スピルバーグの『ウエスト・サイド・ストーリー』と、ミュージカル映画の金字塔『ウエスト・サイド物語』を徹底比較。
『ウエスト・サイド・ストーリー』
West Side Story
公開:2022年 時間:152分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督: スティーヴン・スピルバーグ 原作: アーサー・ローレンツ 「ウエスト・サイド物語」 キャスト マリア: レイチェル・ゼグラー トニー: アンセル・エルゴート ベルナルド:デヴィッド・アルヴァレス リフ: マイク・ファイスト アニータ: アリアナ・デボーズ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
『ウエスト・サイド物語』
West Side Story
公開:1961年 時間:152分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督: ロバート・ワイズ ジェローム・ロビンズ キャスト マリア: ナタリー・ウッド トニー: リチャード・ベイマー ベルナルド: ジョージ・チャキリス リフ: ラス・タンブリン アニタ: リタ・モレノ
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
あらすじ
1950年代のニューヨーク。マンハッタンのウエスト・サイドには、夢や成功を求めて世界中から多くの移民が集まっていた。社会の分断の中で差別や貧困に直面した若者たちは同胞の仲間と集団をつくり、各グループは対立しあう。
特にポーランド系移民の「ジェッツ」とプエルトリコ系移民の「シャークス」は激しく敵対していた。そんな中、ジェッツの元リーダーであるトニーは、シャークスのリーダーの妹マリアと運命的な恋に落ちる。ふたりの禁断の愛は、多くの人々の運命を変えていく。
レビュー(ネタバレあり)
リメイクの意味合いとは
ロバート・ワイズ監督とジェローム・ロビンズ共同監督によるミュージカル映画の金字塔『ウエスト・サイド物語』(1961)を、何を血迷ったか巨匠スティーヴン・スピルバーグがリメイクしたという。そこにどんなねらいがあるのだろう。
例えば、その『ウエスト・サイド・ストーリー』と本年アカデミーを競い作品賞を獲った『コーダ あいのうた』のように外国映画の良作をハリウッド・リメイクする、或いは納得のいかない過去作を監督自らセルフ・リメイクするというのなら理解できる。
◇
だが、今回の元ネタは多くの人々を魅了した燦然と輝く名作ではないか。無名の監督が、クラシックな名作の威を借りて名を挙げようというのでもないし。
本作の元ネタは1957年にブロードウェイで上演された同名のミュージカルだ。刹那的な芸術である舞台作品が演出家やキャストを替えて何度も再演されることには意味がある。
だが、映画は未来永劫残るものだ。今の世代にも観てほしいのならば、リメイクよりも4Kデジタルリマスター化したり、(60年代にはとても敵わないとしても)少しでもスクリーンの大きなシネコンで見られるようにしたり知恵を絞った方が、よほど有意義ではないか。
改めて気づかされる旧作の素晴らしさ
いきなり理屈っぽくなってしまったが、先日『ウエスト・サイド・ストーリー』(以下、『ストーリー』)を鑑賞した際に、心配していた以上に感動も興奮も少なかったので、念のため『ウエスト・サイド物語』(以下、『物語』)を観返してみたところ、旧作の出来栄えの凄さに改めて気づかされた。
そうはいっても新作にも見どころはあり、少し丁寧に掘り下げてみようということで今回のレビューを書いている。
◇
新旧両作品とも、マンハッタンを俯瞰する場面から入るが、『ストーリー』はすぐに、リンカーンセンターの再開発予定地が舞台だと見せる。
これは、『ストーリー』のオリジナルとしている舞台版の初演にあたる1957年と重なり、しかもその再開発のためにプエルトリカンや初期の移民たちが追い出され、人種的な対立が激しくなっている時期や時代であるということが、伝わるようになっているのだろう。きちんと歴史的背景を示すのはスピルバーグらしい。
ただ、『物語』での冒頭、意味不明なストライプと原色の画面だけで一曲聴かされて不安感や想像をかき立てられ、それが摩天楼とわかり、やがてジェッツの面々が広場で指をスナップさせ、通りを歩きながらバレエダンサーのように舞う姿のインパクトには敵わない。
ジェッツの個々のメンバーの顔立ちやファッションは、『ストーリー』の方が洗練されていそうなのに、集団として見ると『物語』の方がキマっているように感じる。街中で舞うシーンも、空間的広がりは『ストーリー』が優るのに、どこか団体競技としてのダンスのようで、これも『物語』のほうが高揚感がある。
この時代、黒人はハーレム地区に住んでいており映画には登場せず、本作では白人でありながら当時最下層とされていたポーランド系の移民の子たちが結成するジェッツと、プエルトリコ系の若者たちの集まりシャークスとの人種的な対立が描かれている。
不良でカッコいい若者たちのチーム同士の抗争は、現代の日本のヤンキー(不良少年)映画にも影響を与えているように思う(ジェッツはシャークスにグリンゴ呼ばわりされてたから、Yankeeなのかも)。
キャスティングについて
対立する二チームの中で、シャークスのリーダーであるベルナルドの妹マリアが、今はチームとは一歩身を引いているもののジェッツの一員であるトニーとダンスパーティで見初め合い、恋に落ちる。現代版のロミオとジュリエットだ。主要キャストはこの三人に加え、ジェッツのリーダー、リフと、ベルナルドの恋人アニタ。
- マリア: ナタリー・ウッド
レイチェル・ゼグラー - トニー: リチャード・ベイマー
アンセル・エルゴート - ベルナルド: ジョージ・チャキリス !
デヴィッド・アルヴァレス - リフ: ラス・タンブリン
マイク・ファイスト - アニタ: リタ・モレノ !
