『水の声を聞く』
山本政志監督が玄理の主演で描く、インチキ宗教のなれのはて。
公開:2014年 時間:129分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 山本政志 キャスト ミンジョン: 玄理 三樹夫(父): 鎌滝秋浩 坂井美奈: 趣里 赤尾: 村上淳 沖田紗枝: 中村夏子 シンジ: 萩原利久 小宮守: 松崎颯 小宮佳恵(母): 薬袋いづみ 高沢(取り立て屋): 小田敬 文人: 須森隆文 宮沢裕太: 富士たくや 宮沢依子: 西尾英子
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
東京・大久保のコリアンタウンで、軽くひと稼ぎをしようと巫女を始めた在日韓国人のミンジョン(玄里)。
水や緑からメッセージを聞きとるという彼女に救いを求める人々は後を絶たず、やがてその集まりはミンジョンを教祖と仰ぐ宗教団体「真教・神の水」となる。
後戻りのできない状況になってしまい、救済を求めてくる信者たちに苦悩するミンジョンだったが、次第に偽物だった宗教にも心が宿り、ミンジョンは不安定な現代社会を救おうと大いなる祈りをささげはじめる。
今更レビュー(ネタバレあり)
水の声を聞く女
山本政志監督はかつて、13人の監督が限られた予算と時間の中で受講生と作品を撮る映画塾「シネマ☆インパクト」を主宰していた。
その中で大根仁監督の『恋の渦』がヒットを飛ばし、その収益を全額注ぎこむ形で本作『水の声を聞く』が完成したという。
◇
山本政志監督には最新作『脳天パラダイス』の影響で、脳内がとろけそうな混沌世界の作品イメージを勝手に抱いていたが、本作は新興宗教、というかインチキ教祖を題材にした社会派ドラマ。
玄里が演じる主人公の教祖ミンジョンが、水の神様にうかがいをたてる、つまりタイトル通り「水の声を聞く」ところから、水や樹木等の自然と向きあう場面が随所に織り込まれる。
山本監督が1991年に撮影を開始し頓挫したままである、博物学者・南方熊楠を題材とした映画『熊楠』とどこか相通ずるところがあるのかもしれない。
冒頭、東京・大久保のコリアンタウンで、巫女に自分の人生の迷いを相談する若者。「では、おうかがいします」と真面目な顔で答える巫女。自宅訪問でもするのかと思ったら、背後にある水槽にたたえた<神の水>にお伺いをたてるのだ。
そこから得たお告げを、巫女は韓国語で答える。相談者の周囲の信者たちがスマホを彼女に向ける。何の説明もないが、これは巫女の韓国語を翻訳アプリで聴いているのだろう。
この主人公である巫女が、在日韓国人のミンジョン(玄理)。友人の美奈(趣里)と軽い気持ちで始めた巫女のビジネスだったが、いつしか救いを求める老若男女を集め始め、宗教団体「真教・神の水」となっていく。
「祖母が巫女をやっていただけで、自分には何の力もないのに」と、信者が集まることを不安視するミンジョン。
「でも、実際に救われている人がいるじゃない。力があると信じさせるのも力だよ」と美奈が励ます。
玄里と趣里
『愛のむきだし』から『教祖誕生』・『星の子』、最近なら『ビリーバーズ』や『波紋』など、新興宗教を扱った映画は多いが、怪しいカルトだったり、壺や水を高値で売りつける悪徳商法だったりと、極端な描き方はしていない。
ただ、しだいに信者が増えていく「真教・神の水」の中でインチキ教祖を続けている自分の罪悪感に苛まれ、ミンジョンは教会から失踪。埼玉の山中に行き、亡き母や祖母を知る在日の巫女に教わることで、自分のやりたいことを見つけ出す。
◇
主演の玄理は公開当時「玄里」と名乗っていたので、本作の出演者は玄里と趣里となり紛らわしかった。だが今や、玄里は濱口竜介監督のベルリン銀熊賞受賞作『偶然と想像』に出演、趣里は朝ドラ『ブギウギ』の主役である。
玄理は韓国籍の女優で、日英韓のトリリンガル。
