『ミスティック リバー』今更レビュー|殺しはリバーサイド 裏庭リバーサイド

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『ミスティック・リバー』 
Mystic River

クリント・イーストウッドがデニス・ルヘインの人気原作を映画化。少年時代の傷を抱える三人の男たちが、殺人事件で再会する。

公開:2004 年  時間:138分  
製作国:アメリカ
  

スタッフ 
監督: クリント・イーストウッド
脚本: ブライアン・ヘルゲランド
原作: デニス・ルヘイン
        『ミスティック・リバー』

キャスト
ジミー・マーカム:    ショーン・ペン
デイヴ・ボイル:    ティム・ロビンス
ショーン・ディバイン:ケヴィン・ベーコン
ホワイティ・パワーズ:
      ローレンス・フィッシュバーン
セレステ・ボイル:
        マーシャ・ゲイ・ハーデン
アナベス・マーカム:   ローラ・リニー
ケイティ・マーカム:  エミー・ロッサム
ブレンダン・ハリス:   トム・グイリー
レイ・ハリス:
     スペンサー・トリート・クラーク
バル・サベッジ: ケヴィン・チャップマン
ニック・サベッジ:   アダム・ネルソン

勝手に評点:3.5
      (一見の価値はあり)

あらすじ

境遇を越えて友情を育んできた、ショーン、ジミー、デイヴ。だが、十一歳のある日、デイヴが警官らしき男たちにさらわれた時、少年時代は終わりをつげた。

四日後、デイヴは戻ってきたが、何をされたのかは誰の目にも明らかだった。

それから二十五年後、ジミーの十九歳の娘が惨殺された。事件を担当するのは刑事となったショーン。そして捜査線上にはデイヴの名があがる。

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今更レビュー(ネタバレあり)

ミステリーではなく人間ドラマ

デニス・ルヘインの原作は、映画化で話題になる前に読んでいたが、<ミステリー>としての前評判が高すぎてしまったせいか、ちょっと期待外れに感じた記憶がある。

その後、クリント・イーストウッドが本作のメガホンを取るわけだが、映画になっても正直なところ、あまり印象は変わらなかった。

だが公開から17年、久しぶりに映画を観直してみると、これがなかなか味わい深い。ミステリーではなく、ドラマとして観たのが良かったのかもしれない。

主人公三人の個性派俳優の名前は、観る前からスラスラと頭によみがえる。これには驚いた。

自覚がないだけで、17年前から記憶の奥底に刷り込まれていたのか。おそらくは、彼らの演技の素晴らしさと、原作イメージにうまくフィットした配役の妙のなせる業なのだろう。

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少年時代の最後の日

冒頭、三人の少年たちが住宅街の路上でホッケー遊びをしている。背後には橋が見え、一瞬ブルックリンかと思ったが、あれはトービン・メモリアル・ブリッジ。野球帽はレッドソックス。そう、ここはボストン

<ミスティック>はただの形容詞だと思っていたが、タイトルの<ミスティック・リバー>実在する川の固有名詞なのだ。イーストウッド監督は、<ハドソン・リバー>以前に、この川で悲劇を撮っていたわけだ。

路上で遊んでいたホッケーのパックが下水に落ちて、次に少年たちは舗道の乾ききらないコンクリに「これは生涯残るぞ」と、名前を落書き。

だが、三人目の少年が名前を書ききらぬうちに、警察官を装った二人の男が現れ、落書きを親に報告するぞと、そのデイヴを車に乗せて連れ去る。

直接的には描かれないが、この二人組の偽警官は小児性愛者で、デイヴは命からがら山荘を脱走するが、心に深い傷を負う。

男の一人は十字架の指輪を強調し聖職を匂わせるが、これは原作にはないアレンジだ。イーストウッド背徳の象徴として、しばしキリスト教を絡めてくる

この事件が、やがて大人になった彼らの人生に、大きな影響を与えている。

原作では路上で喧嘩をしていた三人が偽警官に叱られる設定だったが、脚本はそれをセメントへの落書きに変えている。無事だったジミーとショーンには、喧嘩の方が良心の呵責が大きいように思うが、歳月を経ても当時そのままに残る落書きは、映画的には効果的だ。

25年後に起きた殺人事件

そして25年の時が流れ、三人の関係も疎遠になっている。このボストンの町で、ジミー・マーカム(ショーン・ペン)は雑貨店の店主をしているが、悪い仲間とつるんで強盗をして服役した過去がある。少年時代のジミーの子役が実にショーン・ペン似なのに感心する。他の二人はさほど似ていないのに。

さて、ジミーの前妻との娘・ケイティ(エミー・ロッサム)が、女友達と泥酔して騒いだ翌朝から、忽然と姿を消す。

一方、公園の脇には血だらけの彼女のクルマが放置され、通報を受けた警察が捜索した結果、彼女の遺体がみつかる。

地元警察の殺人課に所属するショーン・ディバイン(ケヴィン・ベーコン)は、幼馴染のジミーを被害者の父親として扱わなければならない。因果な仕事だ。

そして、殺される直前にケイティが訪れたバーにいた客の一人が、デイヴ・ボイル(ティム・ロビンス)だったのである。こうして、あの事件から時が止まっていた三人の関係が、再び動き出す。

最愛の娘が妹の初聖体の日にも姿を見せず失踪。そして町では川辺の公園で殺人事件騒動。立ち入り禁止の現場に入り込み警察官に制止されながら旧友に叫ぶジミー。

「ショーン!俺の娘がいたんだろっ!」
悲嘆に暮れ泣き叫ぶジミーの姿が胸を打つ。

今は更生し真っ当な生活を送っているジミーだが、そばにはいつも荒くれもののサベッジ兄弟(ケヴィン・チャップマン、アダム・ネルソン)を従え、警察より先に犯人を捕まえて、復讐してやろうと動き出す。