アリアナ・デボーズ !
『物語』配役 『ストーリー』配役
! はアカデミー賞助演男優/女優賞受賞者
配役の評価は主観的の最たるものだろうが、マリア役の大女優ナタリー・ウッドと比較される運命のレイチェル・ゼグラーは大抜擢のデビュー作でありながら大健闘だった。美しきヒロインの解釈にも、時代の変化が感じられ興味深い。
前作ではあまりに名も売れ、また眉目秀麗だったジョージ・チャキリスのベルナルドには、今回プロボクサーという設定が与えられるが、キャラ的にはただのゴロツキになり下がった感が強く、印象に残らない。
逆にトニーは主役ともいえる役ながら、前作では軟弱で世間知らずの若者にみえ魅力に乏しかったが、『ベイビー・ドライバー』(エドガー・ライト監督)のアンセル・エルゴート演じる新作のトニーは、逮捕歴のある設定やナイーヴさを感じるみかけがハマった。
トニーが働いているドクの店。前作で初老の白人男性だったドクは、若者たちを理解し道を正してくれる味のある役だったが、新作ではそのドクと結婚したプエルトリコ系のバレンティーナが、夫亡き後店を切り盛りしている設定に。その役を前作でアニタを演じたリタ・モレノがやっており、前作に敬意を払っている。
アニタ役の二人は新旧とも助演女優賞でオスカー獲得。新作では歌手であり『ザ・プロム』等ミュージカルでも活躍のアリアナ・デボーズ。
空間は広ければよいのではない
全般的にいえることだが、『ストーリー』は技術の向上や予算的な差異もあるのか、画面は明るく、画質もよいし、何より映像空間が広い。これは一般的には歓迎すべき点だが、本作はその欠点を逆に活かした画面作りをした『物語』が一枚上手だったと思う。
ストリートを追いつ追われつの両軍の縄張り争いは、狭いストリートの使い方や、空を埋め尽くすようにそびえ立つアパート群のとらえ方がいい。ダンスパーティでの迫力の<マンボ>のダンス対決も、大きな体育館で生バンドの『ストーリー』は空間の広さと人数に勝るが、狭い室内でぶつかり合うように踊る『物語』が迫力にまさる。
スケールを活かして大勢が踊る中で、遠くで目が合い運命を感じるマリアとトニーのシーンは、『ストーリー』の方が美しいが、その後に舞台裏で二人だけで踊るシーンはやや無理があるし、マリアからキスをしてくるのも意外。ここは保守的に、集団のなかで鳥の求愛ダンスのように踊って最後にどちらからともなくキスする『物語』が観ていて安心。
◇
元気のよい<アメリカ>の曲は、『物語』ではシャークスと女性陣がビルの屋上で男女に分かれて<花いちもんめ>のように踊りだす。これも、ビルの看板越しに薄暗い夜空が見える空間のヌケが良かったのだが、『ストーリー』ではストリートのど真ん中で、白昼堂々リオのカーニバルのように踊り騒ぐ。『イン・ザ・ハイツ』なら分かるのだけれど、本作のテイストとは違う気がした。
有名な曲のひとつ<クール>に関しては新旧で大きな違いがある。『ストーリー』では決闘を前に銃を入手して興奮しているジェッツの仲間たちに「クールになれ」とトニーが落ちつかせる場面で登場する。
一方『物語』では、決闘でリフが殺されてしまい、復讐に燃え興奮状態になっている仲間たちに、ジェッツ二番手で冷静なアイスが「Get cool, boy」と歌うのである。
スピルバーグは、舞台版すなわちオリジナルから採用したようだが、映画的には『物語』のほうが盛り上がる。最初の決闘前に「冷静に」とやるよりも、ともに仲間が刺殺され、ヒートアップした後のほうが効果的なシークエンスだ。
その決闘にしたって、塩倉庫(『ストーリー』)よりも、金網で囲まれた閉鎖空間である高架下(『物語』)の方が、絵的にサマになる。
マジメか、スピルバーグ
舞台設定で『ストーリー』の方が良かったと思ったのは、マリアとトニーが駅で待ち合わせてデートするクロイスター教会(ステンドグラスが美しい!)と、前作でお針子をやっていたブライダルショップの設定をギンベルス百貨店に変更したこと。この二つは映画に彩りを添えることに成功した。
最も有名な、アパート裏の階段越しに愛を語らい<トゥナイト>。ここはさすがに両作品とも見応えがある。夜のアパート裏に大量の洗濯物が干される中、強引にマリアに会いに来るトニー。ここはスピルバーグも、奥行きのある空間の作り方が見事だった。
スピルバーグは天才肌だが真面目な人なので、『ストーリー』では前作以上にきちんと時代背景を取り込み、また現代的なアレンジも施している。
女なのにジェッツに憧れてメンバーになりたがっているエニバディという役は新旧ともにいるが、新作では一層性別不明になっていて、トランスジェンダーのような雰囲気にしている。アニタがドクの店でジェッツの連中にレイプされそうになるシーンも、新作ではいわれないと分からないほどマイルドな描き方で、かつ、それを制しようとする女性キャラまで登場させている。
◇
これまでウェスト・サイド・ストーリーを観たことがない人が初めてスピルバーグ版を観れば、きっと感動できると思う。だが、旧作を知る人で、新作がそれを越えたと思う人はそう多くはないだろう。それは単にノスタルジーに浸っているせいではない。
世の中には、どんな巨匠だろうがリメイクなどに手を出してはいけない、神のような傑作が存在するのだ。