『スワロウテイル』
swallowtail butterfly
岩井俊二監督が東京湾岸に作り上げた、日本が元気だった頃の理想郷・円都(イェン・タウン)。
公開:1996 年 時間:149分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 岩井俊二 キャスト グリコ: CHARA アゲハ: 伊藤歩 ヒオ・フェイホン: 三上博史 リョウ・リャンキ: 江口洋介 ラン: 渡部篤郎 シェンメイ: 山口智子 アーロウ: シーク・マハメッド・ベイ ニハット:アブラハム・レビン レイコ: 大塚寧々 ホァン: 小橋賢児 デイヴ: ケント・フリック 星野: 洞口依子 須藤寛治: 塩見三省 葛飾組組長: 渡辺哲 浅川: 武発史郎 町医者: ミッキー・カーチス 鈴木野清子: 桃井かおり
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
<円>が世界で一番強かった時代。一攫千金を求めて日本にやってきた外国人達は、街を円都(イェン・タウン)と呼び、日本人達は住み着いた違法労働者達を円盗(イェン・タウン)と呼んで卑しんだ。
少女(伊藤歩)は、円都の娼婦だった母が死んでしまい、行き場がなくなった末、娼婦グリコ(CHARA)の元に引き取られる。
胸に蝶のタトゥーをつけ美しい歌を歌うグリコは、それまで名前がなかった彼女にアゲハの名前を与える。グリコもまた、上海から日本にやってきた円盗だった。
アゲハは次第にグリコたちとの生活に溶け込んでいくが、ある日、仲間の一人が、アゲハを強姦しようとしたヤクザ(塩見三省)を誤って死なせてしまう。男の体内にはなぜか、カセットテープが入っていた。
今更レビュー(ネタバレあり)
円都イェン・タウンに巣食う円盗
<円>が世界で一番強かった時代。円都(イェン・タウン)に夢を求め、日本に住み着いた違法労働者達の円盗(イェン・タウン)。
そしてそれを英語のテロップと伊藤歩による日本語で説明する冒頭から、この作品が築く世界観は、これまで岩井俊二が作ったものの中でもひときわクールに見える。
そういえば、<円>が力強くアジアを、そして世界を牽引していた時代があった。今は見る影もないが。
◇
『PiCNiC』からCHARAというディーバを、『FRIED DRAGON FISH』から殺し屋ナツロウのキャラクターを継承し、本作はイェン・タウンの世界を構築している。
舞台は東京湾岸だったり千葉や横浜だったり、会話は中国語と英語・日本語のミックスの猥雑な町づくりは、美術の種田陽平の仕事にも助けられ、独特の説得力を生む。
それは、川っぺりの平地の背景にそびえるタワマン群やそごうやパナソニックの看板など、国内ロケなのだから見えて当然のものに、なぜか違和感を覚えるほどの圧倒的な世界観だ。
グリコとアゲハ
円盗の母を亡くした少女(伊藤歩)が、巡り巡って行き着いた先は娼婦のグリコ(CHARA)。胸に蝶のタトゥーを入れたグリコは、それを褒める少女の胸に芋虫の絵を描き、アゲハの名を与え、妹のように面倒をみる。
本作は、まだ芋虫だった少女が蝶に成長する物語ともいえる。胸に蝶のタトゥーといえばマックイーンの『パピヨン』だが、岩井俊二が撮ると、全く違う映画になる。
<スワロウテイル>はツバメ(swallow)の物語(tale)だと当初は思っていたが、アゲハ(swallowtail)を意味しているとは。
グリコの恋人フェイホン(三上博史)や、何でも屋<青空>の店主ラン(渡部篤郎)らに助けられながら、たくましく生きていくアゲハ。
だが、ある日娼婦グリコの客・須藤(塩見三省)に襲われかけたアゲハを助けようと、ボクサー崩れのアーロウ(シーク・マハメッド・ベイ)が殴った結果、男を死なせてしまう。
墓に埋めようとすると、須藤の腹の中からカセットテープが出てくる。それは、チャイニーズマフィアのリョウ・リャンキ(江口洋介)が探し求めているものだった。
江口洋介のストレートなロン毛具合が、『東京ラブストーリー』時代を彷彿とさせる。彼が敵対する葛飾組組長(渡辺哲)を壊滅させるシーンが痺れる。