彼女が主演の企画をということで、それならば韓国語設定、ついでに祖母を済州島出身の設定にして、済州島虐殺の歴史である四・三事件も取り込もう、というような流れで構想が固まっていたのではないかと想像する。
◇
ぶっちゃけ、分かり易い映画ではない。
もっとも、論理的でカッチリしたストーリーの映画だけが偉いわけではないはずだ。難解だけど、作品全体に勢いがあったり、忘れられない名カットが一つ二つあったりするだけで、映画は傑作になりえる。
その意味では、印象に残る一本だったと思う。
たとえば、ミンジョンが部屋の中で神の水の水槽をみつめ、そして窓の外を眺めるカット。
ここは彼女が教祖をやめようと決意する失踪前のシーンだが、部屋の中の樹々がなぜか風に揺れ、次に窓の外では巨木の枝葉が風に大きく揺れている。
あの葉の動きは、台風並みの強風が必要だろう。大道具の扇風機で出せるレベルではない。揺れる枝葉を眺め思い悩むミンジョンの姿は絵になる。
その他キャスティング
また、低予算映画ではゲリラ撮影も必須アイテムなのだろうが、渋谷の歓楽街・百軒店を必死で逃げるミンジョンの父親・三樹夫(鎌滝秋浩)を、取り立て屋の高沢(小田敬)たちが捜索するシーンも迫力があった。
このミンジョンの父親は、母が死んだあとに娘に父親らしいこともろくにせず、今も借金返済に追われて、恥も外聞もなく娘にカネを無心して、教団に居座っているダメ父だ。
この父親はホントに情けなく救いもないのだけれど、少しだけ憎めないところもあって、いい味をだす。鎌滝秋浩、シネマ☆インパクトの橋口亮輔監督『ゼンタイ』の草野球編の新入りメンバー役だったひとだ。
かれを執拗に追う借金取りの高沢役の小田敬も独特の存在感。彼は山本監督作品の常連。
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それから、歓楽街を逃げる三樹夫を発見するのが、その甥っ子にあたるシンジ(萩原利久)。中学生だが、相当ヤバい世界に足をツッコんでいている悪ガキ。演じるは、今や『美しい彼』主演の萩原利久だが、まだこの頃はあどけない。
そして、宗教団体「真教・神の水」の運営を仕切っている広告代理店の男・赤尾に村上淳。これまた胡散臭い。
赤尾たちは、教祖ミンジョンの失踪を機に、彼女の代役として新たな巫女・沖田紗枝(中村夏子)を仕立て上げ、教団の主導権を握り続けようと画策する。
広告代理店という設定だが、持ってる資料がほぼdentsuのロゴだったり、勤務地が電通の本社ビルだったりと、協力会社のクレジットにはないので、なかなか大胆な設定。
その他、印象的だったのは、入信した息子に構ってもらえず、孤独と狂気に囚われた母親を演じた薬袋いづみ。シネマ☆インパクトの大森立嗣監督『さよなら渓谷』の、真木よう子の隣人で息子を殺した奥さん役が印象的。
インチキ宗教の末路
さて、一旦失踪したミンジョンがきちんとした巫女として戻ってくると、教団は新たな巫女を擁立して活動を拡大している。
彼女は強引に教団を元の運営スタイルに戻し、今度は自分の手腕で組織を伸ばしていこうとするが、信者であった母子を死に追いやってしまう。
更に悪いことに、借金まみれの父親を教団内部に置いていることが発覚してしまい、それが引き金となって、野外の滝つぼで開催した盛大な祈りのイベントのさなか、信者たちから「インチキ宗教だ、金を返せ!」と糾弾されることとなる。
結局、ミンジョンはインチキ教祖から脱却して正しい道を歩もうとしたところが、当初の行いの因果応報を受ける形となってしまったようだ。
父も従兄弟のシンジも高沢たちに殺され、自分も乱暴され、傷心のまま祖母の故郷である済州島に向かう。
彼女が島で祖母の墓前に手を合わせると、廃屋となった大久保の事務所に残った水槽に一枚だけ浮かぶ木の葉が、突如燃えあがる。
この怪現象に意味を求めるとすれば、これまで力不足のインチキ教祖だったミンジョンが、初めて成し遂げた奇跡ということだろうか。ただし、もはやすべては失われたあとではあるが。