『ハンニバル』
Hannibal
レクター博士のその後をリドリー・スコット監督が描いた、トラウマ必至の異色作。
公開:2001 年 時間:131分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督: リドリー・スコット 脚本: デヴィッド・マメット スティーヴン・ザイリアン 原作: トマス・ハリス 『ハンニバル』 キャスト ハンニバル・レクター: アンソニー・ホプキンス クラリス・スターリング: ジュリアン・ムーア メイスン・ヴァージャー: ゲイリー・オールドマン ポール・クレンドラー: レイ・リオッタ バーニー: フランキー・R・フェイソン レナルド・パッツィ: ジャンカルロ・ジャンニーニ アレグラ: フランチェスカ・ネリ コーデル医師: ジェリコ・イヴァネク
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
全米を震撼させたバッファロー・ビル事件から10年。レクター博士(アンソニー・ホプキンス)のヒントで犯人を逮捕したクラリス(ジュリアン・ムーア)は、FBIのベテラン捜査官となっていた。
しかし、麻薬密売人の逮捕の際、激しい銃撃戦の末に彼女を射殺したクラリスは、マスコミの非難を浴びFBI内部でも厳しい追求を受ける。
一方、レクター博士はイタリアに渡り、フェル博士としてフィレンツェの名家の蔵書を司る職に就いていた。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
久々に観たら、結構いいじゃん
トマス・ハリス原作、ハンニバル・レクター博士の名を知らしめた『羊たちの沈黙』(1991)の続編。
映画の公開順では本作の次が『レッド・ドラゴン』(2002)となるが、内容的には前日譚、というより本来原作は同作から始まっている。
◇
本作は公開時に観た記憶はあるのだが、実はあまりよい印象が残っていなかった。
主人公のFBI女性捜査官クラリス役がジョディ・フォスターからジュリアン・ムーアに変更になったこと、アンソニー・ホプキンス演じるレクター博士のキャラがすっかり一人歩きしてしまい、悪ノリの感がでてきたこと。
そんな理由で、自分の中では低評価ボックスに封印してしまったようだ。
◇
だが、20年ぶりに蓋を開けて再観賞してみると、いうほどダメな作品ではないことに気づく。
大御所リドリー・スコット監督が、どんな経緯でこのような他人のヒット作の続編のメガホンを取ったのかは知らないが、要所を抑えた盛り上げ方と雰囲気づくりは、さすがベテランの仕事だ。
ジョナサン・デミ監督の『羊たちの沈黙』の完成度には及ばないが、続編の名に恥じない仕上がりにはなっている。
ジュリアン・ムーアもあり!
冒頭、クラリスは麻薬密売人逮捕の案件を仕切るが、縄張り争いで命令を無視する連中のせいで銃撃戦が勃発、赤ん坊を抱いた密売人を射殺したことで、世間の非難を浴びる。
ここまでは、FBIの犯罪捜査アクションドラマのノリだが、気が強く周囲の同僚たちを敵に回す優秀な捜査官クラリスは、見事にキャラが立っている。
ジュリアン・ムーアも、ジョディ・フォスターにまったく遜色のない存在感で、選手交代の不安は杞憂だったようだ。
一方、レクター博士を巡る動きはどうか。
車椅子の大富豪メイスン・ヴァージャー(ゲイリー・オールドマン)。彼はかつてレクター博士の患者として近しくなり、麻薬でラリッている最中に、博士の口車に乗って自分の顔を切り刻んで犬に食わせてしまう。
いまやふためと見られぬ顔となったメイスンは、失踪中のレクターを探し出し、猪のエサにすることが生き甲斐だった。
この新キャラのメイスンはレクターの宿敵のようで期待大だが、顔が獣人のように変わり果てていて、せっかくゲイリー・オールドマンが演じていても、見分けがつかない。これは大きな損失だ。
◇
そして、このメイスンが、FBIで苦境に立たされているクラリスに接触を図ることで、物語が動き出す。
フィレンツェの怪人
さて、肝心のレクター博士は、名前を偽ってイタリアはフィレンツェで名家の蔵書を管理する仕事に就いている。
前任者の失踪事件捜査で現れたフィレンツェ警察のパッツィ主任捜査官(ジャンカルロ・ジャンニーニ)は、ひょんなことから、彼が指名手配中のレクター博士だと気づく。
若妻アレグラ(フランチェスカ・ネリ)との優雅な生活のために高額な賞金に目がくらんだパッツィは、ひそかに情報をメイスンに売り渡し、レクター博士を拉致するために、誘拐人がフィレンツェにやってくる。
