『ヴィレッジ』Village
藤井道人監督が横浜流星主演で描く、閉ざされた村の光と闇の世界。
公開:2023 年 時間:120分
製作国:日本
スタッフ
監督: 藤井道人
製作総指揮: 河村光庸
キャスト
片山優: 横浜流星
中井美咲: 黒木華
大橋透: 一ノ瀬ワタル
大橋修作(村長): 古田新太
大橋光吉(刑事): 中村獅童
筧龍太: 奥平大兼
中井恵一(美咲の弟): 作間龍斗
丸岡勝: 杉本哲太
片山君枝(優の母): 西田尚美
大橋ふみ: 木野花
勝手に評点:
(悪くはないけど)

コンテンツ
あらすじ
美しい集落・霞門村に暮らす片山優(横浜流星)は、村の伝統として受け継がれてきた神秘的な薪能に魅せられ、能教室に通うほどになっていた。
しかし、村にゴミの最終処分場が建設されることになり、その建設をめぐるある事件によって、優の人生は大きく狂っていく。
母親が抱えた借金の返済のため処理施設で働くことになった優は、仲間内からいじめの標的となり、孤独に耐えながら希望のない毎日を送る。
そんな片山の日常が、幼なじみの美咲(黒木華)が東京から戻ったことをきっかけに大きく動き出す。
レビュー(まずはネタバレなし)
河村光庸プロデューサーの遺志
『ヴィレッジ』といわれると、まず頭に浮かぶのはM・ナイト・シャマラン監督の2004年の作品だ。勿論、題材はまるで違うが、ムラ社会の閉鎖的な人間関係や因習を描いた点では本作と通じるところがある。
エッジの効いた作品を作り続け、日本のA24とも称されたスターサンズの主宰、河村光庸が生前に構想を温めていた作品のひとつ。頓挫しかけたところで同氏から懇願された藤井道人監督がメガホンを取る。主演は常連の横浜流星。
障害者福祉施設での殺傷事件に着想を得た辺見庸の衝撃の問題作を石井裕也監督が映画化した『月』も、同様に河村光庸が実現を切望していたものだったが、本作も負けずにハードルが高い。なお、本作は河村光庸プロデューサーの遺作となった。
◇
映画は冒頭に薪能のシーンを入れ、主人公たちの暮らす霞門村の長い歴史や伝統が自然と伝わってくる。だがそれと並行し、一人の男が屋敷に灯油をかけ、焼身自殺を図るという不穏な場面が挿入される。
ここでタイトル。主人公の片山優(横浜流星)は、村にある巨大なゴミ処理施設で働いており、職場では村長(古田新太)の息子である同僚の大橋透(一ノ瀬ワタル)に、殴る蹴るの陰湿ないじめを受けている。
そこに彼らの同級生だった中井美咲(黒木華)が何年ぶりに東京から戻り、同じ施設で働き始める。優はどこに行っても周囲に陰口を囁かれ、けして自己主張せず、同僚にも殴られるままにおとなしく仕事を続けている。

与えられた<お題>
映画化にあたり、横浜流星の主演は決まっていたが、それ以外に河村プロデューサーからのお題は、次の三つのシーンを入れること。
- 能面を被った村人が100人歩くシーン
- 薪能(たきぎのう)のシーン
- ゴミ処理施設の爆発
1と2に関しては、村人たちが代々、夏祭りで薪能を開催してきたという設定があるために、自然な形で映画に溶けこんでいる。
村長の弟で村を出た刑事役に中村獅童を起用しているが、彼がかつての薪能の使い手という設定で、劇中に能を舞う。
叩き上げの刑事に見えて能が舞える役者なんて、中村獅童しかいない。完全にアテ書きだろう。『未来の想い出 Last Christmas』(1992、森田芳光監督)で和泉元彌が唐突に狂言を舞い出したのを思い出す。

能面は壁に飾られただけでもインパクト十分だが、それを被って大勢が夜道を歩くシーンは、それだけで圧巻。閉鎖的で同調圧力の強いムラ社会を象徴するものになっている。
本作のポスタービジュアルは薪能の舞台に出演者が並ぶ写真になっているが、これって藤井監督の『ヤクザと家族 The Family』と全く同じ構図で芸がない。この能面の村人集団の方が人目を引くのにな。
それと、舞台となった霞門村。昔ながらの集落から見上げる山の上に巨大なごみ処理施設がそびえている。ロケ地は京都美山のかやぶきの里のようだから、この工場は合成で加えたのだろう。
河村プロデューサーのお題のうち、さすがにゴミ処理施設爆発は却下されたらしいが、この大迫力の風景だけでも映画的には効果十分。
人生の絶望に一条の光
さて、この難題を採り上げたこと苦労はあったと思うが、映画としての出来栄えはと言われると、正直悩ましい。
日本全体も大きなムラ社会といえるから、この村の出来事は誰にでも身近にありそうなものなのだろう。その中で、周囲から不条理な扱いを受け続け、八方塞がりの人生に希望を捨てて、惰性で生きている優の姿には引き込まれる。
だが、そこから先、歯車が好転し始めてからの話の流れがよく見えず、共感がしにくいのだ。

