウトレットモールの誘致を、二郎の会派の政治家先生たちが推進しているのだが、その予定地の一角に亡き父の保有する広大な空き地が含まれるという。
ボスである岸議員(嶋田久作)から、その土地をスムーズに譲渡するよう二郎は命を受ける。
ここでようやく他の兄弟が登場。まずは末っ子の三郎(桐谷健太)。今はデリヘルの店長だ。政治家の兄とは当然疎遠であるが、「憎まれオヤジの遺産など相続する気はない」という。
これで問題解決にみえたが、そこに数十年ぶりに失踪した兄の一郎(大森南朋)が戻ってきて、「あの土地だけは売らない」と言い出す。
兄に相続放棄をさせなければ
筋書きだけ見れば、今やバラバラになり違う世界に暮らす兄弟たちの、遺産相続トラブルの家族ドラマのように見える。だが実態はまるで違う。大森南朋演じる一郎のキャラクターが、あまりに規格外なのだ。
どこの山奥から下りてきたのかというようなヒゲ面といかつい雰囲気の大男。いきなり空き家となっていた本家に住み着いては、愛人のサオリ(間宮夕貴)を裸にして激しく絡み合っている。
この無頼漢の一郎がなぜか父親から自分が土地を相続する公正証書を持っており、話は更に混乱する。兄を説得し土地を相続放棄させなければ、議員としての将来がない二郎。
そして無関係と思われた三郎もまた、デリヘル店のケツモチをするヤクザの大迫(般若)から、兄に相続放棄をさせるよう、厳命されてしまう。岸議員の更に上層に蠢く政治家の闇のネットワークから、大迫に指示がとんできたのだ。
何を考えているかわからない不気味さと父譲りの暴力性の一郎。主義主張もなく、ただ先輩議員の評価だけを気にして生きる政治家の二郎。
社会のドロップアウト組に思えたデリヘル店長の三郎が、実は一番真っ当な生き方をしているのが面白い。
般若の迫力が最高!
閉鎖的な地方都市にある闇の世界。『アウトレイジ』シリーズにも登場した大森南朋と桐谷健太の組み合わせは想定範囲内だが、そこに異分子の鈴木浩介を投入したことで、ただのバイオレンスとは一味違う風合いが出た。
二郎が団長となった、長い歴史を持つ自警団。外国人労働者を敵対する若者(吉村界人)が入団し、当地に長く暮らす中国人コミュニティと一悶着を起こし、やがて報復合戦にエスカレートする。
この辺の社会問題もさりげなく突っ込んでくるのが入江悠監督っぽい。ここに笑い要素を入れると、次作『ギャングース』に繋がるか。
個人的に、本作で何が一番凄かったかというと、三郎のデリヘル店をケツモチするヤクザの大迫役の般若の存在だ。彼はラッパーらしいが、名前も顔も知らなかったので、ただその本物らしい迫力に圧された。
公開時に本作を観ているが、正直、般若の気迫溢れる演技しか覚えていないほどだ。特に印象的なのは、彼が演じる大迫が三郎相手にキレて暴れる焼肉店の場面。これはトラウマ級に脳裏に焼き付く。
一郎から相続放棄の念書をもらうために、大迫たちが神藤家の屋敷に乗り込んでいき、そこに横浜からやってきた取り立て屋の暴力団と鉢合わせする場面。これもまた面白い。
怖いというより、エイリアンとプレデターが出くわしたような、本作で数少ないコメディ的な匂いがするシーンだ。
横浜の親分には坂田聡。傍目には彼の方が般若より堅気に見えるが、ヤクザ者の組織の力学があるらしく、どう転ぶのか分からない展開となる。
脚本の弱さを暴力でねじ伏せる
本作は脚本だけをみれば、相当難があるように思う。三兄弟の父親がどんな人物だったかも掘り下げがないし、なぜ一郎とこっそり会って土地を相続したのかも、最後まで語られない。
三兄弟にはそれぞれ個性があるものの、今回のトラブルをめぐり、なぜこんな行動をとってしまうのかも、分かったようで消化不良のままだ。
当時のインタビューによれば、三人の俳優たちも、自分の演じるキャラの内面が理解できず、暗中模索のまま演技に臨んでいたようである。
シナリオの弱さをバイオレンスがカバーするような作品の持ち味を、どう評価するかで本作の好き嫌いが分かれるところ。
初見の際はこのバイオレンス部分に圧倒された作品だったが、久々に観直すと、ストーリーそのものの粗が目立ったのが正直な感想。
実は本作でいちばんワルだったのは、二郎の妻として政治家の夫を支える神藤美希(篠田麻里子)なんじゃないか。
何も具体的には描かれていないが、ダメな夫を何とか出世させようと、あの手この手で暗躍している様子が匂わされている。夫のモール誘致実行委員選出の会でも、意味ありげなピント送りが気になるし、彼女が一番強かそう。