『バンクーバーの朝日』今更レビュー|水島漫画で野球のカット割りを学んで

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『バンクーバーの朝日』 

石井裕也監督が描く、戦前カナダに実在した日本人移民の野球チームの物語。オープンセットは立派だけど。

公開:2014 年  時間:132分  
製作国:日本
  

スタッフ 
監督:      石井裕也
脚本:     奥寺佐渡子
キャスト
レジー笠原:  妻夫木聡
ロイ永西:   亀梨和也
ケイ北本:   勝地涼
トム三宅:   上地雄輔
フランク野島: 池松壮亮
エミー笠原:  高畑充希
笠原清二:   佐藤浩市
笠原和子:   石田えり
笹谷トヨ子:  宮崎あおい
ベティ三宅:  貫地谷しほり
トニー宍戸:  鶴見辰吾
杉山せい:   本上まなみ

勝手に評点:1.5
      (私は薦めない)

(C)2014「バンクーバーの朝日」製作委員会

あらすじ

1900年代初頭、新天地を夢見てカナダへと渡った多くの日本人が、過酷な肉体労働や貧困、差別という厳しい現実に直面する。

日本人街に誕生した野球チーム「バンクーバー朝日」は、体格で上回る白人チーム相手に負け続け、万年リーグ最下位だった。

ある年、キャプテンに就いたレジー笠原(妻夫木聡)は、偶然ボールがバットに当たって出塁できたことをきっかけに、バントと盗塁を多用するプレースタイルを思いつく。

その大胆な戦法は「頭脳野球」と呼ばれ、同時にフェアプレーの精神でひたむきに戦い抜く彼らの姿は、日系移民たちに勇気や希望をもたらし、白人社会からも賞賛と人気を勝ち取っていく。

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今更レビュー(ネタバレあり)

オープンセットは素晴らしいが

戦前のカナダで活躍した日系移民の野球チーム「バンクーバー朝日」の実話を石井裕也監督が映画化したもの。

立派な野球場をはじめ、日系移民が住んでいる日本人街、その隣にある白人街など50棟ものビルや家屋を含む巨大オープンセットが、足利市に作られたそうだ。

たしかに、冒頭にいきなり出てくるバンクーバーの街並みは壮大で本格的だ。ハリウッド級の製作費かと思ってしまう。

だが、残念なことに、この映画で私が目を留めたのは、この冒頭のオープンセットくらいだ。あとは呆れるほどに盛り上がらない。

失礼ながら、このゴージャスなオープンセットと、きらびやかなキャスティングで、よくもここまで面白みに欠ける物語が撮れたものだ。

バンクーバーの朝日 オープンセット 空撮

野球の描き方がまるでダメ

最大の難点は、本作のメインである野球の描き方がまるでつまらないことだろう。実話ベースというのだから、事実に基づいているのかもしれないが、娯楽作品である以上、多少の演出は必要だ。

本作は、万年最下位の弱小チームであるバンクーバー朝日が、身体の大きさやパワーではとても敵わないカナダの白人たちを相手に、頭脳野球という活路を見出す話である。

妻夫木聡が演じる主人公・キャプテンのレジー笠原が偶然に思いついた、バントと盗塁を武器に、白人チームと伍していく物語。

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この頭脳プレーは、当時の人々には物珍しかったのかもしれないが、バントと盗塁主体の野球なんて、日本人にとって高校野球は勿論、プロ野球でも見飽きた戦法だろう。これを一大発見のように見せなければいけないのに、さしたる工夫もない。

弱小野球チームが練習と頭脳プレーで次第に強くなっていく話など、我々昭和の世代はさんざん野球漫画で経験してきたし、野球ドラマという題材がどれだけ面白くなるかを、先日亡くなられた水島新司先生のおかげで熟知している。

(C)2014「バンクーバーの朝日」製作委員会

だから、「いつも勝てなくてすみません」と日本人会の面々に頭を下げる妻夫木聡が、「あんなでかい白人連中に勝てるか」と愚痴りながらも、バントと盗塁だけでみるみる連勝し始めてしまうのは、あまりに安易でドラマがなさすぎる。

脚本の奥寺佐渡子は湊かなえのドラマや細田守のアニメなど多くの優れた脚本を書いてきた人物だが、今回は冴えない。野球に明るくないのではないか。

野球か家族ドラマか、どちらがメイン?

