『悲しい色やねん』
森田芳光監督にしては珍しい、大阪舞台のヤクザ映画だが、はたして出来栄えはいかに。
公開:1988年 時間:102分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 森田芳光 原作: 小林信彦 『悲しい色やねん』 キャスト 夕張トオル: 仲村トオル 桐山恵: 高嶋政宏 堂上マコ: 藤谷美和子 御殿山ミキ: 石田ゆり子 御殿山大介: 北村和夫 夕張寿美雄: 高島忠夫 夕張多喜子: 松居一代 藤倉芽衣子: 橘ゆかり 保名おどり: 森尾由美 内山等: 秋野太作 盛山昇: イッセー尾形 三池太: 小林薫 関部守: 江波杏子 白金支店長: 阿藤快
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
夕張組の跡取り息子トオル(仲村トオル)は銀行員として働いていたが、父が三池組系の元ヤクザとの喧嘩で大ケガしたことからヤクザの世界に身を投じることに。
トオルの親友・恵(高嶋政宏)は敵対組織の三池組に属していたが、二人で組んでビッグビジネスに挑戦しようとすすめるが…。
レビュー(ここからネタバレ)
なんで悲しい色やねん?
森田芳光監督とヤクザ映画というのは不思議な取り合わせに思えるが、35年目にして初めて観た。主演は仲村トオル、敵対組織にいる親友に高嶋政宏。
何でも、当時はまだ『ビー・バップ・ハイスクール』のイメージしかなかった仲村トオルを、俳優として不良高校生イメージから脱皮させるための企画だったようで、彼のアイドル映画のような作りになっている。
そのくせ、同時期に『ビーバップ』の完結編まで公開されることになったとかで、本作で脱皮ができたのかどうかは定かではない。
◇
一応、小林信彦による同名の短編が原作ということになっているが、あちらは、大阪の噺家の男が、主人公の作家(自身がモデルか)に思い出語りする構成で、自分とかつてライバルだった元銀行員のヤクザの二代目(本作でいう仲村トオル)について振り返る。
原作には短編らしい切れ味の良さがあるが、ベタな友情ものの本作とはだいぶテイストが違う。
そもそも、本作になかなか味のある役で自ら出演している上田正樹の大ヒット曲『悲しい色やね』が、なぜ『悲しい色やねん』になったのか知りたくて原作を読んだのだが、その題名は森田芳光監督の指定だそうで、そこから小説に膨らませたものだった。
ならば森田監督はなぜ? それは、単に「ん」があるものと勘違いしていただけ、というのが真相らしい。冴えない話だ。
映画の中では劇中とエンドロールに二回もこの曲をきっちりと流し、まるでカラオケのバックで流れる陳腐なビデオのようにしてしまったほどに、この曲に惚れこんだ森田監督なのに、曲名を誤るとは。
上田正樹の曲は、「悲しい色やね」という恋人に同意を求める歌詞の切なさが魅力であって、そこが「色やねん」では、単に自己主張の押しつけになってしまうではないか。
時代を感じるご都合主義な出会い
さて作品の内容に入ろう。映画の冒頭、救急車を追いかける二台のクルマにそれぞれ男女が乗っており、偶然の出会いに親密な仲になっていく。
男は夕張トオル(仲村トオル)、銀行員で事故・急病とくれば資金需要があるはずと追いかけているらしい。米国の弁護士なら分かるが、いくらバブルでも、こういう先にわざわざ融資はしない。
女は御殿山ミキ(石田ゆり子)、趣味で救急車を追いかける変わり者のお嬢様。父親は大阪財界の大物、御殿山大介(北村和夫)。
トオルの父親はヤクザ組織の組長・夕張寿美雄(高島忠夫)。私の世代ではバラエティやらクイズ番組の司会イメージが強い高島忠夫だが、組長役はハマっている。
◇
それにしても、仲村トオルは本名の漢字を変えただけの芸名なのだが、『ビーバップ』では原作の中間徹、『あぶ刑事』では町田透、それに本作と、相当高い割合で出演作の役名がトオルなのは笑える。そういえば、かつて菊池桃子も、多くの役名がモモコだった気がするな。
トオルは幼少期から喧嘩にも銃の扱いにも慣れ親しんだ男だが、今は真っ当な銀行員。だが、どこまでクリーンでいられるか。
◇
夕張組が参加に収めたゲーム機器会社(クリス社)の社長を買って出たトオルは、組員たちには足を洗わせ、ここから大阪(映画では黒坂)に日本のラスベガスのようなカジノを作るのだと夢を描く。
