『アルプススタンドのはしの方』考察とネタバレ|観客席すみっコぐらしの青春

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『アルプススタンドのはしの方』 

高校の演劇部が作り大会で優勝した戯曲をついに映画化。野球ではなく野球応援ドラマ。これもまた青春。グラウンドには一度も目も向けず、ひたすらスタンドのはしの方を撮り続けるカメラの潔さよ。

公開:2020 年  時間:75分  
製作国:日本
  

スタッフ 
監督:    城定秀夫
脚本:    奥村徹也
原作:    籔博晶
      兵庫県立東播磨高等学校演劇部

キャスト
安田あすは: 小野莉奈
藤野富士夫: 平井亜門
田宮ひかる: 西本まりん
宮下恵:   中村守里
久住智香:  黒木ひかり
厚木修平:  目次立樹

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

(C)2020「On The Edge of Their Seats」Film Committee

あらすじ

夏の甲子園1回戦に出場している母校の応援のため、演劇部員の安田あすは(小野莉奈)と田宮ひかる(西本まりん)は野球のルールも知らずにスタンドにやって来た。

そこに遅れて、元野球部員の藤野(平井亜門)がやって来る。訳あって互いに妙に気を遣う安田と田宮。

応援スタンドには帰宅部の宮下(中村守里)の姿もあった。成績優秀な宮下は吹奏楽部部長の久住(黒木ひかり)に成績で学年1位の座を明け渡してしまったばかりだった。

それぞれが思いを抱えながら、試合は1点を争う展開へと突入していく。

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レビュー(まずはネタバレなし)

グラウンドを見せない思い切りの良さ

全国高等学校演劇大会で最優秀賞を受賞し、多くの高校で上演されている兵庫県立東播磨高校演劇部の戯曲を映画化したものだそうだ。

そういった予備知識を何ら持たずに観たのだが、戯曲っぽいことはすぐに分かる。

何せ、タイトルに偽りなく、野球場のアルプススタンドのはしの方で、身の入らない応援を続ける数名の高校生たちのやりとりが延々と続くのだ。

いや、吹奏楽部の定番応援ソング、「狙いうち」「ルパン三世」が演奏された当初は、普通に高校野球をからめた青春ラブコメあたりを想像していた。

だが、途中から違和感に気づく。そう、野球の試合シーンはおろか、ユニフォーム姿の選手さえ、全編を通じて一人も登場しないのだ。何という潔さ。

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これが演劇ならば納得だが、野外でロケする映画となれば、いろいろなシーンで世界を広げたくなるものだろう。だが、城定秀夫監督は、この狭い世界観にこだわったのだ。

終始一貫してアルプススタンドのはしの方にカメラを向けている。たまに吹奏楽部や応援する大勢の生徒たちが座る席や、あるいは球場の通路などに場面は切り替わる程度だ、グラウンドすら写さない

厳密には、冒頭の1カット、主人公のあすはが、先生に「しょうがない」と肩を叩かれるシーンだけは球場外だ。このシーンの意味はやがて分かる。

戯曲としてとてもよく出来ている。会話が面白いし、若者ならではのメッセージ性もしっかり持っている。これを、全国の高校演劇部がやりたくなるのは、納得できる

映画化にあたり、戯曲と異なる部分もあるのだろうが、テイストは生きていると思う。少なくとも、私のような高校演劇を観る機会があまりない者にとっては、ありがたい作品である。

(C)2020「On The Edge of Their Seats」Film Committee

ピンク映画にその人ありと言われた監督

監督に、100本以上のピンク映画を監督したその道の大御所・城定秀夫を起用しているところが興味深い。

この高校演劇の戯曲を、浅草で商業舞台化する話と映画化の話が同時に進行し、監督の新境地として白羽の矢が立ったということらしい。

出演者の多くは女子高生だが、監督のそんな経歴はみじんも感じさせない健康的な演出である。

なお、出演者のうち、メインの女子三名、安田あすは(小野莉奈)、田宮ひかる(西本まりん)、宮下恵(中村守里)は、浅草の舞台でも同じ役を演じているようだ。

映画『アルプススタンドのはしの方』予告編

レビュー(ここからネタバレ)

そうはいっても、試合の結果は書かないので、軽めのネタバレにとどめたい。

次第に応援に熱が入っていく、はしっこ組

それにしても、球場の観客席でマスクもせずに、大声をあげて野球の応援に興じるという、1年前なら当たり前の光景が、なんと懐かしく愛おしいものに見えるのだろう。

夏休みだというのに、全員参加必須でいやいや応援にくる、演劇部のあすはとひかる。控え投手に嫌気がさし、野球部を退部した藤野。帰宅部で勉強家の宮下に、吹奏楽部で部長の久住。

あすはとひかる以外は、別に普段親しくもないもの同士が、次第に絡み合っていき、そして気乗りしなかった応援にも、熱が入っていく。この過程の面白味がいい。

コミックリリーフ的な厚木先生(目次立樹)も、のどを潰しながら自ら大声を上げる様子は、まるで出川哲郎のようだ。生徒にも参加を強要する、めんどくさい教師なのだが、実は意外といいヤツだったりする。

戯曲でも同じなのか分からないが、会話や演出もよく練られている。

みんなの憧れ、エースの園田(名前のみ)が打席にたつ曲は「トレイン・トレイン」だったり、なぜアウトなのに点が入るのか女生徒たちが悩み、迷宮入りだねと片付ける野球ルールがあったり(タッチアップのことか?)。

吹奏楽部の久住は、テストの点が初めて優等生・宮下を上回り、また憧れの園田とも付き合っている。部活に勉強、恋愛の三冠王で、あすはと藤野が進研ゼミかよと突っ込むのも笑った。

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人生は送りバントなんだよ

当然ながら、誰しもがそれぞれに悩みや苦しみを抱えている。アルプススタンドの主人公たちもそうだ。久住も、彼氏とうまくいっている訳ではないらしい。

宮下がひそかに応援する園田。その試合を、「相手が強豪だからしょうがないよ」と劣勢でも応援しないあすはを、宮下は責める。

「しょうがないって言わないで!」
「でも、私は言われたよ」

あすはは演劇部で全国大会に出る夢を、ひかるが直前にインフルに罹患したことで断念せざるを得なかったのだ。ここで、冒頭のシーンにつながる。

(C)2020「On The Edge of Their Seats」Film Committee

応援なんて、意味があるのだろうか。声を枯らして叫んだって、プレイするのは選手たちだ。

「人生は送りバントなんだよ」

厚木先生が言っていたこの言葉を、あすはは応援強要の苦しい説明だと思っていたが、だんだん分かってきた。自分はダメでも、誰かのために何かをすることには、意味があるのだ。

そう。しょうがないことは、誰にでもある。

それぞれにいつの間にか悩みもふっ切れ、エースの園田や、万年補欠の努力家・矢野の応援に熱が入る。野球のプレイは見せなくても、戯曲は観客の想像力に支えられているのがよく分かる。

そして、試合は終わり、ラストには、数年後に社会人になった彼らがプロ野球の観戦で再会する。ちょっとしたひねりもあって、ここも好感が持てる。みんなが座る場所は勿論、アルプススタンドのはしの方だ。