『リコリスピザ』
Licorice Pizza
ポール・トーマス・アンダーソン監督が贈る70年代のトリビアいっぱいの青春ラブストーリー。
公開:2022 年 時間:133分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督・脚本: ポール・トーマス・アンダーソン キャスト アラナ・ケイン: アラナ・ハイム ゲイリー・ヴァレンタイン: クーパー・ホフマン ジャック・ホールデン: ショーン・ペン レックス・ブラウ: : トム・ウェイツ ジョン・ピーターズ: ブラッドリー・クーパー ジョエル・ワックス: ベニー・サフディ ゲイル: マーヤ・ルドルフ ランス: スカイラー・ギソンド アニタ: メアリー・エリザベス・エリス マシュー: ジョセフ・クロス ブライアン: ネイト・マン ジャック: ジョージ・ディカプリオ エスティ: エスティ・ハイム ダニエル: ダニエル・ハイム モルデハイ: モルデハイ・ハイム ドナ: ドナ・ハイム
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
ポイント
- 若者は走るのが青春恋愛映画の基本動作。年上の女性との運命的な出会いと一目惚れから始まるポール・トーマス・アンダーソン監督の強引ラブストーリー。
- 1970年代の西海岸のカルチャーや出来事を良く知ってる人なら勿論、そうでない人もそれなりに楽しめちゃう本作。ただしピザ屋とは無関係だけど。
あらすじ
1973年、ハリウッド近郊のサンフェルナンド・バレー。子役として活動する高校生のゲイリー・バレンタイン(クーパー・ホフマン)は、ある日学校にやって来た写真技師アシスタントのアラナ・ケイン(アラナ・ハイム)に一目ぼれする。
「運命の出会いだ」と告白してくるゲイリーを、年上のアラナは相手にせず受け流す。その後、食事をするなど共に過ごすうちに二人は距離を縮めるが、ふとしたことですれ違ったり、歩み寄ったりを繰り返していく。
レビュー(まずはネタバレなし)
ラブストーリーは突然に
そうだよ、若者は走るのが青春恋愛映画の基本動作なのだ、ということを今更ながら思い出させてくれる。
PTAことポール・トーマス・アンダーソン監督。『パンチドランク・ラブ』(2002)からだいぶ時が経ったが、久々にノックアウトをくらった、懐かしく、バカらしく、そしてピュアな単純明快ラブストーリー。
◇
1970年代、ハリウッド近郊にあるサンフェルナンド・バレーで、高校生のゲイリー・ヴァレンタイン(クーパー・ホフマン)は学校の写真撮影(イヤーブック用か?)のために列に並ぶ途中で、運命の出会いをする。
一目惚れの相手は、カメラマンアシスタントとしてやってきたアラナ・ケイン(アラナ・ハイム)。必死に口説き落とすが、15歳のガキなど相手にしない10歳も年上のアラナ。
青春ラブストーリーなら、ハイスクールのカップルが定番だろうが、ゲイリーが果敢にアプローチするのは、この大人の女性。見込み薄と思われたが、かなり真剣な惚れこみようで、なんとか彼女をデートに持ち込む。
このゲイリー、みかけがちょっとオタクっぽい、ただの高校生と思ったら、実はテレビでも活躍している子役俳優で、母親が広告代理店を経営していることからビジネスにも関心が高い。
売り出したばかりのウォーターベッドの仕入れ販売に手を出す等、年齢にそぐわぬゲイリーの行動力に、いつの間にかアラナも、ゲイリーの付き添い係などと周囲に説明しながら、一緒に過ごすようになっていく。
70年代のトリビアが難しい
本作は70年代のアメリカの懐古ネタが豊富につまった、お楽しみムービーなのだ。だからフルに本作を堪能することができるのは、世代的・地域的にもある程度限定されてしまうのが、とても悔しい。
近年では、タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)でも、同様の思いを味わった気がする。
とてもじゃないが全ての小ネタや雑学を拾いきれないという意味では、トマス・ピンチョンの原作を初めてPTAが映画化した『インヒアレント・ヴァイス』(2015)とも似ているか。
タイトルにしたって、商売っ気の盛んなゲイリーがそのうちピザのデリバリーでも始めるのかと思ったら、まったくの早合点。<リコリスピザ>とは、LPレコードを意味するスラングらしい。
