『子供はわかってあげない』
上白石萌音演じる水泳部女子の美波と、細田佳央太演じる書道部男子のもじくんの、ちょっと不思議な青春恋愛映画。
公開:2021 年 時間:138分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 沖田修一 脚本: ふじきみつ彦 原作: 田島列島 『子供はわかってあげない』 キャスト 朔田美波: 上白石萌歌 門司昭平: 細田佳央太 門司明大: 千葉雄大 朔田清: 古舘寛治 朔田由起: 斉藤由貴 藁谷友充: 豊川悦司 善さん: 高橋源一郎 ミヤジ: 湯川ひな 水泳部顧問: 坂口辰平 じんこ: 中島琴音 じんこの母: 兵藤公美 門司の祖父: 品川徹 阿堀先生: きたろう
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
ひょんなことがきっかけで意気投合した美波(上白石萌歌)ともじくん(細田佳央太)。美波のもとに突然届いた「謎のお札」をきっかけに、二人は幼い頃に行方がわからなくなった美波の実の父を捜すことになった。
探偵をしているというもじくんの兄・明大(千葉雄大)の協力により、実の父・藁谷友充はあっさりと捜し当ててしまった。美波は今の家族には内緒で、友充に会いに行く。
レビュー(まずはネタバレなし)
沖田修一監督にみる原作愛
マンガ大賞2015で2位にランクインした田島列島の人気原作「子供はわかってあげない」を沖田修一監督が実写映画化。上白石萌歌が演じる水泳部女子の朔田美波と、細田佳央太が演じる書道部男子のもじくんとの、運命の出会いからひと夏の冒険までを描いたガール・ミーツ・ボーイの青春もの。
沖田修一監督作品とは相性の善し悪しがいつもはっきり分かれるのだが、この作品はとても好きだ。今までのお気に入りだった『横道世之介』に匹敵する作品。
◇
原作は未読なのだが、沖田修一監督はもともとこのコミックの愛読者だったそうで、共同脚本のふじきみつ彦とともに、相当考えて脚本に落とし込んでいるのではないかと思われる。二時間ちょっとの映画にまとめるために、原作の良さを残して、何を捨てどこにフォーカスするべきかが、よく練られている。
鑑賞後にちょっと原作を流し読みしてみたが、結構大胆に削ったエピソードも多く、ハードボイルドな部分もほぼ捨象されているのだが、純粋で恋愛ベタなふたりの青春映画として成立させるためには、良い判断だったと思う。
KOTEKOがツナグ出会い
映画は冒頭、イマドキの魔法少女系なアニメが結構長く流れる。セメントのお父さんを探すコンクリとモルタルの兄弟。ゆるキャラ勢ぞろいの中で、コテを持った魔法少女が現れる。なんじゃこりゃ、的なオープニングだ。実はこれ、美波が熱愛しているTVアニメ『魔法左官少女バッファローKOTEKO』のシーンなのだ。
美波は居間で父親の朔田清(古舘寛治)と一緒にエンディングテーマを歌い踊る。その奥では晩御飯の準備をする母の由起(斉藤由貴)と小さな弟。典型的な幸福な家庭の日常のひととき。
この一家団欒のシーンは、カメラフィックスで延々とワンシーンワンカットで撮られている。あまり意味は感じられず、動きはあるが結構長い。この調子で長回しのシーンが続くと退屈そうだと心配になる。
そして、いよいよ運命の出会いだ。水泳部の練習中、美波は校舎の屋上にチラッと見えたあるものが目に留まり、練習後に屋上に駆け上がる。
そこには、知らない男子生徒が書道部の看板にKOTEKOのイラストを描いている。これが書道部のもじくんとの出会い。きっかけはKOTEKOだ。ともに熱烈なファンであり、意気投合する。