チームのコアとなるメンバーをみてみよう。ショートにキャプテンのレジー笠原(妻夫木聡)、ピッチャーにロイ永西(亀梨和也)とキャッチャーにトム三宅(上地雄輔)。サードのフランク野島(池松壮亮)とセカンドのケイ北本(勝地涼)

バッテリーの二人はさすがに分かるが、その他の内野はポジションも頭に浮かばない程度の描かれ方。外野とファーストに至っては、演者すらよく分からない扱いだ(芹澤興人らしき選手はいた)。

石井裕也監督は、野球経験のある俳優を起用して吹き替えをせずに試合シーンを撮りたかったようで、その意味ではメンバー編成は悪くないのだが、肝心の野球のシーンがいけてない

(C)2014「バンクーバーの朝日」製作委員会

野球をメインにしたいのか、選手たちのそれぞれの家庭事情を描きたいのか、その比重の掛け方もどっちつかずだったと思う。

妻夫木聡の家族には、家庭を顧みずに稼いだ金をほとんど祖国に送金してしまう、ええかっこしいの父(佐藤浩市)と、そんな夫についにブチ切れる母(石田えり)、カナダ人家庭で働く優等生の妹(高畑充希)がいる。

白人社会と距離をおき、勝手気ままで破天荒な父親と息子が最後には打ち解ける話と、カナダ人社会に溶け込み、奨学金で進学できそうだったのに、開戦前の情勢下で夢を断たれる妹

いずれも、本作では家族を描いた重要なパートのはずだが、どうも胸に刺さらない。

突然に「Take me out to the ball game」を酒場で歌い出したり、「この国を好きでいたい」と言いだす高畑充希。これで泣けるほど、観る側に(少なくとも私には)共感のボルテージが高まっていない佐藤浩市がグローブをプレゼントしてくれる挿話も、よく分からん。

(C)2014「バンクーバーの朝日」製作委員会

その他キャスティング

上地雄輔には妻(貫地谷しほり)と幼い子、それに父(岩松了)がいる。仕事も終わらないのに、すぐに練習にいく夫を妻は苦々しく思っているが、チームが勝ち始めると、日本人の誇りとしてみんなが夫を見る目が変わる。

そのほか日本人街には、カナダ日本人会会長の大杉漣はじめ光石研田口トモロヲといったバイプレイヤーズの面々徳井優ユースケ・サンタマリア。また女性陣には、日本人学校の先生に宮崎あおい、娼館には本上まなみ

移民の連中がみな、小粒ながら不思議と白人チームに勝っていく朝日軍のメンバーを応援している。

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それはいいのだが、豪華助演俳優陣を総花的に使い過ぎていて、どれも印象が薄い。宮崎あおい本上まなみも、思わせぶりな登場のさせ方のわりに、人物のバックグラウンドは何も示されず、勿体ない起用法だ。

カナダ人も開戦が濃厚になるまでは完全な敵ではなく、中には日本人に一定の理解や愛情を示す人もいる。

頭脳野球で勝ち始める朝日軍を応援し、ひいきする審判にフェアにやれと抗議するカナダ人など、親日派を取り上げてはいたが、もう少し強めても良かったように思う。白人キャストにこれはというキャラがいないのも寂しい

(C)2014「バンクーバーの朝日」製作委員会

試合の見せ方がトホホ

このように日本人街の人々のドラマがあっさり目だというのに、終盤の白人チームとの決勝戦の描き方もまた、中途半端だ。

鶴見辰吾演じる監督が「思い切り遊んで来い!」とナインを送り出すシーンに、ゲームの盛り上がりを期待したのだが、正直、試合内容をきちんと見せる姿勢は感じられない

決勝戦でもバントと盗塁主体なのはよいとして、最終回に朝日軍が逆転するのかどうかのクライマックスで、走者が何人いて、どの塁のランナーが誰かをはっきり見せないのは、野球ドラマになり得ていない。

ナレーション抜きで勝ち負けが分かりにくい見せ方では、盛り上がりようがない。

(C)2014「バンクーバーの朝日」製作委員会

この試合ののち、しばらくしてから真珠湾攻撃で戦争が始まる。すべての日系移民は強制収容所へ移住させられてしまい、日本人街は朝日軍の存在ともども、歴史の闇に葬り去られる。

2002年にカナダ・トロントで地元ブルージェイズがシアトル・マリナーズを迎え撃つ一戦、イチローや佐々木、長谷川が見守る始球式に、朝日の選手たちが登場し、球場はスタンディングオベーションで包まれたという。

翌2003年には、朝日はカナダ野球の殿堂入りを果たし、地元紙は60年前のように「昨日も朝日の勝利だった」と見出しをつけた。粋な計らいだと思う。

この辺の内容は、映画の紹介記事には登場するくせに、本編にはまるで出てこない。ラストに、殿堂入りしたと紹介され老人が一瞬写るだけだ。物足りない。

でも、本編観てもまるっきりなのに、この紹介記事読んだ方が感動するって、どういうことだろう。始球式の実際映像をつけてくれれば良かったのに。ああ、亀梨和也の華麗なるピッチングをもっと観たかった。