『赤ひげ』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『赤ひげ』今更レビュー|男は黙って治すだけ

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『赤ひげ』

黒澤明監督が山本周五郎の原作を映画化した医療ドラマの金字塔。赤ひげに三船敏郎、若き医師に加山雄三。

公開:1965 年  時間:185分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:          黒澤明
原作:        山本周五郎
          『赤ひげ診療譚』
キャスト
新出去定(赤ひげ):  三船敏郎
保本登:        加山雄三
森半太夫(医師):   土屋嘉男
津川玄三(医師):   江原達怡
佐八:          山﨑努
おなか(佐八の恋人):桑野みゆき
お杉(女中):      団令子
狂女:         香川京子
六助:         藤原釜足
おくに(六助の娘):  根岸明美
きん(娼家女主人):  杉村春子
おとよ:       二木てるみ
長次:         頭師佳孝
五平次(長屋差配): 東野英治郎
和泉屋徳兵衛:      志村喬
登の父:         笠智衆
登の母:        田中絹代
松平壱岐:       千葉信男
松平家老:        西村晃
ちぐさ:        藤山陽子
まさえ:        内藤洋子
賄のおばさん:七尾伶子、辻伊万里
      野村昭子、三戸部スエ

勝手に評点:4.0
 (オススメ!)

あらすじ

江戸時代。長崎でオランダ医学を学んだ青年・保本(加山雄三)は、幕府が設立した小石川診療所で住み込みの医師見習いになる。

だが、所長のベテラン医だが、自分の考え方を曲げない赤ひげ(三船敏郎)に反発を覚え、診療所から解雇されることすら望み始める。

しかしさまざまな事件を通じ、赤ひげの医師としての腕に憧れ始め、社会的弱者が多い患者たちの味方として態度をけっして崩さない赤ひげに、いつしか共感と好意を覚えるようになる。

今更レビュー(ネタバレあり)

数々の名作を生んだ黒澤明監督と三船敏郎コンビの最後の作品。原作は山本周五郎『赤ひげ診療譚』

江戸時代に幕府が設けた、貧しい町民のための医療機関・小石川養生所で、その風貌から<赤ひげ>の異名で呼ばれる所長の新出去定(三船敏郎)

彼の養生所に、長崎で医学を学んだばかりの青年医師・保本登(加山雄三)が足を踏み入れるところから物語が始まる。

本人は赴任したつもりもなく訪れたが、既に外堀は埋められており、奉行からは辞令が出ている。保本と入れ替わりで退所する医師・津川(江原達怡)が、養生所いかに劣悪で過酷な環境かを面白半分に説明する。

なるほど、病室の扉を開けるたびに、男女それぞれ貧民窟のように病人が横たわり、匂いまで漂ってきそうなカット。加山雄三の清潔感あふれる佇まいとのギャップが激しい

そして満を持して、赤ひげ登場。背中のショットから振り返り、保本を無言で下から値踏みするようににらむ三船敏郎の迫力。

いきなり赤ひげから「このまま養生所に着任しろ、長崎で学んだ医術の書を提供しろ」と指示され、養生所では禁止されている酒を飲んで、周囲が忙しく働く中、さぼってばかりで追い出されることをねらう保本。

だが、そんな手に赤ひげはのらず、同僚の森半太夫(土屋嘉男)からも説得される。子供じみた抵抗をする青二才の保本。

そんな折、離れに軟禁されている狂女(香川京子)の話を聞くうちに、彼女のかんざしで刺殺されそうになったところを、赤ひげに救われたことで、保本は反発していた赤ひげにひとつ借りを作った格好に。

それでも、赤ひげは保本の失態を責めるでもなく、彼に次第に仕事を任せるようになる。

社会の貧困と無知こそが問題なのだ。無骨だが、決して偉ぶらず、無欲で貧民のために寝食をけずり診療に注力する赤ひげの生き様に、保本は感化され、ついには敬遠していたお仕着せを着用して仕事をするようになる。