童貞臭のする高校生男子が、見知らぬ他のクラスの女子(しかもカワイイ)に突然話しかけられ、しかも共通の趣味で大盛り上がりなのだから、「そりゃ、好きになってまうやろ」と思うのだが、そういう流れとは無縁の展開である。
二人がマニアックな会話をしたり、声優になりきって台詞を交わしたりして校舎内を歩く様子を、カメラはワンカットで延々と追う。朔田家での長回しは退屈だったが、こちらは楽しい。
◇
『魔法左官少女バッファローKOTEKO』はこうして重要な役割を担うから、アニメにも気合いが入っていたのだ。冒頭のアニメは、監督・菊池カツヤ、キャラクターデザイン・奥山鈴奈、制作は颱風グラフィックス。沖田修一監督も相当噛みこんでいるらしい。
実写映画の中で本筋と独立して本格アニメを見せるのは、堀北真希の『麦子さんと』(𠮷田恵輔監督)以来ではないか。でも、本作の方が、物語にちゃんと絡んでいるかも。
新興宗教に探偵と盛りだくさん
さて、このあとは普通に学園ラブコメなのかと思ったら、なんともじくんの実家は由緒ある書家の家柄で、美波が訪ねていくと、祖父の門司先生(品川徹)がいる。(「もじくん、いますか」「門司くん、だけど」と答える品川徹がじわる)。
門司先生が代書している新興宗教「光の匣」のお札が、自分に以前送られてきたのと同じものだと美波は気付く。そのお札の送り主はおそらく、幼い頃に離婚した父親。ここから美波は、探偵をしているというもじくんの兄(千葉雄大)に、父親探しを依頼する流れとなる。先の見えない展開が楽しい。
水泳とKOTEKOをこよなく愛する女子高生の美波を演じる上白石萌歌が素晴らしい。沖田修一監督は『横道世之介』での吉高由里子も原作ドンピシャだったが、本作での起用も絶妙。まじめな話になると笑いたくなってしまう性質を、あんなに自然に、しかもキュートに演じられるのは天性の才能。
本作では背泳ぎの選手だが、テレビドラマ『3年A組-今から皆さんは、人質です-』でクロール、大河ドラマ『いだてん』では平泳ぎ、あとはバタフライで個人メドレー達成となり、現在バタフライの選手の役を熱望しているそうだ。笑える。スク水ファンならずとも、健康的な彼女の魅力にはみんな惹きこまれてしまいそう。
対するもじくんこと門司昭平を演じた細田佳央太は、まさに彼しかできないようなキャラ設定だったと思う。
もじくんは本作では自分をボク、美波を朔田さんと呼び、およそ争いごととは無縁の好青年キャラなわけだが、細田佳央太の主演デビュー作である『町田くんの世界』(石井裕也監督)の主人公とほぼ同じといってよい。さすがに不器用な格好で走り出す姿も風船持って空を飛ぶ姿もなかったが。
なので、彼としてはもじくんは得意分野だろうが、言い換えればもっと別のキャラに挑戦した気持ちもあったかもしれない。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
探偵仕事はわりとあっさり目
美波の父親捜しを依頼したもじくんの兄は、性転換手術を受けて現在は女性になっている。門司家から勘当され、古書店に居候しているこの兄を、千葉雄大が女性を過度にデフォルメせずに演じている。
沖田修一監督は、千葉雄大をこのように彼特有のキラキラ感を抑えて使うのが好きなようだ。『モヒカン故郷に帰る』の松田龍平の弟役でもそうだった。
本作での千葉雄大は好演なのだが、じつにあっけなく父親がみつかってしまい、探偵家業としての活躍が相当省略されているようだ。原作ではもっとここが重厚らしいので、彼や原作の兄キャラファンには物足らないのかもしれない。
◇
古書店主の高橋源一郎はいい味を出すが、美波の父親の顔と名前が掲載される指圧治療院のウェブサイトをもじくんに見せて、「年寄りが迂闊にこんなことしちゃだめだ」というのは、意味が分からなかった。失踪しているのに、ネットで顔出しするなという意味か?
