『別れる決心』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『別れる決心』考察とネタバレ|パク・チャヌクの新作は殺人犯でも大丈夫

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『別れる決心』
Decision to Leave 헤어질 결심

容疑者の女と、追い詰める刑事との惹かれ合い。パク・チャヌク監督が6年ぶりの新作で魅せる新境地。

公開:2023 年  時間:138分  
製作国:韓国

スタッフ 
監督・脚本:    パク・チャヌク
脚本:       チョン・ソギョン
撮影:       キム・ジヨン

キャスト
チャン・ヘジュン:  パク・ヘイル
ソン・ソレ:     タン・ウェイ
アン・ジョンアン:  イ・ジョンヒョン
スワン:       コ・ギョンピョ

勝手に評点:4.5
  (オススメ!)

(C)2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED

ポイント

  • パク・チャヌクといえばエロとバイオレンスの監督だと思っていたから、こんなにロマンティックなサスペンスを仕掛けてきたのには驚いた。
  • しかも映像の隅々まで洗練されており、主演の二人が引き立っている。こういう小粋な作品は、なかなか邦画ではお目にかかれない。

あらすじ

男性が山頂から転落死する事件が発生。事故ではなく殺人の可能性が高いと考える刑事ヘジュン(パク・ヘイル)は、被害者の妻であるミステリアスな女性ソレ(タン・ウェイ)を疑うが、彼女にはアリバイがあった。

取り調べを進めるうちに、いつしかヘジュンはソレにひかれ、ソレもまたヘジュンに特別な感情を抱くように。やがて捜査の糸口が見つかり、事件は解決したかに見えたが…。

レビュー(まずはネタバレなし)

パク・チャヌク監督の新境地

前作『お嬢さん』(2016)はイマイチ好きになれなかったが、パク・チャヌク監督の久々の新作はいい。<復讐三部作>の頃に圧倒された狂気と洗練、更に本作ではロマンティックな要素も加わり、監督の才能に改めて興奮させられた。

老いた男性が山頂から転落死した事件を追う優秀で実直な刑事主任ヘジュン(パク・ヘイル)

被害者の若く美しい妻ソレ(タン・ウェイ)と捜査中に出会い、取り調べが進む中で、お互いの視線は交差し、言葉にならない感情が湧き上がってくる。そして、ヘジュンはソレの犯行ではないかと疑い始める。

劇場予告で誘導されるイメージは、美しきファムファタールが、仕事一本やりの刑事を篭絡し骨抜きにしてしまう物語だが、殺人事件の真相は、そして悪女は逮捕されるのか。

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Romanticが止まらない

だが、本作はそんなありきたりな刑事ものとは一線を画すものだった。ジャンルの枠からはみだした恋愛サスペンスといっていい。

取調室内で事情聴取のあと二人で向き合って折詰の寿司を無言で食べる。日本ではあり得ない光景だが、どこかエロい雰囲気が漂い始める。

会話する二人の実像と鏡に映る虚像のピント送り、或いは監視カメラで正面撮りする二人の顔をモニターに並べる手法など、映像的な面白さが全編に盛り込まれる。

そして張り込み。ソレの部屋の外で一晩中張り込むヘジュン。彼女の部屋で一緒に過ごしている想像が画面上にも現れ、心の中の混乱が見て取れる。美しい演出だ。

ガジェットの活用もうまい。ヘジュンは張り込み中、ソレの動向を逐一スマートウォッチに録音。

「夕食はまたアイスクリーム、テレビは点けたまま就寝。煙草の灰が落ちそうだ」

腕のレシーバーに日誌を吹き込む『バズ・ライトイヤー』を思わせる姿だが、こちらはロマンスの小道具となる。

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スマホのSMSのやりとりに目新しさはないが、モバイルの内側からガラス(トークの吹き出し)を通して主人公を撮るカメラワークは斬新。

そして感服したのは、スマホの翻訳機能の活用だ。ソレは韓国語も一応できるが、中国人であり、彼女の独り言の中国語をヘジュンが盗み録りし翻訳機能を使い意味を解する。

ひと手間かかるもどかしさが知りたい気持ちを煽り、男声による翻訳の違和感が、二人の間の見えない壁を実感させる。

ロケーションの選び方もいい。ソレの夫が転落死した断崖絶壁の山頂は、見るだけでも足元がすくむような場所だ。いかにも犯罪が起きそうな場所。クソ山って字幕にあったので、蔑称だと思っていたが地名なのか。

また、本作で数少ない犯人との追跡・格闘シーンがある、市街のくねくねした坂道や街が一望できる空き地、屋根伝いに逃げる密集した住宅なども、韓国映画っぽい。

刃物を振り回す犯人に、金属製の軍手みたいなもので防御して立ち向かうのって、ホントなら韓国警察の勇敢さは凄い。

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キャスティングについて

眠れないから張り込みをするワーカホリック。礼儀正しく清廉な刑事ヘジュンを演じるのはパク・ヘイル

一見谷原章介のように見えたが、ポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』(2003)や『グエムル-漢江の怪物-』(2006)に出ていた、あのパク・ヘイルではないか。雰囲気変わった? 刑事役は意外な感じだが似合っている。

