『町田くんの世界』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『町田くんの世界』考察とネタバレ|悪意に満ちた世界にも善意の道はある

記事内に広告が含まれています。
スポンサーリンク

『町田くんの世界』

石井裕也監督による安藤ゆきの同名コミック原作の映画化。ともに新人の細田佳央太と関水渚の二人が、なんともフレッシュで嬉しい、ちょっと風変わりなラブコメ。

公開:2019 年  時間:120分  
製作国:日本
  

スタッフ 
監督:     石井裕也
原作:     安藤ゆき

    「町田くんの世界」

キャスト
町田一:   細田佳央太
猪原奈々:    関水渚
栄りら:    前田敦子
氷室雄:    岩田剛典
高嶋さくら:  高畑充希
西野亮太:   仲野太賀
町田百香:  松嶋菜々子
町田あゆた: 北村有起哉
吉高洋平:   池松壮亮
吉高葵:   戸田恵梨香
日野:     佐藤浩市


勝手に評点:3.0
(一見の価値はあり)

(C)安藤ゆき/集英社 (C)2019 映画「町田くんの世界」製作委員会

あらすじ

運動も勉強も苦手で、見た目も地味で、何も取り柄がなさそうに見える町田くん(細田佳央太)には、人を愛することにかけてズバ抜けた才能があった。

困った人のことは絶対に見逃さず、接した人々の心を癒し、世界を変えてしまう不思議な力をもつ町田くん。しかし、そんな彼の前に現れた女の子・猪原さん(関水渚)は、これまでの人々とは違っていた。

初めてのことに戸惑い、自分でも「わからない感情」が胸に渦巻く町田くんだったが、「わからないことから目を背けてはいけない」という父親の言葉を胸に、「わからない」の答えを求めていく。

レビュー(まずはネタバレなし)

石井裕也監督の人間賛歌

『茜色に焼かれる』『アジアの天使』と、このところ次々と新作が公開されている石井裕也監督が、安藤ゆきの少女漫画原作を映画化した人間賛歌。

主人公の町田くんは、勉強も運動も苦手なのだが、人間が好きで、またその善行から、周りの人間からも愛されている高校生。

なんというか、およそ毒気のない聖人君子のようなキャラであり、これで一本の映画が成立するのか傍目にも不安になってしまうのだが、不思議な面白さが漂っている。

周囲の高校生たちの、だんだんと彼に影響されていく様子がいい

それにしても、石井裕也監督は作風に幅があり過ぎて、容易な想像を許さない。

最初に出会った『川の底からこんにちは』ではエッジの効いたコメディに驚かされるが、『夜空はいつでも最高密度の青色だ』『生きちゃった』での男女のドロドロした人間関係に斬り込む。

本作は原作に寄っているためか、あまり人間の醜い部分には深入りせず、うぶ過ぎる男子女子の青春ドラマとして楽しめる。心穏やかに観ていられる石井裕也監督作品は、『舟を編む』以来かもしれない。

キリストと呼ばれる男

町田くん(細田佳央太)は長男で4人の弟妹がおり、更にもう一人を出産間近の母親(松嶋菜々子)を助け、家事を担当する。

学校でも街中でも、困った人を助けたり妊婦や高齢者に席を譲ったりと、誰かの為にできることがあれば、行動せずにいられない。

マヌケな走り方ひとつみても、鈍くさいタイプだと分かるし、会話すらまともに噛み合わない人物だ。ひたすら善行を重ねる<キリストと呼ばれる男>として、周囲からはあまり相手にされていない。

そんな町田くんが、授業をサボって保健室にいた猪原さん(関水渚)から傷の手当を受けて以来、不思議な感情が芽生える。

だが、それが何か分からない町田くんは、これまで通りの生き方で猪原さんにも接していき、次第に彼を意識するようになる彼女を苦しめていく。

主演の二人はともに新人

主演の男女を演じた細田佳央太関水渚は、ともにオーディションを勝ち抜いた新人だった。多少の芸能活動実績はあったようだが、ここまでの演技経験は初めてなのだろう。

男女ともに新人起用というのは、なかなかの英断だ。だが、作品を観る限り、そんな経緯はまったく感じさせない自然な演技だし、当然ながら新人ゆえに先入観もなく、そのキャラ本人として見ていられるのも嬉しい。