岩井俊二とバイオレンスの組み合わせはやや意外に思えるが、これはこれでクールな演出になっていて、悪くない。
偽札でライブハウス
本作のマクガフィンはこの<マイウェイ>の録音されたカセットテープだが、そこには一万円札券面の磁気データが記録されている。
それに気づいた円盗たちが、千円札を切り貼りしてセロテープでサイズアップし、万札の磁気データを上書きして偽札を作り、街中で両替して大金を手にする。
坂元裕二のドラマ『anone』や佐藤正午の『鳩の撃退法』に比べると、贋作を町で使用するドキドキ感は希薄ではあるが、まあ、映画の流れからはやむなしか。
これを資金源にライブハウスを手に入れ、そこで歌姫グリコに思いっきり好きなように歌ってもらうことがメインなのだから。
岩井俊二が『FRIED DRAGON FISH』 の続編として本作の原作を書き始めたのは、『打ち上げ花火、下から見るか横から見るか』の撮影直後。そして円都(イェン・タウン)という架空都市が生まれた。
だが、書き上げた小説が映画化されるまでに何本かの映画の撮影が入り、気がつけば、原作にあった複数のエピソードは、『Love Letter』や『PiCNiC』、石井竜也監督の『ACRI』に切り売りされていたという。そこから奮起して書き足した脚本が本作になっている。
従って、原作と映画では登場人物や物語が7割程度しか一致していないが、原作は小説としてコンパクトにまとまっている印象を受けた。
YEN TOWN BAND
岩井映画らしいヒロインとしては、これまでの大林作品とは全く異なる魅力を開花させた、アゲハ役の伊藤歩のクール・ビューティさに目が行ってしまう。
これは、『Love Letter』の酒井美紀や、『ラストレター』の森七菜にも相通じる<主人公でない方のヒロインの眩しさ>といえる。
だが、歌ともなれば、CHARAの独壇場だ。本作の映画としての醍醐味は、やはりCHARAがグリコとして歌うシーンだろう。
彼女の声で聴くと、爺さん世代の曲「マイウェイ」にも新しさを感じさせるし、何より映画の中のYEN TOWN BANDには、作品から飛び出して現実社会でも架空のバンドとして結成されるなど、規格外の魅力がある。
『Swallowtail Butterfly~あいのうた~』は心に残る名曲だ。なお、この曲のビデオクリップは、本作の併映短編として劇場公開されている。
その他、娼館に流れるのは、MY LITTLE LOVERの楽曲ばかりで、音楽的には小林武史の影響を全面的に受けている。岩井俊二と小林武史とのタッグは、のちの『リリイ・シュシュのすべて』や『ラストレター』にも繋がっていく。
岩井作品にはこれまでREMEDIOS(麗美)の音楽担当が多かったが、小林武史の音楽性との相性も悪くない。よい音楽は時代を超越する。
YEN TOWN BANDは2021年11月にも25周年ライブを行うなど、2015年に復活を遂げた以降も精力的な活動を続けている。
アジアの混沌を巧みに描き出す
これまでの岩井作品で常連の酒井敏也、田口トモロヲ、鈴木慶一、光石研らに加えて、バズーカぶっ放す山口智子とクールな渡部篤郎の諜報部員コンビ、水玉のアンブレラがキッチュな娼婦の大塚寧々、ロックなモグリ医者ミッキー・カーチス、そして雑誌記者の桃井かおりなど、脇を固める共演者陣も豪華で、楽しんでる感もある。
<手紙>も<双子>も出てこない、岩井作品にしては恋愛色の希薄な近未来の寓話といった感じの作品だが、クロスカルチャーのカオスをうまく感じさせる、時代を映し出した作品だったと思う。
<YEN TOWN BAND 上海ベイべ>の巨大広告をかけるシーンは、『PiCNiC』で無意味な存在感を示した海辺の巨大広告を思い出させる。どちらもCHARAが絡んでいるのが面白い。
結局、グリコとリョウ・リャンキが円都で生き別れになった兄妹だという点は、映画の中ではあまり有効利用されていない気がした。
だが、ラストシーンでアゲハが偶然橋の上で再会したリョウ・リャンキに、彼が探し求めていた「マイウェイ」の音楽テープを、そうとは知らず手渡す。この後の展開が観る者の想像に委ねられる終わり方は、切れ味が良くて気に入っている。