リコリスって、黒いドロップとかグミみたいなやつだからか。また、当時サンフェルナンド・バレーに同名のレコードショップが実在したというが、映画の内容とは直接関係はなさそうだ。
キャスティングについて
主人公の高校生ゲイリーは見慣れない若者が演じているが、この風貌はどこか見覚えがあると思っていた。エンドロールで気づいたが、クーパー・ホフマンは、PTAの作品の常連であり盟友ともいえる故フィリップ・シーモア・ホフマンの息子なのだ。本作がデビュー作だと言う。ああ、こういう繋がりって、なんか良い。
そしてアラナを演じているアラナ・ハイムは、<ハイム>という三姉妹バンドのボーカルで、こちらも本作がデビュー作だとか。道理で、映画の中でもアラナは三姉妹のひとりだが、みんな顔立ちが似ているはずだ。あれはどうみても本物の姉妹だもの。両親も含め本物の家族なのである。
メインの二人が映画初出演ではあるが、どちらもフレッシュさはありながら、堂に入った演技をみせる。これはPTAの演出力か本人の才能か。
◇
何の前知識もなく観ていたものだから、ゲイリーに勧められるままに女優のオーディションを受けたアラナに接近してくるのがショーン・ペンだったり、彼と親しい映画監督がトム・ウェイツだったり、はたまた終盤に出てくる荒くれ者のプロデューサーがブラッドリー・クーパーだったりと、意外な配役に驚かされる。
実在するモデル
これらの登場人物にはぞれぞれモデルがおり、また店なども実在するものが多いらしい。
まずは主人公のゲイリーのモデルが、ハリウッドのプロデューサーであるゲイリー・ゴーツマン。彼が実際にウォーターベッドを販売していた店が<ファット・バーニーズ>というのも映画と同じだ。ピンボール店ビジネスを始めるのも、実話ベースらしい。
ショーン・ペン扮するジャック・ホールデンという大物俳優は、名前から分かるようにウィリアム・ホールデンがモデル。ジャックがグレース・ケリーとの共演を思い出す戦争映画『トコサンの橋』というのが出てくるが、これは『トコリの橋』(1954)が元ネタ。
となれば、レックス・ブラウ監督(トム・ウェイツ)のモデルはマーク・ロブソンが有力だが、サム・ペキンパー説もあるとか。さすがにこの辺となると知識が追い付かない。
◇
ジョン・ピーターズも実在するプロデューサーで、映画同様にバーブラ・ストライサンドと交際していた。本作のキャラのように、あそこまで無茶をやる荒くれ男だったのか知らないが、本人は面白がって快諾したようだ。ブラッドリー・クーパーが演じたのは、新旧『スター誕生』つながりというオチにしたかったのか。
途中、映画女優になる夢を断念したアラナは、カリフォルニア市長選に出馬しているジョエル・ワックス(ベニー・サフディ)の選挙活動のボランティアを始める。
スコセッシ監督の『タクシードライバー』と関連づける向きが多いが(事務所の窓の外から監視してるし)、ワックスがゲイであることや、ショーン・ペンも登場することで、私が思い出したのはガス・ヴァン・サント監督の『ミルク』。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
走り込みが大事
さて、まだまだありそうなトリビアだが、拾いきるだけの知識も気力もない。だが、その手のネタにはまったく気づかなくても、本作はそのシンプルかつパワフルなラブストーリーに十分魅了される。
本作の魅力は何といっても走り込みだ。ウォーターベッドをイベントで売り込もうと、見込み客に葉っぱを吸わせようと企んでいたゲイリーが、突如会場に現れた警察官に拘束され、警察署に連行される。
仲違いしていたアラナだったが、この一大事に警察車両を猛ダッシュで追いかける。結局、ゲイリーは殺人犯と誤認され連行されたと判明し、事なきを得る。
◇
そして、今度は俳優のジャック・ホールデンが酒の席で周囲の食事客を呼び寄せ、出演作と同様にバイクで炎を飛び越えるアクションを披露すると言い出す。
アラナも売り出し中の女優として、そのバイクに乗せられることになるが、走り出しと同時に落車。それを遠くから観ていたゲイリーが、心配して彼女のもとに猛ダッシュする。
◇
そして終盤、険悪なムードだった二人だが、それぞれが意地の張り合いをやめ、相手を想う気持ちに気づき、互いの所在を探し夜の町を走り回る。そこに、これまでの走り込みシーンをオーバーラップさせる構成は、単純だけど盛り上がる。
ああ、アラナ・ハイムのすらりと伸びた長い脚は、全力疾走が良く似合う。そして、クズな役でもどこか憎めないクーパー・ホフマン、父親譲りなのかもしれない。