『インヒアレントヴァイス』今更レビュー|ケニチロー、パンケーキもっと!

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『インヒアレント・ヴァイス』 
Inherent Vice

トマス・ピンチョン原作を無謀にも映画化しようと試みたPTA。はたしてその成果はグルーヴィーだったか。

公開:2014 年  時間:149分  
製作国:アメリカ

スタッフ 
監督: ポール・トーマス・アンダーソン
原作: トマス・ピンチョン
                 『LAヴァイス』

キャスト
ラリー・“ドック”・スポーテッロ:
        ホアキン・フェニックス
“ビッグフット”・ビョルンセン警部補:
         ジョシュ・ブローリン
シャスタ・フェイ・ヘップワース:
     キャサリン・ウォーターストン
ペニー・キンボル地方検事:
       リース・ウィザースプーン
ソンチョ・スマイラックス弁護士:
         ベニチオ・デル・トロ
ミッキー・ウルフマン:
          エリック・ロバーツ
スローン・ウルフマン:
      セレナ・スコット・トーマス
コーイ・ハーリンゲン:
        オーウェン・ウィルソン
ホープ・ハーリンゲン:ジェナ・マローン
ソルティレージュ / ナレーター:
        ジョアンナ・ニューサム
ルーディ・ブラットノイド医師:
         マーティン・ショート
ジャポニカ・フェンウェイ: 
         サーシャ・ピーターズ
クロッカー・フェンウェイ: 
        マーティン・ドノヴァン
エイドリアン・プルシア: 
         ピーター・マクロビー

勝手に評点:3.0
   (一見の価値はあり)

(C)2014 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC, AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC ALL RIGHTS RESERVED

ポイント

  • 無謀にもトマス・ピンチョンの原作ものに手を出したポール・トーマス・アンダーソン監督。だが原作のチョイスは良い。いわゆる探偵ものとして、一応はフォーマットに則っており、分かりやすくはある。
  • ただ、一見さんが手を出すと、何だいこりゃという作品に見えることに変わりはない。ある程度、ピンチョン世界に耐性と理解がある人には、ぜひという異色譚。

あらすじ

私立探偵のドック(ホアキン・フェニックス)の元に、別れた恋人のシャスタ(キャサリン・ウォーターストン)から、彼女の愛人である不動産王ミッキー・ウルフマンに関する依頼が舞い込む。

ミッキーの妻とその愛人が、彼を誘拐して精神病院に入れようとしており、ドックに助けを求めてきたのだ。しかし、ドックが調査を開始すると不動産王もシャスタも姿を消してしまう。

ドックはやがて、巨大な金が動く土地開発に絡んだ、国際麻薬組織の陰謀に引き寄せられていく。

  

今更レビュー(ネタバレあり)

ピンチョン&アンダーソン

ありがちな西海岸の私立探偵ハードボイルドものだと思って手を伸ばすと痛い目に遭う。何せ、トマス・ピンチョンの長編小説「LAヴァイス」の映画化なのだ。

ピンチョンノーベル文学賞候補の常連と言われ続け、その意味では村上春樹と境遇が似ているかもしれないが、作風はまったく違い、公の場に一切姿を見せない覆面作家として知られている。

ピンチョンの小説は特徴的で読み始めればすぐそれと分かる。SFや科学、TVや音楽などのポップカルチャーから歴史まで、広範な雑学ネタが詰め込まれているから。

しかもほとんどが超長編で、そのうえ難解だ。文章自体は平易なのだが、何せ余分な情報が膨大にあるために、ストーリーを追うだけで疲弊する。それでも、熱狂的な読者は、特に本国には多いようだ。ポストモダンな米国文学を代表する一人である。

(C)2014 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC, AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC ALL RIGHTS RESERVED

ポール・トーマス・アンダーソン監督(PTA)は、無謀にもこの原作を映画化しようと考えた。彼もピンチョンの愛読者なのだ。

かつて「ヴァインランド」「メイスン&ディクスン」の映画化を検討したそうだが、あまりの情報量と複雑さに断念している。だが、ピンチョンが映画化権の売却に前向きだと知り、本作の企画に飛びついたようだ。

されどピンチョン

そういう経緯を知ると、確かに「LAヴァイス」の映画化というのは、グッドチョイスだと思う。

私立探偵が事件解決に奔走するという点では、全体を通して分かりやすい道筋が通っているし、荒唐無稽な忍者やロケット、核ミサイルが出てきたりもしない。ピンチョンなのに、普通に読めると評された原作だ。うまくすれば、群像ドラマに仕立てられる。

そういったわけで、本作を観ることになったのであれば、次々と現れては消える数多くの登場人物や、調査の行方がよく分からない展開などに、匙を投げてはいけない。

難解だったから、原作を読んでみようなどと考えると、さらに悩むことになる。クサでトリップしたように頭の中が渦を巻いてしまうだろう。

だから、腹八分くらいの理解度で満足することを私はお勧めしたい。そして、まだ行けそうだったら、ぜひ原作にも挑んでいただきたい。私は以前、その順序で原作に再挑戦したおかげで、だいぶ読みやすく感じた。