Red Beard / 赤ひげ (1965) ORIGINAL TRAILER

山本周五郎の原作は、各患者をめぐって一話ずつのオムニバス形式で書かれている。その中からいくつかを選定し、独立した挿話ではなく、いくつかのアレンジで、全体に大きな物語の流れが生じるよう工夫されている。

加山雄三三船敏郎『椿三十郎』以来の黒澤映画での共演となる。

ともにタイトルロールを演じた三船敏郎は、前作では圧倒的にメインであったが、本作では主要人物ではあるものの、彼の指導により成長する保本が主人公といえる構成になっている。

本作は、患者の治療に重きが置かれる医療ドラマであるが、刀は抜かないまでも三船敏郎遊郭の用心棒をバッタバッタと素手でなぎ倒すシーンがあったり、賄のおばさん連中が細かい笑いをとったりと、3時間近い長編でも飽きさせることはない

本作以降<赤ひげ>という名は、貧しい人から金銭を要求しない、人間的に優れた医師の代名詞として定着している。

手塚治虫『ブラックジャック』なども、時に赤ひげ的な行動をとる姿が散見される(そういえば、加山雄三もドラマで『ブラックジャック』やってたな、昔)。

本作はモノクロで撮られているが、三船敏郎は律儀にもヒゲを赤っぽく染めているらしい。さすが黒澤映画の心意気である。

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『用心棒』『椿三十郎』でも思ったことだが、本作もモノクロだからこその美しさと見やすさがあると感じた。部屋の中ではろうそくの灯できちんと俳優たちの影が壁に映っており、そのシャープな陰影もいい

赤ひげや医師が家の中で食事をとるシーンも、横並びになって着座しており、森田芳光『家族ゲーム』の先駆けに見えた(家族団らんではない私語禁止の食事時間だから、これでいいのか)。

途中の回想場面で登場する地震で家屋が倒壊するシーンや、そのあとの瓦礫の山をさまようシーンも、ワンカットなのに妥協を許さない徹底ぶり。

出産の手伝いで妊婦の足を押さえきれず、蹴られて頭を打って失神してしまうような保本。

だが、「俺は卑劣なヤツだ」と自嘲する赤ひげが役人や美食家の殿様からカネをまきあげ、貧しい人の治療・投薬に充てていることや、虐げられている少女を遊郭から強引に救い出す姿に魅了される。

「私は長崎帰りをひけらかすだけの、下劣でダメな奴でした」

保本は赤ひげに鍛えられ、自らも一生懸命にこの少女・おとよ(二木てるみ)の世話をした。養生所でも周囲を困らせてばかりの心を開かないおとよが、次第に保本に懐き、そして彼のそばにいるまさえ(内藤洋子)にやきもちをやく。

映画の終盤は、このおとよと泥棒の少年の長次(頭師佳孝)とのエピソードがメインになる。

長次の一家心中で担ぎ込まれる家族。「長坊だけでも助けてほしい」と、井戸に向かって願掛けする賄のおばさんたち。どうにか、少年は一命を取り留める。

すっかり成長した保本は、養生所勤めが終わったと退官を告げる赤ひげに、自分は志願して残りたいと言う。以前はあんなに、こんな場所は御免だと言っていた若者が。

また、保本には当初、長崎で勉強中に婚約者のちぐさ(藤山陽子)が男を作って別れる羽目になった過去を引き摺っていたが、それもすっかり吹っ切れた。

結局彼は、ラストシーンで、ちぐさを許し、その妹のまさえと婚約する。

「僕は養生所の勤務医になる。貧しい生活になるが、耐えらますか」

肯いて即答するまさえがいい。ちなみに、座敷にいる保本の父は笠智衆、母は田中絹代。まるで小津安二郎の世界に三船敏郎が迷い込んだようだ。

こうして、やめようと思っていた小石川養生所の門を再びくぐる保本。それは、芸能界で生きていくか悩んでいた加山雄三が、心を決めた作品にもなった。