『街の上で』
オール下北沢ロケで贈る今泉力哉監督久々の群像恋愛映画。若葉竜也の低音ならぬ低温の魅力。男女二人が夜通し恋バナを語り合う不思議な雰囲気がいい。
公開:2021 年 時間:130分
製作国:日本
スタッフ 監督: 今泉力哉 キャスト 荒川青: 若葉竜也 川瀬雪: 穂志もえか 田辺冬子: 古川琴音 高橋町子: 萩原みのり 城定イハ: 中田青渚 間宮武: 成田凌
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
あらすじ 公式サイトより引用
下北沢の古着屋で働いている荒川青(若葉竜也)。青は基本的にひとりで行動している。たまにライブを見たり、行きつけの古本屋や飲み屋に行ったり。口数が多くもなく、少なくもなく。
ただ生活圏は異常に狭いし、行動範囲も下北沢を出ない。事足りてしまうから。
そんな青の日常生活に、ふと訪れる「自主映画への出演依頼」という非日常、また、いざ出演することにするまでの流れと、出てみたものの、それで何か変わったのかわからない数日間、またその過程で青が出会う女性たちを描いた物語。
レビュー(まずはネタバレなし)
下北沢ご当地ムービー
コロナ禍でしばらく公開が延期となっていた今泉力哉監督の作品を、ようやく観ることができた。
『愛がなんだ』あたりから、作品がメジャー路線に行ったり、あるいはLGBTやアイドル推しの方向に行ってみたりと、果敢な挑戦を繰り返す今泉力哉監督だが、本作では、ひさびさに撮り慣れた群像恋愛ものに原点回帰したように思えた。
何だか、物語のこぢんまりとしたスケール感とか、下北沢の閉じた世界に流れるおだやかな時間、自然体で緩くダラダラ続くのに飽きさせない演出とか、全てが心地よい。
◇
赤塚不二夫の『下落合焼き鳥ムービー』なら知っているが、下北沢ご当地ムービーはもう少し若者っぽい。
スズナリも登場し、オール下北沢ロケなら『劇場』のような芝居をめざす若者の話かと短絡的に発想してしまうが、全くそんなことはない。映画に本に酒に音楽、それにファッション、要は文化の発信地としての下北沢を描いている。
再開発により、私が記憶している、以前の街並みとは大分変ってしまったようだが、街は変容するものだと、本編の中でも語られている。
あちこちに過去作品のエッセンスが
若葉竜也演じる主人公の荒川青は、冒頭で付き合っていた川瀬雪(穂志もえか)にいきなり別れを切り出される。原因は彼女に好きな男ができたから。
彼女に浮気された挙句にフラれるというのも納得できない。強引な屁理屈まみれの恋愛ドラマは監督の得意技だ。『mellow』のともさかりえを思い出す。
◇
別れても未練たらたらの青のもとに、美大に通う高橋町子(萩原みのり)から卒業制作映画への出演依頼が舞い込む。
行きつけの飲み屋で「それは“告白”だ!」とそそのかされ、青は<本を読んでいるだけ>のシーンの出演を引き受ける。
冒頭に物語が始まる前に、何人かが本を読むだけのシーンが流れる。その中に若葉竜也がいて、また成田凌もいる。『愛がなんだ』の二人の再共演だ。
あの時の若葉の役名は仲原青、今回は荒川青と名前もかぶる。確か、穂志もえかも岸井ゆきのを軽蔑する勤務先の同僚役で出演していたのではないか。
◇
喫茶店の店長(芹澤興人)や古着屋の店員といった設定は『サッドティー』を思わせるし、同年公開の『あの頃。』では、芹澤興人と若葉竜也、それに本作では自主映画のスタッフ城定イハを演じる中田青渚までもが共演している。
常連メンバーを中心とした今泉力哉監督のパラレルワールドが下北沢に構築されているかのようだ。
若葉竜也の無敵のフニャフニャ感
それにしても、若葉竜也のあの覇気のなさというか、煮え切らない感じがうまい。というか、こういう役を彼がやると、演技に見えないわ。成田凌の演技力は当然すごいのだが、若葉の本物感とはまた違うものだと思う。
『愛がなんだ』で多くの人々を魅了した仲原青は、彼女の言いなりだったけど、こっちの青より、まだ主義主張があった気がする。
でも、こっちの青(ほたるこいの歌詞みたい)がいいヤツなのは分かる。ミュージシャン志望の役柄設定だったが、チーズケーキの唄の弾き語りも、結構聴かせる。
◇
なお、下北沢が舞台のコミック、魚喃キリコの『南瓜とマヨネーズ』が本作に登場するが、実際にその映画化では若葉竜也が仲野太賀と出演している。
この二人は、石井裕也監督の『生きちゃった』では共に涙ながらにヒートアップしたり、今泉監督の『あの頃。』では仲良くヲタ活したりと、結構共演が多く、更に混乱に拍車をかける。
