『羊たちの沈黙』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『羊たちの沈黙』|ハンニバル・レクター博士の異常な日常②

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『羊たちの沈黙』
 The Silence of the Lambs

ハンニバル・レクターの名を世界に轟かせた、サイコスリラーの傑作。オスカー主要5部門制覇の快挙も納得。

公開:1991 年  時間:118分  
製作国:アメリカ 
 

スタッフ 
監督:        ジョナサン・デミ
脚本:         テッド・タリー
原作:         トマス・ハリス
            『羊たちの沈黙』
キャスト
クラリス・スターリング:
          ジョディ・フォスター
ハンニバル・レクター:
         アンソニー・ホプキンス
ジャック・クロフォード:スコット・グレン
バッファロー・ビル:  テッド・レヴィン
チルトン医師:   アンソニー・ヒールド
アーディリア・マップ:ケイシー・レモンズ
キャサリン・マーティン:ブルック・スミス
ルース・マーティン: ダイアン・ベイカー

勝手に評点:4.0
(オススメ!)

あらすじ

FBIアカデミーの優秀な訓練生クラリス(ジョディ・フォスター)は連続誘拐殺人事件の捜査スタッフに組み込まれ、犯罪者として収監されているレクター博士(アンソニー・ホプキンス)と面会する。

それは、天才的な精神科医でありながら、自らの患者を次々と死に追いやったレクターこそ事件の謎を解く鍵になると見込んでのことだった。

レクターはクラリスに興味を示し、捜査の手がかりを与える。ふたりが次第に心を通わせていく一方、新たな誘拐事件が。

今更レビュー(まずはネタバレなし)

主要5部門オスカー制覇の快挙

ハンニバル・レクター博士の名を世界的に有名にした本作は、ベルリン国際映画祭監督賞アカデミー監督賞をダブル受賞。監督は、本作のヒットで一躍メジャー監督となったジョナサン・デミ

アカデミー賞の長い歴史の中で、主要5部門でオスカーを制覇したのは本作のほか、『或る夜の出来事』(1934)と『カッコーの巣の上で』(1975)だけという快挙。ホラー映画での作品賞受賞にも前例がない。

改めて観ると、原作の面白さを損なわずに二時間枠に収めた脚本のうまさと、猟奇事件を解決していくサスペンス性とレクター博士の特異なキャラの魅力とのバランスの良さに感服する。

ホラーのジャンルに入るとはいえ、やたらに血みどろの殺人シーンを投入する安易な演出はなく、ここぞという場面でのみキワドいカットを見せて、最大効果をねらう効率設計。博士の品の良さが全編にも伝播しているようにも思える。

トマス・ハリスの代表作であるハンニバル・レクターのシリーズは、「レッド・ドラゴン」(1981)から始まる。これは1986年に『刑事グラハム/凍りついた欲望』(マイケル・マン監督)でまず映画化されたが、鳴かず飛ばず。

続いて「羊たちの沈黙」(1988)が出版され、これを映画化した本作が高評価・大ヒットと相成り、配給会社のオライオン・ピクチャーズの倒産危機を救った。

その後、トマス・ハリスの新作出版を追うように、映画は続編が作られ、また『レッド・ドラゴン』ブレッド・ラトナー監督により2002年にリメイクされる。

主演の名優二人の化学反応

一連の流れを振り返って思うことは、やはりこのブームを生んだ本作は、トマス・ハリスの原作の中でもひときわ強い魅力を放っているということだ。

レクター博士のキャラ設定の面白さは前作からの継承だが、何よりFBIアカデミーの優秀な訓練生クラリスという女性主人公を持ってきたところがうまい。

現場の経験はない、だが成績優秀、若くて美しいのも華があってよいが、そこに持ち前の根性やら、幼少期のトラウマまで絡んできて、主人公のプロフィールとしては申し分ない。

これをジョディ・フォスターが好演したことで、映画としては俄然輝きを増したといえる。

一方、本来の主役といえるハンニバル・レクター博士。もはや頭でイメージする人物像はアンソニー・ホプキンスしか考えられなくなっている。

当初、スタジオ側がオファーを持ち掛けたショーン・コネリージェームズ・ボンド役のイメージ固定に辟易したように、アンソニー・ホプキンスもまた、ハンニバルのイメージが定着してしまった感もある。

レクター博士の独房

本作で何より感心したのは、レクター博士の独房のある精神病院の収容施設のゴージャスさだ。彼の登場シーンまでの盛り上げ方が凄い。

厳重なセキュリティゲートをくぐってクラリスが訪れる、石造りの地下牢のような独房。薄暗く長い通路の両脇には他の下卑た囚人がおり、一番奥の独房の前には彼女用にパイプ椅子がポツンと置かれている。

