『ブラック・レイン』
Black Rain
リドリー・スコット監督が大阪を『ブレード・ランナー』の世界にしてしまった。高倉健、マイケル・ダグラスを食う松田優作の迫力。
公開:1989 年 時間:125分
製作国:アメリカ
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
あらすじ
ニューヨーク市警の刑事ニック(マイケル・ダグラス)と相棒チャーリー(アンディ・ガルシア)は、レストランで日本のヤクザ・佐藤(松田優作)が別の日本人を殺す場面に遭遇。
佐藤を逮捕した二人は、大阪府警に佐藤を引き渡す任務で訪日するが、引き渡し直前に佐藤を彼の部下に奪われてしまう。
ニックたちは大阪の街で、お目付け役の松本警部補(高倉健)と行動をともにすることに。やがて佐藤がニューヨークで手に入れた偽ドル札の原版を使い、大物ヤクザ菅井(若山富三郎)を脅そうとしていると分かる。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
優作が眩しすぎる
巨匠リドリー・スコット監督が大阪を舞台にした刑事ドラマのヒット作。マイケル・ダグラスと高倉健という日米の大物俳優を起用。
だが、それよりも特に日本では、松田優作がハリウッド進出を果たしながらも遺作となった作品として、多くのファンの胸に刻まれた作品である。
実際、何度観ても、私の心に残るのは優作だ。しいて次点を挙げればアンディ・ガルシアか。松田優作のあの狂犬のような不気味さと迫力。本作ではあくまでヒールに徹する。
◇
リドリー・スコット監督が彼を抜擢したのは大正解だった。ジャッキー・チェンが私には似合わないとオファーを断ってくれて感謝。本作のダークヒーロー、サトーの圧倒的な存在感で、松田優作はハリウッドにも深く爪痕を残した。
惜しくも遺作になってしまったが、彼に最後に輝く場所を与えてくれたのが本作だったのは、せめてもの救いだ。
NYから大阪到着まで緊張が途切れない
映画はニューヨークから始まる。バイクの賭けレースで激走するニック・コンクリン(マイケル・ダグラス)はNYPDの刑事だ。
荒くれた生活には理由がある。別れた妻には子供たちの養育費を督促され、警察では麻薬密売の売上を横領した嫌疑をかけられ、査問を受けているニック。
彼の理解者は、気の良い同僚の伊達男チャーリー・ビンセント(アンディ・ガルシア)だけだ。いつも怒っているニックに、陽気で人懐こいチャーリー。バランスの良いコンビだ。
ニックのバイクライディングや汚職警官疑惑、そしてチャーリーがコートを揺らす闘牛士のポーズは、中盤以降に繋がる伏線になっている。
序盤は普通の刑事ドラマのような展開だが、二人が昼食をとるイタリアンレストランで事件が発生し、ここからしばらくは息をつく暇もないスリルが続く。
何の前触れもなく登場した佐藤(松田優作)と手下が、商談中の日本人ヤクザの幹部と子分を刺殺するのだ。精肉工場に逃げ込む佐藤を追うニックたち。吊るされた冷凍肉が揺れる。カメラワークがいい。
◇
命からがら、佐藤を逮捕した二人は、身柄を大阪まで護送する任務を命じられる。終始無言でニヤリとする佐藤が不気味だ。
そして、英語が通じず勝手が分からない大阪で、ニックとチャーリーは、佐藤の逃亡を許してしまう。手ぶらではNYに帰れない。彼らの監視役として、大阪府警の松本正博警部補(高倉健)が任命される。
ようやく高倉健が登場だ。だが、佐藤がNYで事件を起こしてから、松本が大阪府警の自席で夜食の麺をすするまで、緊張感が途切れることはない。見事な物語運びだ。
酸性雨の未来都市と黒い雨の大阪
本作は佐藤という狂犬を大阪の地に放ってしまったニックとチャーリーが、松本警部補という堅物と次第に理解を深めながら、再び追い詰めていく物語といえる。
高倉健は本来、任侠の人であるが、松田優作演じる佐藤は、ヤクザの仁義も掟もまったく意に介さず、自分の欲望だけで暴れ回る男である。
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彼が反旗を翻した関西ヤクザの首領・菅井(若山富三郎)は終盤、ニックにいう。
「こういうヤツを生み出したのは、戦時中に米兵がB29で黒い雨を降らせたからだ。お前らが価値観を押し付けたせいだ」
これがタイトルの由来だ。だとすれば、井伏鱒二の『黒い雨』とは、当たらずも遠からずの意味かもしれない。
私が本作に惹かれてしまうのは、おそらくリドリー・スコット監督による愛すべきカルトSF『ブレードランナー』(1982)の影響を濃厚に受けているからだ。
日本語のネオンに囲まれた酸性雨が降り注ぐディストピア、同作ではSFだった世界が、本作では大阪に具現化する。
スモッグが立ち込める工場地帯、夜道を爆走するデコトラ、ヴァンゲリスを継承したかのようなハンス・ジマーの劇伴音楽、大阪にあるはずなのに日本語として不可解な広告看板の類、随所に『ブレードランナー』を感じさせる。
アジトで発見するのが、犯人の一味の女が身に着けていたスパンコールだなんて、女レプリカントのダリル・ハンナとまったく一緒じゃないか。おまけに、張り込み中に刑事が食べているのがうどんというのも同じ。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
痺れるシーンはここ!