意外と笑えるポイントが多い
本作は、くっついたり別れたりの恋愛ドラマでありながら、意外なほど、クスリと笑えるポイントが多い。
愛を告白するための勝負服を買いに古着屋に来た男と服選びに付き添う女、巡回中に誰かを呼び止めては自分の身の上話を始める変わった警官、役作りのために太った挙句に元関取に配役を奪われた売れない役者。
青の行きつけの古本屋・古書ビビビ(実在します)の店員、田辺さん(古川琴音)とのやりとりも不思議な間合いで面白い。
今泉作品って、こんなに笑えたか?と思うくらい、観客席からは笑い声があちこちから聞こえた。
レビュー(少しだけネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
メチャクチャ怪しそうに本を読む男
高橋監督(萩原みのり)の映画撮影が始まるあたりから、映画は動きを見せ始める。訳が分からないまま、控室に通される青。
「映画に大きいも小さいもないんで、スケジュールが合って脚本が良ければ、こういう映画にも出る」
そう格好いいことをいって学生映画に参加する、朝ドラ俳優の間宮武(成田凌)も同じシーンに出るらしい。
◇
カフェで席に座って本を読むだけのシーンなのだが、事前に古本屋の田辺さんに付き合ってもらい練習したにも拘らず、青の演技はメチャクチャに下手。
それは冒頭に出てくるカットから想像できるのだが、案の定、彼のシーンは使われないことを監督は即日決定。「全然気にしてないから」と虚勢を張る青は、よせばいいのにアウェイな打ち上げに参加。
そこで、彼は城定イハ(中田青渚)と意気投合する。イハという名前の方が気になるのに、城定秀夫監督と同じ苗字ですという楽屋オチのような紹介が笑えた。
城定秀夫監督といい、『あの頃。』に出演のいまおかしんじ監督といい、今泉監督はピンク映画に造詣が深いのか。
二人の長い夜が始まる
そして、二次会に流れずに二人は、「(アウェイでなく)ホームで飲みませんか」という彼女の誘いで、さっき控室として使っていた彼女のマンションに。
それにしても、会ったその日に誘われた女の部屋に行くっていうのはどうよ。
普通は、もう少し何かありそうな雰囲気にどちらともなく持っていくのが恋愛映画のお作法なのだろうけれど、この二人のあまりに健全に互いの恋バナを語り合うのがとても好感。そういう男女関係もあっていい。
一人暮らしにしては広い彼女の部屋についても、何かありそうで何も語られなかったが、結局酒も飲まずに、冷たいお茶を片手に深夜まで語り合って、そのまま別室で寝て夜明けを迎えるというモヤモヤ感もいい。
今泉力哉監督はカットを割って編集とかしない主義なので、この二人の会話も、カメラ固定で延々と続く。だけど全然退屈しない。
まるで、自分もその場に居合わせて相槌を打っているような気分が味わえる。これは『愛がなんだ』の成田凌と岸井ゆきのの居酒屋シーンでも感じたことだ。
そして翌朝になって、住宅街の細い路地。ここで鉢合わせる青とイハを含めた男女五人の掛け合いが最高に面白い。
これまでの今泉監督の群像恋愛ものなら、ニヤリと笑える感じだったが、今回のトークバトルの面白さは、従来よりも更にパワーアップしてきたように思う。
時代は片想いから復縁へ
はじめは嫌な女役かと思っていたら、冒頭で青に別れを切り出す川瀬雪は結構可愛いところもあったりして。
演じる穂志もえかは若葉竜也とともにみずほ銀行の東京2020あと1年のCMでボルタリングデート編に共演。なんだか、CMでの二人の関係は本作と似ている。
◇
一方、青と恋仲になるのかと思っていた高橋監督は、映画のイメージで青をオファーしただけで、何ら特別な感情はなしと思われる。
青のシーンをまるまるカットしたことを、上映会後に古本屋の田辺さん(古川琴音)に責められるくらいだから。「存在の否定じゃんか!」と。
本作は今泉作品らしからぬ、片想いがあまり幅を利かせない映画なのかと思ったが、田辺さんは青に、好意を持っていたのかもしれない。
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でも高橋監督は正しいと思う。映画の編集とは、苦労して撮った大切なシーンをいかに切り捨てて、残ったものを輝かせるかの引き算なのだろうから。あの青の読書シーンを残したら、卒業制作が台無しだ。
ともあれ、下北沢の住民でなくても、街を愛したくなる映画がまたひとつ生まれた。今泉力哉監督は、こういう箱庭的でゆるい感じが最高です。