『ポンヌフの恋人』今更レビュー|レオス・カラックス監督アレックス三部作③

スポンサーリンク

『ポンヌフの恋人』 
 Les Amants du Pont-Neuf

レオス・カラックス監督のアレックス三部作堂々の完結編。壮大なセーヌ川の打ち上げ花火、橋から見るか。

公開:1991 年  時間:125分  
製作国:フランス
 

スタッフ 
監督・脚本:     レオス・カラックス
撮影:    ジャン=イヴ・エスコフィエ

キャスト
アレックス:       ドニ・ラヴァン
ミシェル:    ジュリエット・ビノシュ
ハンス:
   クラウス=ミヒャエル・グリューバー

勝手に評点:4.0
       (オススメ!)

(C)1991 STUDIOCANAL France2Cinema

あらすじ

パリのポンヌフ橋で暮らす天涯孤独な大道芸人アレックス(ドニ・ラヴァン)は、失明の危機と失恋による心の傷に絶望する女子画学生ミシェル(ジュリエット・ビノシュ)と出会う。二人は恋に落ちるが、ミシェルには両親から捜索願いが出されていた。

今更レビュー(ネタバレあり)

新橋の変人カラックス

レオス・カラックス監督がドニ・ラヴァンを主演に撮ったアレックス三部作の完結編である。ポンヌフとはパリのセーヌ川に架かる、シテ島の先端を横切る短い橋だ。フランス語で<新しい橋>の意。かつて新橋駅のガード下に同じ名の老舗立ち食い蕎麦屋があったが、洒落の分かる店主だったのだろう。

さて本作、ポンヌフでの撮影許可が18日間おりたので、昼間のシーンを本物でロケ、夜のシーンを、ハリボテの簡易セットで、ルポルタージュのようにすばやく撮影する計画だった。

不運にもドニ・ラヴァンが直前に怪我をして撮影延期してからはケチのつき通しで、複数の撮影中断で跳ね上がった製作費が払えず製作会社は破綻、郊外に作り上げた壮大なスケールのセットも放置され、完成は絶望視された。

だが、途中まで撮られたカラックス監督と盟友ジャン=イヴ・エスコフィエの撮影の出来はあまりに素晴らしく、何とか世に出したいと手を差し伸べるスポンサーに助けられ、奇跡的に映画は出来上がる。

(C)1991 STUDIOCANAL France2Cinema

ドニ・ラヴァンとジュリエット・ビノシュ

天涯孤独で不眠症に悩む大道芸人のアレックス(ドニ・ラヴァン)。空軍大佐の娘で失恋の痛手と失明の危機のため家出した画学生のミシェル(ジュリエット・ビノシュ)

夜のパリの路上でクルマにぶつかり倒れていたアレックスの顔を、死んでいると思いスケッチしていたミシェル。不遇な二人は、ポンヌフの上で再会を果たす。

といっても、まったくロマンティックなものではない。当時、橋は工事のために通行封鎖されており、これ幸いと、初老の路上生活者ハンス(クラウス=ミヒャエル・グリューバー)とアレックスが居着いていたところに、ミシェルが転がり込んできたのだ。

(C)1991 STUDIOCANAL France2Cinema

「ポーズをとるなら、絵を描いてあげてもいいわ」

他人に関心を持たれたことのないアレックスは、すぐにミシェルに惹かれていく。ジュリエット・ビノシュは前作『汚れた血』で見せた輝くような美しさを封印し、目には眼帯を当てて路上生活者ミシェルになりきる。

アレックスも彼女のために市場から魚を盗んできて食べさせるあたり、過去二作にはない細やかな気遣いを見せる。今回はシンプルな恋愛ものかと思いきや、カラックス監督作品だ、そんなはずはない。

ミシェルはやがて失明する運命にある。明るい光が目には痛く、アレックスが火を吹く大道芸も、大好きな美術館の絵もよく見えない。「女を引っ張り込むな」とうるさいハンスだったが、実は亡くした妻に似ているミシェルが路上生活者になることを心配していたと分かる。

警備員生活30年であちこちの美術館の鍵を持ち歩いているハンスが、夜の蝋燭の火でミシェルに名画を見せてあげるシーンは心温まるが、おそらくルーブルかどこかの名だたる美術館と思われ、そう簡単には忍び込めないだろう。むしろ、蝋燭の火で名画が燃えるんじゃないかと心配した。

(C)1991 STUDIOCANAL France2Cinema

チェリストを撃て

本作で見惚れるようなショットはいくつもあるが、特に印象的だったものの一つが、地下鉄の構内でチェロを弾くジュリアンにまつわるシーン。

空港にあるような長い<動く歩道>に一人で乗っているミシェルと、それを離れて尾行するアレックス。彼女が突如振り返り、今来た方向に走り出す。しばらく我々は、何が起きたか分からない。

