『エターナル・サンシャイン』
Eternal Sunshine of the Spotless Mind
喧嘩別れして、互いの記憶を消去してしまう恋人たち。ミシェル・ゴンドリー監督がチャーリー・カウフマンの脚本で描く切ない恋愛ドラマ。
公開:2004 年 時間:107分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督: ミシェル・ゴンドリー 脚本: チャーリー・カウフマン キャスト ジョエル: ジム・キャリー クレメンタイン: ケイト・ウィンスレット パトリック: イライジャ・ウッド メアリー: キルスティン・ダンスト スタン: マーク・ラファロ ミュージワック博士: トム・ウィルキンソン ロブ: デヴィッド・クロス
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
ジョエル(ジム・キャリー)は元恋人クレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)が、ラクーナ医院で特定の記憶だけを消去する施術を受けてジョエルの記憶を消したことを知り、自分も彼女の記憶を消そうと同じ施術を受ける。
だが、クレメンタインを忘れたくないジョエルの深層意識は施術に反抗、自分の脳内のクレメンタインの記憶を守ろうとする。
今更レビュー(ネタバレあり)
とにかく脳内をいじりたいカウフマン
喧嘩別れした彼女に仲直りしようと会いにいくと、完全に自分を見知らぬ人間として扱われる。わざとそうしているのではない。彼女は、恋人の記憶を丸ごと消去する施術を受けたのだ。
そこだけをとると、『トータルリコール』に代表されるP.K.ディック原作のSF映画を想像するが、本作はあくまで恋愛映画という立ち位置にこだわっている。
◇
監督のミシェル・ゴンドリーと脚本のチャーリー・カウフマンは、ブラックコメディの『ヒューマンネイチュア』(2001)でもタッグを組んだ仲。
更に、その製作に携わっていたスパイク・ジョーンズとチャーリー・カウフマンは、それ以前に、奇想天外な『マルコヴィッチの穴』(1999)を世に送り出している。
チャーリー・カウフマンは本作に限らず、『マルコヴィッチの穴』・『脳内ニューヨーク』、新作の『もう終わりにしよう。』など、脳内をあれこれいじくる話が好きなのだ。
◇
そして、近未来SFの設定でありながら、CGを使った特撮は極力回避し、手作り感のある、どこか懐かしい感じの絵作りをするため、不思議な温かみがある。
相棒であるスパイク・ジョーンズ監督の『her/世界でひとつの彼女』も、脳内の話ではないが、本作とどこか雰囲気が似ていることに気づく。
髪の毛の色の変化が手がかり
本作は、ぼんやり観ていると難解を極める物語であるが、そうと気づかせてくれるまでには中盤まで待たなければならない。
主人公の青年ジョエル(ジム・キャリー)は、恋人のクレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)が喧嘩した挙句に彼の記憶を消去してしまったことに腹を立て、自分も同じように彼女の記憶を消す施術を受ける。
だが、その施術の途中で、やはり彼女との大切な思い出を失いたくないと、脳内でもがき苦しむ奇想天外なラブストーリー。
◇
時系列をたくみに崩しているせいで、なかなか全貌を把握しにくいが、クレメンタインのヘアカラーがブルーからタンジェリン(オレンジ)、ブラウン、グリーンと何度も変わり、時間の流れや現実と脳内の区別を把握する手がかりとなる。
氷上で寝そべって夜空を見上げる
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
冒頭、部屋で目覚めたジョエルは、外に出て愛車のドアに大きな傷をみつけ、隣に駐めているクルマのせいだと考える。そして、出勤途中で突如思い立ち、モントーク行きの列車にのって、冬の海を見に行く。
そこで出会ったクレメンタインは、奇抜なルックスも言動も自分とはまるで正反対ながら、妙に意気投合し、すぐに親しい仲になる。
凍った川の上に寝そべって二人で夜空を見上げるシーンがなんとも美しい。そこに星空を映さなくても、十分にロマンティックな絵は撮れるのだ。芦田愛菜の『星の子』も、寝そべればよかったのに。
◇
それにしても、恋愛映画の導入部分にふさわしい、交際開始までのテンポの良さ。
ここで、不思議なカットがふたつ。まずは、彼女を部屋まで送ったジョエルのクルマに近づいてくる青年(イライジャ・ウッド)が、「大丈夫か?」と尋ねる。そして、タイトルバックでなぜか、ジョエルが車内で号泣し、カセットテープを車外に投げ捨てる。
引っかかった点が次第に解き明かされる
この次のシーンからは、時系列的には前に戻っているのだが、観客にはそうと気づかない。