レクター博士の情報を売るために怪しげな連絡先に電話をしたパッツィが、メイスンにたどり着くまでのスパイ映画のようなステップ。
スリにレクター博士を狙わせてわざと失敗させ、ブレスレットに指紋を採取させる危険な企み。
「パッツィ家の先祖はかつてこの家の窓から吊るされて処刑されたのだよ」と、蘊蓄を語るレクター博士。
そして、パッツィの暴走に気づき、「賞金目当てで博士を逮捕しようとするのは危険よ」と忠告するクラリス。
サスペンスフルな展開は原作と同様だが、古風な屋敷の舞台設定や怪しげなスライドの挿入など、映画的な盛り上げにはリドリー・スコット監督の手腕が冴える。
同じ役は演じないというジョディ・フォスターの女優根性。彼女なしでも続編は成立したが、さすがにアンソニー・ホプキンスははずせない。その意味では、次作『レッド・ドラゴン』まで付き合ってくれた名優には感謝しないといけない。
なお、時系列的には同作は前日譚、さらにその次の『ハンニバル・ライジング』はレクターの若き日の物語。本作ではレクターに少し茶目っ気というか可愛げがでてきた気もするので、これ以上年齢を重ねた彼がその後登場していないのは良かった。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
レクターとクラリスの不思議な距離感
追い詰めたつもりが、まんまとレクター博士の返り討ちに遭い、ご先祖さまと同じように、腸を垂らしながら窓から吊るされて殺されるパッツィ主任捜査官。ここまでのグロい雰囲気は好きだ。
処刑直前にクラリスからパッツィにかけた電話を博士がとり、久しぶりの会話に「残念だが取り込み中でね」という紳士ぶりもいい。
ここからの後半戦は、FBIの中で窮地に立たされるクラリスと、彼女にそそられているのが愛欲か食欲か分からないレクターとの、不思議な関係が描かれる。
ショッピングモールのメリーゴーランドでクラリスを翻弄し髪に触れるレクター。だが、メイスンの手下に捕まり、博士は拘束されたまま猪のエサになりかける。それを単身追いかけるクラリス。
敵アジトでどうにか博士を助け出すが、隠れていた一人に撃たれてしまい、失神した彼女を抱きかかえて、今度は博士が反撃にでる。一体、誰が敵で味方で、誰に感情移入すればいいのかこの展開。
原作ではメイスンには彼の面倒をみている妹がいて、重要な役割を担っているのだが、映画では丸々カットで、コーデル医師(ジェリコ・イヴァネク)が彼の側近となっている。
ドラマ『ダメージ』から、私はこのジェリコ・イヴァネクのファンなのだが、こういう神経質そうな役には適任。今回も、結局彼の一存でメイスンの運命が決まる。
博士の異常な愛情
カネに目がくらんだ警察官パッツィも、レクターの毒牙にかかったメイスンも、同情の余地のあるキャラだが結局憂き目に遭う。
かたや、大して悪い事をしている訳ではないのだが、クラリスを窮地に陥れたという点で、もっとも憎たらしい存在なのが司法省の監察次官ポール・クレンドラー(レイ・リオッタ)。
こいつだけは、最後までのうのうと生きているのかと思いきや、実は最も悲惨な仕打ちを受ける。レクター博士が彼の頭蓋骨を切り開き、その前頭葉をソテーして本人に食わせるのだ。
ロボトミー手術を受けたせいか、人格破壊されたクレンドラーが、うまいうまいと自分の脳みそを食す姿はトラウマ級の不気味さ。
◇
クラリスに手錠をかけられたレクターは、近づいてくる警察車両から逃げるために、肉切り包丁で彼女の手を切断しようとする。
だが、次のカット、博士が逃げたあとに茫然と佇む彼女の両手は無事だ。一方で、飛行機の機内でDEAN & DELUCAの食事を楽しむ博士は手を怪我している様子。これが、クラリスに対する<博士の異常な愛情>なのか。
なお、原作のラストでは、クラリスは最後にレクターに手錠をかけるようなFBI魂はみせず、静かで不穏な終わり方だ。映画ではジュリアン・ムーアの意見を採り入れ、ハリウッド的な、元気のあるエンディングに変わっている。
殺伐とした映画なので、多少明るめな幕切れは好ましい。『ブレードランナー』のオフビートなエンディングが総スカンだったことに、リドリー・スコット監督の傷はまだ癒えていなかったようだ。
脳みそパテの機内食に隣席の子供が興味を示すシーンも、原作ではうるさい迷惑なガキとして書かれているが、映画ではいい雰囲気になっている。ああ、これでは、またレクター博士の好感度が上がってしまう。