『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』 考察とネタバレ:誰か俺に3Dメガネを貸してくれ!

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『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』 
 地球最後的夜晚~Long Day’s Journey into Night

中国映画の新世代、ビー・ガン監督最新作は60分3D長回しで仕掛けるファンタジー。体験する映画だ。芸術性は高いが、単なるアート系の監督ではない計算された物語。中島みゆき「アザミ嬢のララバイ」が沁みる。

公開:2020 年  時間:140分  
製作国:中国

スタッフ 
監督: ビー・ガン

キャスト
ルオ・ホンウ:   ホアン・ジュエ
ワン・チーウェン: タン・ウェイ
白猫:       リー・ホンチー
白猫の母:     シルビア・チャン
ヅオ:       チェン・ヨンジョン

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

(C)2018 Dangmai Films Co., LTD – Zhejiang Huace Film & TV Co., LTD / ReallyLikeFilms LCC.

あらすじ

父の死をきっかけに、何年も距離を置いていた故郷の凱里へ戻ったルオ・ホンウ(ホアン・ジュエ)は、そこで幼なじみである白猫(リー・ホンチー)の死を思い起こす。

そして同時に、ルオの心をずっと捉えて離れることのなった、ある女性のイメージが付きまとう。

香港の有名女優と同じワン・チーウェン(タン・ウェイ)と名乗った彼女の面影を追い、ルオは現実と記憶と夢が交わるミステリアスな旅に出る。

レビュー(まずはネタバレなし)

こちとら2D版じゃ!

中国映画界の新世代を担うビー・ガン監督の第二作。自分の過去をめぐって迷宮のような世界をさまよう男の物語。映画の途中から3Dのワンシークエンスショットが入るため、観客はそこから3Dメガネをかけるという演出があり、話題になったようだ。

さて、観ると決めた映画については、極力情報を遮断する主義の私は、この大事な情報を知らずに2D版を観ている。これについては良い点と悪い点がある。

コロナ禍で日本において3D版を劇場で観賞する機会は相当限定的だったようだ。そんなことを知らない私は、恨めしい思いで2D版を観ることもなく、安らかな心持で観賞することができた。これは良かった点。

一方で、この映画はやはり、何をおいても3D版で観るべき映画だったと思うので、そこは後悔すべき点である。そもそも、2D版だけで本作のレビューに挑む私は負け組なのかもしれないが、めげずに書きたい。

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『凱里ブルース』との類似性

まずもって気づくのは、前作『凱里ブルース』との類似性だろう。舞台はやはり監督の出身地である凱里だし、途中から長尺のワンシークエンスショットが始まったらそこは不思議な世界というプロットも共通。

また、前作でもお馴染みの<回るもの>シリーズは、冒頭のミラーボールから時計、ビリヤードの球あたりまでは共通だが、さらに卓球ラケット(回します)、ザボン、しまいには家まで回す出血大サービス。

キャスティングは、ほぼ身内で固めた前作と異なり、主人公のルオ・ホンウ役にはホアン・ジュエ、彼が追いかけるヒロインのワン・チーウェン役には、『ラスト、コーション』の鮮烈デビューが未だに記憶に残るタン・ウェイといった俳優陣を配す。

もっとも、『凱里ブルース』同様に身内も引き続き起用しているし、同作主演のチェン・ヨンジョンも、今回はインパクトのある役で参画している。

アート系監督でくくるなかれ

ストーリーについては、あらすじの欄で述べた通りだが、こちらもビー・ガン監督の作風なのか、容易にこのあらすじが頭に入ってくる展開ではない。頑張らなければ理解できないし、頑張っても理解できないことも多い。

ただ、とても芸術性の高い作品だが、けしてアート志向でストーリーを度外視したものではないということは言っておきたい。

とてもよく寝られた、いや、練られた脚本なのだが、そこに理解が到達する前にアート系監督のレッテルを貼って敬遠してしまう人がいるかもしれない。

さて、私の理解が到達したかは定かでないが、内容について触れてみたい。

レビュー(ここからネタバレ)

出だしからつまずく

父の死で久しぶりに凱里に戻った主人公ルオ・ホンウ。12年前に彼の落ち度で幼馴染の白猫はマフィアのヅオに殺されたのだった。父の遺した、母の名のついたレストランの壊れた掛け時計の中から、女の写真とタイ・チャオメイという人物の連絡先がみつかる。

12年前、ルオはヅオの愛人でワン・チーウェンと名乗る女と出会う。女の化粧はどこか母に似ている。いつしか、二人は深い仲になっていく。

刑務所に服役中のタイ・チャオメイという女に面会する。

写真は女が送ったもので、ルオが大事に保有している緑の本は、その写真の人物が強盗で入手し、最愛の人にあげると言っていたものだった。その本の呪文を唱えると、家が回り出すらしい。

最後に、タイ・チャオメイは、写真の女がチェン・フイシェンという名で旁海という町にいると教えてくれる。

白髪交じり度合いだけでは厳しい

さて、既に混乱の極みだが、情報を整理したい。

そもそも、12年前の過去か現在かの見分けが不親切なので、ルオの白髪交じり度合いでしか判別できない。せめて服装を変えるとか、長髪にするとか、してほしかった。二度観てやっと、ルオとワン・チーウェンとの出会いが12年前だという、時系列を理解する。

そうと分かれば、ルオが写真の女を彼女だと気づき、服役中のタイ・チャオメイとの面会時に「ワン・チーウェンを知っているか」と聞いたのも理解できる。

また、ワン・チーウェンもチェン・フイシェンも有名な芸能人の名であり、彼女の偽名なのだろう。

だが、そうなると、ルオの母と写真の関係が不明。写真と母が似ていて、見間違えた凱里の出身者に聞いた住所に送ったのかもしれないが、それではあとでもらった旁海という住所と合わない。