そして、朝鮮半島の独立運動家だった祖父に誇りを持っている中国人のソン・ソレ、演じるのはタン・ウェイ

デビュー作『ラスト、コーション』(2007、アン・リー監督)の過激な性描写で騒がれたのが記憶に新しいが、近作の『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』(2018、ビー・ガン監督)が個人的には良かった。本作でも気丈な眼差しと壊れそうな美しさは健在。

ヘジュンとソレの間には、刑事と容疑者との関係から、やがて真相にたどり着くまで、内面で秘かに惹かれ合っているものの、男女の関係が一線を越えることはない。

『ラスト、コーション』に比べれば中学生レベルの恋愛かもしれないが、ハンドクリームやリップを塗ってあげたり相手が寝付くまで目を閉じて呼吸をシンクロさせたりと、他愛もない児戯の一つ一つがエロティックにみえる。

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。

海霧の深い町で

山頂からの転落死事件は自殺という結論になり、ソレは無罪となった。だが、ヘジュンは彼女のアリバイ工作に気づいていた。

彼女の介護先の老女とすり替えたスマホに、犯行当日だけ、130段(だったか)の階段を昇ったような運動が記録されている。現場の山を登ったヘジュンのスマホに、同じ高度が記録される。

だが、ヘジュンには彼女を相手にそれ以上の追及ができなかった。

「スマホを海の深い所に捨てて。誰にも見つからないように」

犯人を見逃した罪を抱えて、エリート刑事だったヘジュンは、妻アン・ジョンアン(イ・ジョンヒョン)の勤める原発のある海沿いの町の警察署に転勤する。

夫の異動までは週末婚の生活だった夫婦。健康長寿のために定期的な性行為を求め、夫が禁煙を破ろうとすると鬼のように怖くなる妻。ソレと違いベッドシーンまであるのに、この夫婦には全く色恋を感じない。

生活習慣としてセックスを求める妻に『ぐるりのこと。』(2008、橋口亮輔監督)の木村多江を思い出す。妻役には『新感染半島 ファイナル・ステージ』(2021)でゾンビと戦う強い母を演じたイ・ジョンヒョン

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それは愛の告白だった

海霧がひどく、すぐにカビがはえるというこの田舎町に暮らすヘジュンの前に、なぜかソレが現れる。再婚相手と引っ越してきたという。

そして、町で初めての殺人事件。その再婚相手が自宅豪邸のプールで死亡。遺体には、ソレの前夫の遺品である腕時計やリング。これは、ソレがヘジュンに叩きつけた新たな挑戦状なのか。

ネタバレになるが、この彼女の行動こそが、本作のユニークな点なのだ。

未解決事件に過度な執着心を燃やすヘジュンの性格を、彼女は彼の部屋に貼られた凄惨な現場写真から知っていた。だから、解決できない新たな謎を与えれば、ヘジュンはまた自分を追いかけてくれる。

そう、彼女は恋人に会いたいために犯罪を起こす、現代の『八百屋お七』なのだ。

「スマホを海の深い所に捨てて。誰にも見つからないように」

ヘジュンは気づいていなかったが、かつて彼が語ったその言葉は、ソレにとっては彼からの愛の告白だった。彼女はその言葉を音声ファイルに録って、別れたあとも繰り返し聴く。

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刑事魂に火をつけろ

再び刑事の本能に火が付いたヘジュンは、革靴をスニーカーに履き替えて、捜査現場に戻る。

やがて、前回とは異なり、今回の夫の死は彼女の仕業ではないこと、だがそのきっかけを作るために、別の罪を犯していたことを突き止める。そして、ついに彼女に犯罪動機にたどりつく。

「あの熱心な刑事の心臓が欲しいわ」

かつて、ヘジュンがソレを張り込みしていた頃、翻訳機を通じた彼女の言葉は、犯罪を繰り返す悪女のそれに聴こえた。

「それは翻訳ミスだわ。あの時、私は、あの人の心が欲しいと言ったの」

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立場は違えど、品位を保ち、まっすぐに生きてきた二人は、互いの中に自分に似たものを感じ取ったのだろう。惹かれ合う二人。だが、ヘジュンがそれを認めた時、彼女は姿を消してしまう。

悪女と骨抜き刑事の物語などではなかった。愛に純粋なまっすぐな女と、刑事魂を捨てない男の物語。

霧のたちこめる夕刻の砂浜。穴を掘って身を投じ、満潮を待つソレ。

切なくも美しいラストに、霧の中で再会するかつての恋人をうたう、韓国の古い流行歌『霧』が流れ始める。ああ、パク・チャヌク監督の新境地。沁みる。