冒頭で知り合ったクレメンタインと喧嘩し、職場のB&N書店まで仲直りにいったけど完全無視で新しい男までいた。そう友人夫妻に嘆くジョエルは、それがラクーナ社による記憶消去施術によるものだと知らされる。
なんとなく話の流れは分かるが、アパートの隣人や、友人夫妻がクレメンタインのことを良く知っている風なのが引っかかる。それに、ジョエルの郵便受けにラクーナ社の封書が入っていたのも。
◇
ジョエルはラクーナ社に直談判にいき、彼女の情報が得られないと分かり、ならば自分も彼らの施術を受けて、過去を忘れて前向きに生きようとする。
そして、自分の部屋で寝ている間に、技師たちがジョエルから彼女の記憶を消去していくのだが、そこでようやく物語の構造が明らかになっていく。
二人が初めて出会ったのはモントークの砂浜だが、それは冒頭の場面ではなく、友人夫妻の付き合いで参加したBBQパーティ。
そして付き合い始めたが、クルマのドアの傷はクレメンタインが泥酔運転でつけたものだった。この辺の、時を遡って事実が解明されていく様子がノーラン監督の『メメント』っぽい。
◇
話を整理すると、BBQで知り合って付き合い始めた二人は、やがて性格の不一致でぶつかることが増え、ついに喧嘩別れ。彼女は記憶消去の施術を受け、彼も追いかけるように施術を受ける。
その後に、二人は冒頭のモントークの砂浜で記憶のないまま再会するのだ。これで、周囲の人がクレメンタインを知っていたことや、技師の助手パトリック(イライジャ・ウッド)が登場したことも辻褄は合う。
技師たちの魔の手から脳内を逃げまわる
だが、なぜ、二人は再会するのだろう。その答えは、本作の真骨頂である、記憶消去施術の中での逃避行シーンの中にある。
記憶を失う前の、初めて氷上で寝そべった二人の幸福だった頃を思い出したジョエルは、やはり大切な記憶を奪わないでくれと叫ぶが、施術中の技師スタン(マーク・ラファロ)には届かない。
一方、助手のパトリックは、患者のクレメンタインが気に入り、盗み取った二人の記憶を悪用して彼女にアプローチしている。彼女との記憶を思い出した途端に、次々と技師により消去されていく。
◇
ならば、本来彼女が存在するはずのない記憶にまで逃げ込んで、そこに隠れよう。こうしてジョエルはクレメンタインを連れて、幼少期にまで遡るが、最後にはミュージワック博士(トム・ウィルキンソン)に見つかってしまう。
この逃走劇の描き方は実にローテクで温かい。顔を布で覆ってのっぺらぼうにしてみたり、巨大なシンクや家具を設置し、ジョエルを子供のように錯覚させたり。
ギャップ狙いのキャスティング
大切な恋人の記憶を誰かに消されそうになり、或いはその情報で彼女を横取りされそうになる。この切ないラブストーリーに、いつも陽気そうなジム・キャリーは、得意のハイテンション演技を封印して、ジョエルの内向的な無口キャラを貫く。
◇
ジム・キャリーだけではない。奇抜なヘアカラーと自由奔放な生き様がカッコいいクレメンタインを演じるケイト・ウィンスレットには、『タイタニック』で定着した固定イメージから解放されたような躍動感がある。
◇
同様に、『ロード・オブ・ザ・リング』三部作で絶頂期のイライジャ・ウッドが非モテの冴えない助手パトリック、『スパイダーマン』のヒロインが定着していたキルスティン・ダンストが悲恋の不倫女性メアリーと、わざとギャップの面白味をねらったかのような配役が奏功。
技師スタン役のマーク・ラファロも、超人ハルクが板についた今からみれば、ギャップが新鮮だ。
記憶を失くしても忘れないもの
メアリーはミュージワック博士の不倫相手だったが、施術でその記憶が消去されていたことを知る。だが、彼女はそのあとでも、再び博士に好意をもった。
記憶は消えても、その人を好きになる気持ちは消えない。何とも力強いメッセージだ。
◇
ジョエルは記憶が全て消えてしまう寸前に、彼女とモントークで会いましょうと誓い合った。二年分の日記を破き、珍犬ハックルの歌(オーマイダーリン、クレメンタイン)の歌さえ忘れ、振り返れば空白の日々。
それでも、彼の潜在意識は彼をモントークに呼び寄せ、そこでクレメンタインに会い、再び惹かれ合う。彼女にとっても、砂浜と氷上の思い出は、けして消せない宝物だったのだ。
『時をかける少女』のラストみたいだな。好きな人の記憶を消されても、再会すればその人を嗅ぎ分けることはできる。そう信じたい。
◇
ハリウッド映画なら、ここでハッピーエンドだろう。だが、そこはカウフマンとゴンドリー。更なる試練を与える。
施術で傷心のメアリ―が退職時に患者に返送したカウンセリングテープ。互いに相手の欠点をあげつらったその内容を聴き、二人は深く傷つくのだ。
だが、「きっと僕らはいつか別れることになるよ」と言いながらも、二人はもう一度付き合ってみようとなる。
雨降って地固まる。まったく合わなそうな二人だが、意外と長続きしないとも限らない。少しだけ希望が見えるラストだった。