一体どんな凶暴な輩が潜んでいるのか、そう思っているとガラスの向こうには、初老の紳士が囚人服姿で直立し彼女を出迎える。

その後の二人のやりとりは(当初の面会以降もそうだが)、会話の一字一句、そしてレクター博士の一挙手一投足に緊張感が漂う。

『刑事グラハム/凍りついた欲望』ブライアン・コックスが演じたレクターも悪くなかったのだが、独房が安っぽい造作だったのが気の毒だった。

さて、クラリスは何のために危険を顧みずレクター博士に面会に行ったか。

誘拐した女性の皮を剥ぐ連続殺人犯<バッファロー・ビル>の情報を得るため、FBIの行動科学課のクロフォード主任捜査官(スコット・グレン)の命令でやってきたのだ。

ひよっこの研修生をよこしたクロフォードに、レクター博士はクラリスをすげなくあしらうが、隣の囚人が彼女を辱めたことで、その非礼への償いとして最初のヒントを与える

優秀なクラリスはレクター博士の期待に応え、徐々に真相に近づいていき、博士は彼女の少女時代の秘められた記憶と引き換えに、事件解決のアドバイスを与え続けていく。そこに、奇妙な信頼関係が芽生える。

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その他キャスティング

FBIのクロフォード主任捜査官は、アカデミーに所属するクラリスにとっては上司というより、希望配属先の部署長のようなものだ。学生時代から彼の講義に出席するなど、彼女にとって憧れの存在だ。

スコット・グレンは仕事一筋の教官のようで、妙にクラリスとの親密さが漂わないのがいい。

クロフォードは、前日譚になる『レッド・ドラゴン』でも、本作と同様に他の捜査官(エドワード・ノートン)を使ってレクター博士から犯人逮捕につながる情報を引き出そうとした。

危うく捜査官を死なせかけたが、懲りずに同じ手を使っているわけだ。ちなみに、『レッド・ドラゴン』のラストは、そのレクター博士の独房にクラリスが初めて訪ねてくるところで終わる。

シリアスなムードの本作において、数少ないおバカキャラが、精神病院の収容施設でレクター博士を監視しているチルトン医師(アンソニー・ヒールド)だろう。

自尊心が強く、レクター博士に手玉に取られていることにも気づかず、クラリスにも高圧的な態度。彼の軽率な行為によって、博士はまんまと脱獄の機会を得る。

アンソニー・ヒールドアンソニー・ホプキンスとともに、後年『レッド・ドラゴン』にも出演。

今更レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見・未読の方はご留意ください。

映像化したことでより高まる臨場感

最初にレクター博士から与えられたヒントから、10年間誰も入っていない貸倉庫を訪ねあて、そこに生首を発見するクラリス。

一方、バッファロー・ビルの新たな犠牲者が川から発見され、いずれも死体の喉にはスズメガの蛹が詰まっている。この蛹は<変化>の象徴だ、とヒントをくれるレクター博士。メンガタスズメの名の通り、背中には人面のような模様がある。

腐乱死体の検視にあたり、捜査官たちが鼻の下に白い薬を塗るのは腐臭をごまかす為だろうが、見た目がマヌケなので場の空気とのギャップが大きい。

博士の知らない崇拝者が犯人だった『レッド・ドラゴン』とは違い、今回は過去の患者が犯人だけに、FBIの欲しい情報を小出しにして攪乱する。

レクター博士の最大の見せ場は、独房移送から脱獄に至るまでのシーン。ジェイソンマスクで顔を塞がれ、拘束衣で脚立に固定され運搬される博士。

だが、チルトン医師に気づかれず盗んだボールペンの芯で手錠を外し、食事の提供で油断した警官二人を瞬時に見事に餌食にしてしまう。白Tシャツに返り血が飛ぶ。

そして驚きの手口で警察の目を欺き、ついに脱獄に成功する。ここは原作以上に興奮。

一方、単身でバッファロー・ビル(テッド・レヴィン)を追うクラリスは、図らずも敵が人質を監禁する屋敷を訪れてしまう。

銃を向けたものの犯人に逃げられ、勝手の分からない屋敷の地下室での対決となる。この場面は室内の位置関係が把握しにくかった原作にくらべ、映像で見せられる映画は分かりやすく、盛り上がった。

ただ、『レッド・ドラゴン』で犯人(レイフ・ファインズ)の見せ場が多かったのに比べると、バッファロー・ビル役のテッド・レヴィンは、やや出番が少なく物足りない気もする。

羊たちの沈黙とは何か

<羊たちの沈黙>とは、クラリスの幼少期のトラウマに因んでいる。警察官だった父の殉職で、父子家庭だった彼女は牧場に引き取られるが、そこで子羊たちが騒ぐ声を聞く。羊たちは屠殺されようとしていた。

彼女は子羊を一匹抱いて逃げたが、結局誰も救えなかった。そのトラウマで、羊たちの鳴き声に脅え今でも目を覚ます。監禁された被害者を救えば、その悲鳴は消えるのか。

「子羊は鳴きやんだかね?」

事件解決後に、逃げおおせたレクター博士がクラリスに電話をかけてきて、尋ねる。原作ではレクターは手紙を書くのだが、ここは映画の方がキレがいい。

彼は「これから古い友人を夕食に」といって電話を切る。そこには海外旅行にやってきてタラップを降りるチルトンの姿が。「友人と」と言わないところが、さりげないではないか。