優の母親(西田尚美)は酒とパチンコに溺れてヤバそうな人物・丸岡(杉本哲太)に多額の借金を作り、それを優が返済している。
施設では丸岡が絡んだ不法投棄の仕事も請け負い、バイオハザードの危険物が夜に処分場に持ち込まれる。村長(古田新太)も透(一ノ瀬ワタル)もそれに関与しており、優も片棒を担がされている。
せまい村では、みんなが優のことを疎んじる。この村落に不相応な施設の建設を巡って、過去に反対運動があった。反対派だった優の父親は村八分にされ、その扇動者を殺して自身も焼身自殺した。残された妻子は、その後も白い目で見られた。

生きる力を失っている優を元気づけ、親の罪を背負うことはないと彼を励ます美咲(黒木華)。彼女の助けもあり、優は小学生の工場見学ツアーの案内をするようになり、次第に人生に希望の陽射しが注ぎ始める。
ここから先はネタバレになるので後述するが、後半に人生大逆転で爽快に復讐を果たすような展開ではない。
単純な行動原理で突き進んだ藤井監督の快作『最後まで行く』とは違うテイストなのは分かっているが、この複雑でスッキリしない終盤は個人的には苦手だ。主人公と同じように、現実社会にもっと打ちのめされていると、共感度合いが違うのか。
キャスティングについて
主人公・片山優を演じた横浜流星は、その空手家としての実力や『春に散る』でのボクサーの動きから、一ノ瀬ワタルに殴られっぱなしの筈がないと思って見ていた。
だが、そうだよな、ここは『線は、僕を描く』に続き<静>のキャラだから、拳は封印しないといけない。無精ひげの精悍なマスクに目だけが光を放つ。
ヒロイン・中井美咲役の黒木華は『余命10年』に続いての藤井作品起用。その前の『ノイズ』も田舎の集落で問題が起きる話だった。

インパクトが強いのは、この二人の旧友だった元ガキ大将の大橋透役の一ノ瀬ワタル。頑強な肉体の上腕にでかでかとタトゥー。見るからにヤバい輩。
流星との格闘家同士のファイトは見応え十分。スターサンズの問題作『宮本から君へ』と同様の卑劣漢役を今回も好演。余人をもって代えがたい。
施設で優に代わっていじめられるようになる同僚の筧龍太に奥平大兼。『MOTHER マザー』で毒親・長澤まさみの息子役だった少年も、その後活躍が目覚ましい。
そして美咲の弟のマジメ少年・恵一役に作間龍斗。彼は『ひらいて』のときも思ったが、アイドルとは思えないほど自己主張を消した演技がいい。本作でも、正義感の強い恵一の行動が、事態を大きく動かすことになる。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
ゴミ処理場には深い穴が開いていて、そこから何かが聴こえるようだ。この穴の意味は語られない。優の父親が放火した時にも存在した。そこには、昔からのこの村の恨みつらみが蓄積されているのかもしれない。
映画に章立てはないが、第1章では人生に希望を見出せず無為な生活を送る優の日常。透にはいじめられ、母親はパチンコ三昧。そこに美咲が帰ってくる。
第2章では広報担当の美咲の勧めで、施設のPRのための児童への案内やTV出演を優に任される。ここから彼の人生は好転するかに見える。「ここから人生逆転だ。生きてるって感じだな」と、村長(古田新太)も背中を押す。

本編中に『邯鄲』という能の演目が紹介される。宿でご飯が炊けるまでの間に邯鄲の枕で寝た男は、皇帝の座につき50年、国を統治する夢を見ていた。だが目を覚ますと元の宿におり、それは「一炊の夢」であったと言う話。
本作では第3章、恵一(作間龍斗)がバイオハザードの不法投棄を刑事(中村獅童)に通報することで、優は一炊の夢から目覚めることになる。
更に、ゴミ処理場からは例の穴から遺体も発見。それは、優と美咲が正当防衛で死なせてしまった透の死体だった。問題の隠蔽・解決をすべて村長に押し付けられる優は、恵一に偽証をさせようとするが、彼は拒絶する。
自分を英雄視してくれた恵一に卑劣な行為をさせようとしていた優は、おのれの愚かさに気づき、そして最後には、最大のゴミといえる人物と対峙する。

それが解決といえるのかは分からないが、結局優は、世間に忌み嫌われた父親と同じように屋敷に火をつける。因果応報。作品にいつも何かメタファーを登場させる藤井道人監督、本作では<霧>なのだそうだ。
それは優の内面にある不明瞭なものの暗喩であり、第3章では雲散霧消するということだが、そこまで内面が明瞭化されたとは思えなかった。そもそも、心の内面を写すのは<濃霧>ではなく<能>ではなかったか。