そんな夕張組の対抗勢力が三池太(小林薫)の率いる三池組。トオルの高校時代からの親友・桐山(高嶋政宏)は三池の配下におり、二人には信頼関係があるものの、接触は組から禁じられている。
夕張組という名称はメロン味のグミのようだが、ライバルが三池とくれば炭坑名だったのか。『そろばんずく』の広告代理店「ト社」と「ラ社」より分かりやすい。
キャスティングについて
ヤクザ組織を率いる仲村トオルはまだ青二才すぎて、「トオル、何カッコつけてんだよ」と『あぶ刑事』の鷹山・大下コンビに突っ込まれそうな座りの悪さが否めない。
その点、大柄の体躯と迫力の顔立ちの高嶋政宏の演技には説得力がある。高嶋政宏のキャラ的には、『間宮兄弟』の空気の読めない大声の同僚役の方がピッタリだけど。
◇
森田芳光監督のキャスティングと不思議なキャラ設定の面白味は、本作にも感じる。高嶋父子の間に仲村トオルが入り込み、トオルの父が高嶋忠夫、親友が高嶋政宏というねじれた関係。
三池組はボスの小林薫に、ナンバー2の関部(江波杏子)がふかふかのソファに沈み込んで座り、ろくに動かない設定。江波杏子はなぜか男役で、終盤に女装して敵陣につっこむという、解説書が必要な不可思議展開。小林薫も『そろばんずく』に匹敵する異様な役だ。
そして、その小林薫とは『それから』で夫婦役だった藤谷美和子が、小林薫と同様に大きくキャラを変える。彼女は大病院の理事長のオテンバ娘役で、トオルたち二人を手玉に取る悪女なのだ。男を魅惑するファムファタールではなく、悪党の意味での悪女を。
脚本自体は悪くないのかもしれないが、カチッとしたストーリーがグイグイ進むような本作では映像で遊ぶ余裕もあまりなく(殴られて歯が折れる顔のアップとか)、森田作品らしさがなかなか本作には感じ取れない。
なぜか白塗りの顔でヤクザを演じるイッセー尾形とか、悪役にしかみえない北村和夫とか、脇を演技派が固めている感はあるが、まだ若い仲村トオルと、映画初出演の石田ゆり子が主役カップルでは、さすがにドラマの緊張感は持続できない。
バブルの時代の大阪ベイブルース
何度も見せる夜の道頓堀川からの幻想的なネオンや、海に浮かぶ道路建設の風景など、大阪を舞台にしたのは新鮮で良かったが、余所者の私の耳にも、ナチュラルな大阪弁を喋っていた俳優はあまりいなかったように思えた。
本作のベタな大阪の見せ方と違い、翌年に公開された『ブラック・レイン』(リドリー・スコット監督)の大阪は実にクールだったといった趣旨のコメントを、当時おすぎかピーコのどちらかが語っていたのを覚えている。
思えば、松田優作の事務所の後輩の仲村トオルが、優作と森田作品の『それから』で共演した藤谷美和子や小林薫と、『ブラック・レイン』の大阪を舞台に森田作品に出るというのも、いろんな縁を感じる。
バブルの時代の匂いは強烈に感じる。見栄えだけで味など最低だという、桐山(高嶋政宏)の組でケツ持ちしている♂・OTOCCOという派手なディスコ。
何度も登場するカジノにしても、女ディーラー、というか賭場の壺振りのような女(森尾由美)の立ち振る舞いはいかにもバブリーだ。
彼女は妖艶だが、ルーレットが回り出すと、「はい、そ・れ・ま・で~!」と客にチップ賭けをやめさせるのを、何十回もやられると耳障りで困る。
ガンファイトが残念
本作でもっともイケてないのは、銃や火薬の扱いがヤクザ映画にしてはあまりに嘘くさいという点だ。
撃たれて火花が散ったり、血がキラキラ光ったり、派手にするのは結構だが、さすがにこの手の映画で、そこが嘘くさくてはいけない。そのせいで、本作はヤクザ映画としては、強く推しづらいものとなった。
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最後は、親友の桐山(高嶋政宏)と悪女・堂上マコ(藤谷美和子)との撃ち合いを終え、ひとり佇んで涙に暮れるトオル。この涙に共感できる人には、本作は合うかもしれない。
仲村トオルと高嶋政宏のファンにのみ、たまらない作品となっている。公開当時、きっと原作者の小林信彦は、唖然としていたのだろう。仲村トオルのハードボイルドが観たければ、『行きずりの街』(阪本順治監督)をお薦めする。
エンドロールには二度目の上田正樹の主題歌。この曲のおかげでいい映画を観たような気に錯覚させるのは、反則に近い。