本作のハイライトシーンは、そのままネタバレになってしまうのだが、まず初見の際に興奮したのが、大阪に着いた飛行機の機内で、ニックたちがニセ刑事に佐藤を引き渡して逃げられてしまうシーン。
ガッツ石松はともかく、内田裕也は警官に見えました、私には。でも、身柄受渡書類に、なんで東京海上保険のロゴがプリントされているのだろうと思っていたら、こういうことだったのだ。
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そして、一番美しく度肝を抜くのは、夜のモータープールに誘き出されたチャーリーが、バイク集団に囲まれ最後には佐藤の刀で斬殺されてしまうシーン(バイクは、スズキのKATANAだった?)。
この場面は、気のいいチャーリーが闘牛士の格好でふざけた挙句にバイクを追いかけて殺されてしまう哀れさに加え、目の前にいながらシャッターに邪魔され助けにいけないニックの無力さの演出が素晴らしい。事件のあとの静けさがまた効果的だ。
険悪なムードだった松本とニックの仲を取り持っていたチャーリーが殺され、物語は仇討ちの様相を帯びてくる。
日本人としては、ここでようやく高倉健が反撃にでる展開をどうしても期待してしまうのだが、彼はあくまで組織のひとであり、ルールを無視して佐藤にぶつかっていくのは、やはりニックの役目ということになる。
ここは、松本警部補にもっと頑張ってもらいたかったところ。結局、高倉健と松田優作という豪華な共演でありながら、同じフレームに入るのは、最後の連行シーンくらいしかなく、ろくに言葉も交わさないのだ。『ヒート』のデ・ニーロとパチーノの方が、まだましだったかも。
大阪ロケが完遂できなかった無念
本作で惜しまれるのは、当時は日本の路上での撮影許可がなかなか下りず、当初の案の歌舞伎町をあきらめ大阪に舞台を移したまでは良かったが、それでも時間切れとなり、一部は米国で撮らざるを得なくなったこと。
だから、大阪の街並みを上手に活かしたシーンなどは、独特の猥雑感もあってとてもスタイリッシュで『ブレラン』の世界と融合できているのに、クライマックスの農場での対決シーンはカリフォルニアロケのため、まるで空気の質感が違う。
◇
本作が傑作たりえたのは、チャーリーが佐藤に殺され、佐藤の情婦(小野みゆき)を追って、ついに製鉄所の内部で佐藤を追い詰めるあたりまでだ。そこから先、農場のシーンになると、雰囲気は北野武の『アウトレイジ』を無国籍にした感じになって、ちょっと首をかしげたくなる。
それにフィクションとはいえ、松本がチャーリーの遺品の銃をニックが持つことを黙認したり、そのニックが菅井からライフルを借りて、佐藤の手下を次々と射殺したり、佐藤が菅井を刺すために自分の指を詰めて相手を油断させたりと、後半は何でもありの大味な展開になってしまう。
本作の終盤では、死闘の末に佐藤を殺さずに逮捕したニックが、松本とともに府警に連行する。
これまで、無能で、ろくに自分の失態も謝罪しないNYのダメ刑事と見下していた大橋刑事部長(神山繁)が、初めてニックと松本に労いの言葉をかける。
でも、あれだけ違法行為を積み上げたニックが、最後に府警から表彰されちゃうのは、どうにも腑に落ちない。ニックもここまでやるなら、最後は仇討ちしちゃってもよかったのではないか。
優作の遺作の最後は、お縄頂戴でトボトボ連行されているよりも、派手に息絶えた方が似合っていただろうに。
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公開当時の松田優作の早逝から、今では高倉健、若山富三郎、内田裕也、安岡力也、神山 繁、島木譲二と、多くの出演者が鬼籍に入ってしまった本作。終盤やや不満はあるものの、中盤までの圧巻の素晴らしさはそれを補って余りある。