探しあてた父との再会
そして、すぐに見つかって美波が訪ねていく父親の藁谷友充(豊川悦司)。人の頭の中がみえるといい、「光の匣」の教祖だったのだが、いまは力を失い、指圧師になっている。
探偵に捜索依頼をしたときに美波が見せた写真には、きたろうが写っていたため、てっきり彼が父親だと思っていたが、写真を撮ったのが父親だったのか。ちなみに、きたろうは友充の勤める阿堀指圧治療院の院長。そして阿掘の幼い娘のじんこ(中島琴音)が、友充に懐いている。
◇
両親の目を盗んで、水泳部の合宿を装っては父に会いに来る美波。今の両親との生活は満ち足りており、不満はない。だが、なきものにされている離婚した父親の存在を不憫に思い、会いに行きたいと思うのだ。
トヨエツが演じる、ちょっと不気味な大男の友充が、訪ねてきた娘と再会し、互いに距離感もつかめないが数日一緒に、ぎこちなく田舎の海辺で暮らすシーンがとても温かい。
毎日食事の献立を考え、家になかったテレビやKOTOKOのDVDまで買い込んでくる父。互いの気遣いも感じられるし、語り過ぎる台詞もない。
美波がじんこに海で水泳を教えてあげるエピソードも良いアクセントになっている。誰もいないきれいな海でミナミスイミングスクール。先生の話し方が、水泳部顧問(坂口辰平)の口ぐせの「なっ」になっているのが笑。
父親が新興宗教の教祖というから、『愛のむきだし』(園子温監督)みたいにヤバイ世界に拉致され洗脳されてしまうのかと心配したが、どうやら違った。
「自分の意識をミルフィーユにして、相手のミルフィーユに差し込むと、頭の中が見えるのだ」と父は言うが、さっぱり美波には分からない。水泳や書道と違い、人は教わったものでなければ、うまく教えられないのだ。
ほんの数日の父と娘で暮らした日々の思い出を胸に、美波は帰っていく。父親の心情を思うと切ない。友充は一人に戻ると、娘を理解しようとKOTOKOのアニメDVDを観る。
おかえりモカ
ここからの終盤は上白石萌歌の独壇場だ。まずは、家に戻ってからの母親(斉藤由貴)との場面。娘の嘘を見抜いていた母だが、別れた夫に会いに行っていたと知り驚く。
嘘をついたことを謝り、涙をこぼす美波を、「もう嘘はつかないでね。また会いに行ったってOK牧場」と優しく抱く母。
今のお父さん(古舘寛治)だって、優しくて好きだけど、一人で離れて暮らすお父さんも忘れたくない。娘の気持ちを、母親がきちんと理解している。斉藤由貴の泣かせる場面を観るのは、いつ以来だろう。
そして美波は最後に、もじくんと出会った因縁の校舎屋上で、再び看板を書いている彼をみつけ駆け寄る。屋上で正座する美波に、同じように向き合うもじくん。
自分の想いを伝えようとするのに、何度も笑ってしまう美波。でも、ふざけているんじゃない。全てわかっている様子のもじくん。
「もじくんが好き。もじくんが好き」
「ぼくも。自分がいいものにみえてくるよ」
どこまでも謙虚だ。
この二人の告白シーンは、とても不器用で笑いすら起きてしまうのだけれど、実に真剣でピュアで胸を打たれる。あのタイミングで、ゲラゲラ笑った直後にきちんと泣ける上白石萌歌に女優魂をみた。
◇
青春恋愛ものなのに映画のラストまで告白をひっぱる展開もまた、細田佳央太の『町田くんの世界』のようだが、この二人をみていると、高校生に戻りたくなってくる(彼らほど甘酸っぱい思い出はないけど)。
東宝シンデレラが主演の水泳部映画は、長澤まさみの『ラフ ROUGH』(大谷健太郎監督)に尽きるかと思っていたが、15年を経て上白石萌歌がこんなに泣ける作品で勝負を仕掛けてくるとは思わなかった。