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元カノの依頼に腕を奮うジャンキー探偵

さて、本作の主人公私立探偵のドックことラリー・スポーテッロ。演じるのはホアキン・フェニックス。顔を埋め尽くすようなアフロのもみあげが印象的だ。

『ザ・マスター』(2012)に続いてのPTA監督作品。元カノの依頼で、その愛人を精神病院から救い出そうとするなんざ、フィリップ・マーロウに通じるような甘口のハードボイルド探偵だ。

でも、基本的にいつも探偵はクサを探してラリッてて、おまけに周囲はエログロなキャラや会話ばかりという展開は、やはりマーロウとは違うかも。

Inherent Vice Ultimate '70s Trailer (2014) - Paul Thomas Anderson Movie HD

1970年代のLAでの探偵物語となれば、PTAの最新作『リコリス・ピザ』と同じ舞台設定。当時を思わせる事件や政治などの実名ネタが満載だった同作に比べると、本作はサブカルチャー部分へのフォーカスが多いように思う。

ドックは元カノのシャスタ(キャサリン・ウォーターストン)の依頼で、彼女が愛人をしている不動産業界の大物ミッキー・ウルフマン(エリック・ロバーツ)を救い出そうとする。

ミッキーの妻・スローン(セレナ・スコット・トーマス)が愛人とともに、夫を精神病院に閉じこめて資産を奪おうとしているのだ。だが、調査開始してすぐに、ミッキーもシャスタも姿を消してしまう。

(C)2014 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC, AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC ALL RIGHTS RESERVED

並行して走る依頼案件

本作の内容が複雑に思えるのは、この調査を進めるなかで、ドックが複数の依頼を並行して受けるせいかもしれない。

まず、出所直後の男・タリク(マイケル・ケネス・ウィリアムズ)がドックに、かつて刑務所で金を貸したグレン・チャーロックという男の捜索を依頼する。

チャーロックは、ミッキーのボディガードの一人だった。依頼内容が偶然にもミッキー絡みだったので、ドックは依頼を引き受け、まず宅地開発計画の建築予定地にある風俗パーラーに出向くが、そこでグレンは何者かに殺され、その容疑がドックにかけられる。

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もうひとつの仕事は、ホープ・ハーリンゲン(ジェナ・マローン)が、死んだはずのサックス奏者の夫コーイ・ハーリンゲン(オーウェン・ウィルソン)の捜索だ。

この一件は唐突に追加されるが、実は表向き死んでいるコーイは、警察の潜入捜査のような仕事を請け負っており、物語のキーパーソンとして暗躍する。

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バナナをしゃぶるな!

そして、私立探偵といえば相性が悪いのが意地悪な警察官連中だが、ドックの天敵といえるのが、 ビッグフットことビョルンセン警部補(ジョシュ・ブローリン)

サディスティックな暴力刑事なのだが、単なる憎まれキャラではなく、終盤では、利害関係が一致したドックとともに敵陣に乗り込むなど、面白いポジションを担う。

常にフローズン・バナナを淫靡に咥えているのも、馬鹿げていて笑える。最後までドックを虫けら同然に扱うスタンスが変わらない頑固なキャラがジョシュ・ブローリンに似合う。日本人店員に日本語でパンケーキを要求する姿が、『ブレードランナー』の名シーンとかぶる。

(C)2014 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC, AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC ALL RIGHTS RESERVED

ドックに次いでレギュラー選手として登場機会が多いビッグフットに比べ、出番は限られるのだが魅力溢れるキャラなのが、ドックが頼りにしている海難事故専門の弁護士ソンチョ(ベニチオ・デル・トロ)

ビッグフットに無理やり容疑者として連行されたドックを救出しに、彼がLA警察に出向いたシーンは豪華だった。

だってホアキン・フェニックスをはさんで、警察のジョシュ・ブローリンが弁護士のベニチオ・デル・トロとやり合っているのだ。ジョシュベネチオの共演は、翌年の『ボーダーライン』(2015、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督)に繋がる。

(C)2014 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC, AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC ALL RIGHTS RESERVED

そして、シャスタと別れたドックが身体の関係で付き合っているのが地方検事のペニー(リース・ウィザースプーン)。法律家を彼女が演じていると、まるで『キューティ・ブロンド』の延長線上の世界のように思える。

なお、ホアキン・フェニックスリース・ウィザースプーンは、ジョニー・キャッシュの伝記映画『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』でも共演。

(C)2014 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC, AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC ALL RIGHTS RESERVED

内在する欠陥とは

「舗道の敷石の下はビーチ!」
1968年5月、パリの落書きより

映画ではエンドロールの末尾に登場し、原作ではエピグラフになっているこの文句は、ただの落書きではなく、五月革命で戦った若者たちのスローガンめいた言葉だ。

ところで、本作および小説の原題である『インヒアレント・ヴァイス』とは、内在する欠陥をさす保険用語らしい。そのものに必然的にある固有の瑕疵とでもいえばよいか。映画の中でも、そのように訳されている。

だが、探偵ものでヴァイスとくれば、『マイアミ・バイス』のように、悪徳という意味の方がしっくりくる。パリの落書きまで手を伸ばす本作が、人々の心に潜む悪を見逃すはずがない。