それに、写真は何となく顔の部分に穴が開いていて、人物判定できないように見えるが、どうなのか。

トンネルの中で緑のサマードレスを纏うワン・チーウェンの美しいシーンに見惚れていたせいか、この大事なパートで相当つまずいた。

ヒッチコック『めまい』のキム・ノヴァクを意識したと言われる、彼女のグリーンの衣装は、夢の世界での別人格カイチンの赤い革ジャンとの補色関係にある。分かりやすいが、やや作為的すぎる気もするけど。

ちなみに、初見ではまず分からないが、はじめの方に、ヅオが洗車機のクルマの中で白猫(人間です)を殺すシーンがワンカット入っていたことにも触れておく。

(C)2018 Dangmai Films Co., LTD – Zhejiang Huace Film & TV Co., LTD / ReallyLikeFilms LCC.

架空都市ダンマイまでの展開

さて、やや細かくなったので、ここからは再観賞で理解したつもりの話を簡潔に。

12年前のパートでは、ワンがルオとの子供を堕胎。町に戻ったヅオに二人の関係がバレて、カラオケで吊るされていたルオだったが、ワンにそそのかされ、映画館でヅオの背後の席から彼を射殺する

12年の空白期間は語られないが、『凱里ブルース』の主人公同様に、服役していたような感じがする。

現代パートでは、旁海のホテルでワンを探すルオが、女ならダンマイのパーラーで唄っていると元夫から聞く。出た!架空都市ダンマイ。これは不思議世界の代名詞だ。

また、ルオは白猫の母の働く美容室を訪ね、自分の母親はかつて家族を捨てて養蜂家と駆け落ちしてしまったことを語る。

こんな感じで材料は揃ったようだ。ルオはダンマイに行き、女の唄う店が開くのを待ち映画館で時間をつぶす。
なんと、ここまでがアヴァンタイトルである。すでに半分が経過している。

(C)2018 Dangmai Films Co., LTD – Zhejiang Huace Film & TV Co., LTD / ReallyLikeFilms LCC.

やっとタイトル登場。ここから3Dメガネ

ルオが劇場で3Dメガネをかけるのが合図で、観客もここからメガネをかけるらしい。面白い趣向だ。ここからの60分は3Dワンカットであるが、それは手法であり、目的としていないところがさすがビー・ガン監督。

3Dに関しては、私は鑑賞後に存在を知る訳だが、観ているときから、妙に奥行きや灯りを強調する絵が多くなってきたとは感じていた。

2Dでもこの迫力と美しさだ。3Dだったら、きっと★をひとつ評点に追加しただろう。<もう一度みたい3D映画ランキング>があれば、未見だけど必ず投票する。

長回しについては、『凱里ブルース』同様に自然な構成なのであまり意識しない。またやってるな、すごいな、といった具合。ただ、前作より予算も増え、長回しについては条件が良くなったのではないか。前作のほうが、一発勝負の緊張感があった気もする。

ディズニー・アトラクション的な夢の世界

少年時代の白猫と別れ、ロープウェイの軌道を伝って丘の上から斜面を下るルオが、夜闇に浮かび上がるダンマイの繁華街に近づいていくシーン。

そして、ワンによく似た女性、カイチンと二人で丘の上の撞球場から眼下の繁華街まで、卓球ラケットを回転させる魔法で空中浮遊するシーン。

どちらも、ピーターパン・フライト的な美しさと高揚感があり、3Dメガネと相俟って、ディズニーランドのアトラクション的な体験となっている。

この3D以降の世界での、ストーリー説明は難しい。

撞球場で出会うカイチンは、ルオが再会に恋い焦がれたワンの別人格の女性なのだろう。卓球を戦った12歳の頃の白猫少年は、卓球を教えてあげるつもりだった12年前に堕胎した我が子とも被る。

たいまつの火を持って、養蜂場の男と駆け落ちする母親とも再会することも叶うが、なぜか母親の顔は、美容室を営む白猫の母と同じだ。

思えば、これは夢の世界なのである。3Dメガネをかけたまま、ルオは眠っているに違いない。現実での記憶の断片は、夢の中ではいろいろなものに再編されるものだ

美容室で会った白猫の母が興じていた音ゲ―は夢の中で音楽ステージとなり、白猫の母の顔も自分の母と重なったのかもしれない。

夢の中で夢が叶う

ワンの幻影を追いかけダンマイまで足を運び、夢の世界でカイチンに出会うルオ。

母が彼にくれた時計をカイチンに贈り、お返しに花火をもらう。前者は永遠を意味し、後者は儚さを意味し、共に贈ってはいけないものらしい。(因みに、中国語では時計を贈るのは不吉な意味に聞こえるので不可だと思っていたが、腕時計なら問題ないのだ)。

最後にカイチンが彼を案内した部屋は、かつてワンが緑の本を盗み出し、そして母が養蜂家と逢瀬を重ねた末に燃やしてしまった部屋だった。夢の中で、母とワン、そしてカイチンが繋がった瞬間だ。

そしてルオは呪文を唱え、キスする二人の周りを部屋は回転するのである。ここにも、アトラクション的なギミックがあった。

そして、もう何分も前に火をつけた花火は、未だに火花を散らし続けている。これが夢ならば、火は消えない。まるで『インセプション』のラストシーンのコマだ。これも<回るもの>といえるのかもしれない。