尾行に気づかれたのかと思ったらそうではない。BGMのように響いていたチェロは、ジュリアンが地下鉄構内で演奏しているものだと瞬時に気づいたのだ。

ジュリアンは、ミシェルを捨てて去っていった元恋人のチェリストだった(アレックスが侵入した彼女の実家には、チェロを弾くジュリアンの絵があった)。

(C)1991 STUDIOCANAL France2Cinema

彼女に復縁させまいと、先回りしてジュリアンを脅かし立ち退かせたアレックス。だが、残された吸い殻でジュリアンと確信したミシェルは、男を追いかけ、アパートを探り当てる。

だが、会おうともしないジュリアンに絶望したミシェルは、ドアの覗き窓から元恋人を撃ち抜く。ここまでの展開の音楽と空間の使い方が素晴らしい。

映画『ポンヌフの恋人』予告編

打ち上げ花火、橋から見るか

次に感動したのは、本作でもっとも華麗で壮大な、ポンヌフからみたセーヌの花火のシーン。

革命200年祭の夜に華々しく打ち上げられる色とりどりの花火を背景にした二人のショットの見事さ。「盗んだボートで走り出せ」と歌いたくなるような<ポンヌフの夜>の水上スキー。

このあたりの撮影は、一体全体どうやったら撮れるのだと不思議に思っていたが、あれ全部セットなのだ。メイキング映像を見たが、セットのあまりの出来栄えに目を疑った。

レオス・カラックス作品には『ホーリーモーターズ』でも登場した、お馴染みの美しいサマリテーヌ百貨店。本作にも何度も登場するが、裏から見たら木造の書き割りだとは。

(C)1991 STUDIOCANAL France2Cinema

この花火の音に紛れて、ミシェルはアレックスと7発の銃弾を撃ち合う。残る1発は、未来に残すのだと言いながら。

この直前、彼女は弾倉に全弾あるかをアレックスに確認させ、安堵している。ジュリアンを射殺したのは、彼女の妄想だったのだ。なるほど、ドア越しに銃を撃ったとき、彼女は左目で覗き穴から死体を見ているが、実際にはその目は眼帯で塞がれていたはずだ。芸が細かい。

これがホントの炎上騒ぎ

そして、花火と並んでビジュアルインパクトが強いのが、アレックスが駅貼りポスターを燃やすシーンだ。

大道芸人出身だけあって身軽に地下鉄構内をクルクルと飛び回るアレックスが仰天したのは、「失明の危機から回復の見込となった」ため、家族から失踪している娘の情報提供を求めるポスター。ミシェルの顔アップの巨大ポスターが地下鉄通路や路上を埋め尽くす圧巻のシーン。

そして、今の二人の平穏な生活が終わってしまうことを恐れたアレックスは、ポスターに火を放つ。なんと壮麗で哀しい炎上シーンだろう。別れない為に放火する逆<八百屋お七>だ。この後、アレックスがポスター張りの作業員を誤って焼死させてしまうまで、息つく暇のない緊張感。

(C)1991 STUDIOCANAL France2Cinema

結局、皮肉にもアレックスがかつてミシェルのために拾ってきたラジオで、彼女はこの自分の病気が治ることを知り、ポンヌフを去っていく。絶望したアレックスは、未来に残したはずの残った弾丸で自殺を図るが、失敗し手に怪我を負う。

まどろめ!って何さ

やがて放火と過失致死で逮捕され、収監されたアレックス。二年後にようやく、眼帯が取れ健康になったミシェルが面会にくる。

出所したアレックスとミシェルは、クリスマスのポンヌフで再会を約す。開通したポンヌフに雪が降る。もはや、かつての貸切だったポンヌフではない。

門限を気にするミシェルに怒り、アレックスは彼女と冬のセーヌ川に飛び込む『シェイプ・オブ・ウォーター』(ギレルモ・デル・トロ監督)のラストのようだが、こちらは半魚人ではないので、凍死してしまいそうだ。

(C)1991 STUDIOCANAL France2Cinema

アレックス三部作なら本来、こういう悲しい結末がふさわしいのだろうが、今回はジュリエット・ビノシュが拒んで、通りかかった船に助けられる展開になったという。確かに違和感はあるが、完結編くらい、アレックスに希望を与えてあげたい。

船の舳先でじゃれあう二人の姿はジェームス・キャメロン監督の『タイタニック』(1997)の有名なシーンに先立つものだ。夜明け前のセーヌからル・アーブルへ向かう二人。

そう、これこれ、ディカプリオとケイト・ウィンスレット

ミシェルのセリフ「まどろめ、パリ!」は、公開時には「目覚めよ、パリ!」と誤訳された、いわくつきの台詞。

話の流れからは、「まだ、寝ていなさい」が心情的にも合うので誤訳なのだろうが、「まどろめ!」という命令形は、日本語としては座りが悪く理解しにくい。まあ、ハッピーエンドだから、どっちでもいいか。

紆余曲折もあり、また予想外のラストではあったが、カラックス監督作品の中では、群を抜く美しさとセンスだと思う。

偏屈者レオス・カラックスの最大の理解者であった撮影のジャン=イヴ・エスコフィエが、その後仲違いのすえに亡くなってしまったことから、本作は二人が組んだ最後の作品なのである。そう思えば、なおのこと本作は愛おしい。