『死んでもいい』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『死んでもいい』今更レビュー|死ぬと分かっていても火に向かって飛んでしまう蛾の哀しさよ

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『死んでもいい』

石井隆監督の劇場用監督作第二弾。永瀬正敏演じる若者に突然出会った人妻の揺れ動く心情を、大竹しのぶが熱演。

公開:1992 年  時間:117分  
製作国:日本

スタッフ 
監督・脚本:    石井隆
原作:       西村望 『火の蛾』
製作:       伊地智啓

キャスト
土屋名美:     大竹しのぶ
平野信(まこと): 永瀬正敏
土屋英樹:     室田日出男
村上:       奥村公延
リエ:       田中忍
ママ:       賀田裕子

勝手に評点:3.0
  (一見の価値はあり)

あらすじ

気まま旅を続ける信(永瀬正敏)は、ある日、名美(大竹しのぶ)と出会いひと目ぼれする。そのまま名美の働く不動産屋を訪れ、アパートを借りる。

信は名美にアパートに案内されたとき、初めて名美が社長(室田日出男)の妻であることを知るが、すでに信の気持ちは抑えがたくなっていた。

今更レビュー(ネタバレあり)

難産だった映画化の企画

石井隆監督がデビュー作『天使のはらわた 赤い眩暈』(1988)のあと、ビデオ映画(所謂Vシネ)の『月下の蘭』(1991)に続いて撮った劇場映画第二弾。

とはいえ相当の難産だったようだ。原作は西村望による『火の蛾』青年がふとした出会いから人妻に惚れてしまい、激しい愛憎の渦に巻き込まれていき、ついには夫殺しを決意するハードなラブ・ストーリー。

タイル職人の男と子持ちの人妻という設定は映画的に大きく手を加えているものの、事件そのものは原作に沿う。というより、実在した事件をベースにしている物語だという。関係者はすでに服役を終えていたとはいえ、制作側も神経を使う題材であろう。

映画の企画としても、紆余曲折があった。妻には高橋惠子、若者に古尾谷正人、夫には伊丹十三と、興味深いキャスティングを用意し、高橋伴明池田敏春など、複数の監督の名の下に企画は実現しかけるが、トラブルに見舞われては先延ばしになる。

そして、劇場用で二本目を切望していた石井隆監督に企画が飛び込むが、女優に立てた樋口可南子とは見解の相違があり、最終的には、大竹しのぶ永瀬正敏、室田日出男という、またとないメンバーが集結した。

撮影開始早々、製作のディレクターズカンパニーが倒産する憂き目にあうが、アルゴプロジェクトのバックアップで、ようやく撮影が完了し、公開に漕ぎつけた。

こだわりのワンショットとカット割り

このような状況下にも関わらず、完成度の高いワンショットや、石井隆の劇画家としてのセンスが窺えるカット割りなどで、芸術的にも優れた作品に仕上がっている。

タイトルに反して「死にたくない」と言いながら徹夜仕事の連続で仕上げ切ったという、キャスト・スタッフの信念の賜物といえるだろう。

あまり記憶にないが、公開当時は、大竹しのぶハードなラブシーンのみが過度に取り上げられたらしい。

石井監督の経歴や、当時の邦画の売り方を考えると想像に難くないが、今見ると、特段女優の濃厚濡れ場や露出度を売り物にするような過激な演出ではない。

むしろ、それを期待して観てしまうと落胆しそうなマイルドさで、美しく撮られているように感じた。

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冒頭から(永瀬正敏)名美(大竹しのぶ)の出会いまでのアバンタイトルの展開がいい。

まずは大月行きの列車のシートで横たわり寝ている信。物語とは無関係に、小学生の少年が母親と会話をしている。

後から考えると、この少年は信と同じ名前で、同じ服装をし、喘息もち。彼の幼年期をオーバーラップさせたシーンになっている。人生という列車を乗って大月にやってきたという暗喩なのである。

そしてふらっと降り立った大月の駅。勝手気ままに改札から外を目指すと、突如大雨に襲われ、踵を返す信。そこで肩にかけたカバンが通りがかりの名美にぶつかり、彼女がよろける。これが出会いだ。

初見では気づきようがないが、信が列車から降りる場面で、隣りのホームを歩く彼女の姿が小さく映っている。芸が細かい。これにより、二人の人生が交錯する様子を表現したかったと、石井隆監督が語っている。

キャスティングについて

そこからは、もう若者ががむしゃらに人妻にアプローチしていく展開。名美が夫とやっている不動産屋に入り込み、働かせてくれとせがむ。うまく懐に入り込むと、社長(室田日出男)の目を盗んで、売り物の屋敷で名美に迫り、力づくでモノにする。

当然犯罪行為だが、騒ぎ立てるかわりに、罪の意識と複雑な感情が芽生えていく名美を、若き日の大竹しのぶが体当たりで演じている。まさに、彼女のための映画といってよい。篠山紀信でヘアヌード写真集を出す1年前の話だ。

一方の永瀬正敏は、若者らしい暴走ぶりが全開の時期であり、その勢いを継続するように、2年後には私立探偵濱マイクを演じるようになる。

意外だったのは、名美の夫を演じた室田日出男だ。彼の演じる役といえば、どちらかというと一癖ある憎まれ役が多い印象。

本作でもけして真面目一筋のキャラではないが、若くて美しい妻を持つ不動産屋として、採用を頼んできた信にも理解を示すし、どこにでもいる普通の(それなりにまともな)愛妻家なのだ。

そんな彼が、妻の浮気にも気づかず、社員旅行で信とひそかに混浴風呂を楽しんでいるところを目撃し、激昂する。飼い犬に手を噛まれるとはこのことだ。即刻、信を解雇する。

そして、木工所の仕事に戻った信をはるばる名美が訪ね、二人で川面の貯木の上を歩くシーンが美しい。

本作には階段の上からや道路を歩く足元からなど、独創的なアングルのショットが多くみられるが、この貯木場の場面や、その後の船宿の窓辺で向きあうカットは素晴らしい。

音楽では、劇中で使用されるちあきなおみ「黄昏のビギン」が沁みる。

燃えて死ぬ蛾

原作の題名にある『火の蛾』とは、死ぬと分かっていても、本能的に火に飛び込んでいってしまう蛾の習性を男と女の性に喩えたものだ。映画にも、スタンドのランプシェードの中で燃え尽きた蛾が登場する。

ひょんなことから、表参道にある生地のショップの店番を頼まれた名美のもとに、客として密会にきた信。そこに偶然夫も現れる。

店内に垂れ下がる生地に風を送る装置があり、それを夫が起動させると、隠れていた信がみつかってしまう。この演出は凝っている。そういえば、本作を観て、表参道にビブレがあったのを、久々に思い出した。

こうして、妻と若者の不倫現場を二度も発見することになった夫は、「今度会ったら殺す」と妻を責める。

そして、妻は心を入れ替え、夫も「あれはもらい事故みたいなものだったと思おう」と、夫婦は再び仲睦まじくなり、都内の高級ホテルに赴く。

だが、かつて船宿で名美が語ったように、夫を殺すつもりでいる信が、約束通りホテルのドアをノックする。ここからのサスペンス展開は、『サイコ』のようなシャワーカーテンの惨劇も相まって、先の読めないものになる。

はたして、二匹の蛾の運命はどうなるのか。終盤の大竹しのぶの演技は圧巻だ。彼女が「女優人生で忘れられない作品のひとつだ」と語るだけのことはある。

本作は、理屈では説明できない女の心の揺らぎを描いた、昨今のコンプラ重視の時代ではとても企画が成立しない、貴重な作品と思う。