それを牽制しつつ、殺人課同僚のホワイティ(ローレンス・フィッシュバーン)とともに捜査を進めるショーン。私情をはさまず、またホワイティのように違法ギリギリの強引な手も使わないショーンは、優秀な警察官といえるのかもしれない。

Mystic River - Theatrical Trailer

誰がケイティを殺したか

最愛の娘を亡くし、その敵を探して報復しようとする。イーストウッドの正義の方程式にあてはまるのかはともかく、ショーン・ペン演じるジミーは危険な魅力に充ちているし、彼の持つナイーヴな暴力性とも合う。

カデミー主演男優賞受賞にも肯ける。警察官ショーンのケヴィン・ベーコンも良かったが、この脚本ではやはりジミーに分がある。

そして少年時代の事件被害のトラウマを抱えるデイヴ。本性も善悪も読めないヌボーッとした大男にティム・ロビンスの配役がハマる。彼も助演男優賞でオスカーに輝く。

© 2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

ここからネタバレになるので、未見の方はご留意願います。

さて、ケイティの殺人事件が通報される前に、デイヴは飲んだ帰り道で男に襲われたといって、血まみれになって帰宅する

妻のセレステ(マーシャ・ゲイ・ハーデン)に、その男を殺してしまったかもしれない、と不安そうに語るデイヴ。だが、新聞記事には何も載らない。報道されるのは、ケイティの事件ばかり。セレステは、次第に疑いを強めていく。

ミステリーである以上、デイヴがケイティ殺しの犯人という単純な説はないだろう。では、誰が彼女を殺したのか。そこまではすぐに示されないが、捜査が進むにつれ、ショーンたちはデイヴを容疑者としてマークし始める。そして、ジミーもまた、デイヴに目を向ける。

© 2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

裏庭リバーサイド

本作のクライマックスは、ついに行動に出たジミーがサベッジ兄弟を使ってデイヴを人気のないバーに誘い出し、強引に飲ませまくるシーンから始まる。

一見すると渋くていい感じに見えるこの店は、バックヤードがミスティック・リバーの河川敷という、夜には何とも不気味な立地だ。

飲み過ぎで気分が悪くなったデイヴは、トイレを汚さずに、裏庭に行けと言われ、そこで吐いていたら、ジミーたちに囲まれる。ここは、遺体をすぐに川に流せる、ジミーの定番スポットなのだ。

「俺は、誰か知らない男は殺したが、お前の娘は殺していない」
だが、ジミーは信じない。
「本当のことをいえば、命だけは助けてやる」

© 2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

デイヴはその言葉を真に受け、その場しのぎで自白を始める。暗闇にわずかな光で、顔の陰影だけが目立つ二人の会話が緊張感を高める。そして、復讐の鬼と化したジミーは、デイヴに引き金を引く

ここから更にネタバレあります。

だが、デイヴは嘘をついておらず、彼は真犯人ではなかった。時を同じくして、ショーンとホワイティはついにケイティを殺した人物にたどり着く。

それは、彼女の交際相手ブレンダン・ハリス(トム・グイリー)の弟で、唖者のレイと友人のジョニーだった。だが、時すでに遅し。その事実がジミーの耳に届いた時には、デイヴはもう川底に眠っていた。

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納得できない点を挙げたい

さて、本作(映画というより原作)がミステリーとして納得できない点が二つある。

事件の通報記録によれば、通報者が警察に名前を聞かれて「彼女の名前か?」と答えている。それを終盤でやっと不審に思ったことから、真犯人の少年にたどりつく。通報者は血だらけのクルマしか見ていない筈だから怪しいということなのだが、これは初動捜査で気づくレベルだろう。

更に不可解なのは、動機である。弟レイと友人が、夜道で偶然遭遇したケイティを殺してしまったのが真相だが、兄のブレンダンは、自分を慕う弟が婚約者を嫉妬して犯行に及んだと考えた。この動機の方が余程ドラマとしては納得的なのに、なぜか物語では前者を選んでいる。

また、これも映画というより原作についてだが、自分の早合点でデイヴを殺めたと知ったジミーが、自殺でも自首でもよいが、自らけじめをつけに行かなかった点は、物語として評価が割れるだろう。

ジミーが殺したことを確信するショーンだが、証拠がないので手を出せずにいる(映画では明示されないが、原作からそう推察できる)。いつか逮捕してやると、パレードの観客の中、指を銃に見立てて銃口をジミーに向けるショーンで映画は終わる。後味に達成感はない。

王を手玉に取っていたのは誰か

ただ、これには別の見方もできる。ジミーを裏で操っているのは、後妻のアナベス(ローラ・リニー)なのだ。

彼女は、亡き前妻の娘であるケイティが死んだことを、表面的には悲しんでいるが(そう思うと、白々しく見える)、実際はこれで自分と実の娘でジミーを支配できると思ったのだろう。

はじめは、夫のデイヴがケイティを殺したのではないかと、その親であるジミーに相談するセレステを、どんだけアホなのと思った(実際、そのせいでデイヴは殺されたし)。

それは確かに愚行だが、実はアナベスは、セレステが夫のジミーに伝えた内容も、夫が何をしようとしているかも分かっていた。

そのうえで、彼女は夫を止めなかったのだ。夫に色目を使うセレステを封じるために、そして夫をこの町の王として君臨させるために。

11歳当時の事件で揃って少年から大人になった三人の人生は、25年経過しても、まだその呪縛から逃れられていない。だが、誰よりも一枚上手だったのは、アナベスだったのだ。そして今日もまた、川はたおやかに流れている。