町田くんはラストでプールに落ちてずぶ濡れになった姿をみて、実はイケメンではないかとようやく気づいた。

猪原さんは、冒頭のクラスに溶けこめないトゲトゲした女生徒から、町田くんのおかげで次第に柔和な表情の健康的な魅力を発するようになるところが微笑ましい。

ところで映画の序盤に、町田くんが風船を手離して困っている子供を助け、つかまえた風船ごと、そのまま風にのって飛ばされてしまうシーンがある。

ラモリス監督の『赤い風船』を思わせるこの特撮で、『アメリ』的な幻想シーンが多数でてくるのかと思ったが、どうやらそうではない。だが、これはちょっとした伏線になっている。

(C)安藤ゆき/集英社 (C)2019 映画「町田くんの世界」製作委員会

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

超豪華なバイプレイヤーズ

当初はおそらく、主演の二人が新人だからそれをサポートすべく周囲に豪華助演俳優陣を敷いたのだと思うが、無用の心配だった。結果的に、バランスを欠くほどゴージャスな配役となっている。

高校の中だけでも、二人を優しく見守るりら(前田敦子)、モデルの仕事もこなす俺様男の氷室くん(岩田剛典)、そいつにフラれた後輩さくら(高畑充希)、元いじめられっ子の西野くん(仲野太賀)等など。

主演の二人に比べると、みんな年齢的に高校生役には無理がありそうだが、元々ぶっ飛んだ設定なせいか、あまり気にならない

出色なのは、りらを演じた前田敦子かな。『もらとりあむタマ子』以来、久々に自然体な役に思えて、結構好き。

「普通の恋愛ドラマなら、今頃二人は~」などと呟いたり、なにかと二人にアドバイスしたり、から揚げ棒にかじりつきながら、「あたしの青春、やべえな」みたいなことを一人ごちる傍観者。

(C)安藤ゆき/集英社 (C)2019 映画「町田くんの世界」製作委員会

岩田剛典は本作で数少ない<嫌な奴>の役なのかと思ったが、それすらも最後には心変わりさせてしまう町田くん。岩ちゃんファンも一安心か。

高畑充希はドラマなどでお得意の打算的で強かな女子っぽい役柄で、猪原さんをイラっとさせる。

仲野太賀はその猪原さんに告白して撃沈する役。「西野くんは一生懸命告白したのだから、猪原さんも一生懸命断らないといけない」と町田くんが力説し、それに応えた彼女に「何か残酷だけどありがとう」という太賀が最高。

(C)安藤ゆき/集英社 (C)2019 映画「町田くんの世界」製作委員会

学校から離れて、もう一つのエピソードが走っている。芸能人の不倫写真をおさえ、ゴシップ記事を書いているジャーナリストの吉高(池松壮亮)だ。

本来こんな仕事は好きではなく、妻(戸田恵梨香)からも転職を勧められる状況だが、上司(佐藤浩市)は厳しい。

こんなに悪意に満ちている日常のなかで、ひたすら善行を続ける町田くんに偶然出会い、彼に関心を寄せるようになる。

この挿話自体は、学園生活だけの映画に厚みを持たせる意味で有効だと思うが、正直、こんなに豪華キャストいるか?とは思った。

気づかずに周囲を傷つけている善人

さて、善人すぎる町田くんを見て、子供の頃読んだ少年漫画、とりいかずよし『うわさの天海』の主人公、いつもニコニコしている天海くんを思い出した(知らないかな)。あの主人公も、時に周囲に波風をたてる存在だった。

過度な善行はときに周囲を傷つける。町田くんが誰にも優しい博愛主義者なのは良い。

だが、彼に恋愛感情を抱く猪原さんには、町田くんが他の女子にも優しくしたり、或いは、いけ好かない氷室が自分に言い寄ってくるのを彼が善意で手助けする神経が分からない

町田くんに悪意がないから、結局そんな嫉妬心をもつ自分がダメ人間に思えてしまう。だから、猪原さんは、日本を離れてロンドン留学を決意し、転校するのだ。

ドロドロしたドラマを見慣れた者には、なんとももどかしい展開である。

だが、最後に再び、あの前半にでてきた風船たちが、この破局の危機を救ってくれるとは。いきなりの風船登場では唐突感があるために、前半にも風船を登場させたのだろう。

それゆえ、風船をつかんで空に浮遊してしまうメリーポピンズ的な演出にも、さほど違和感はない。そもそも、町田くんの非日常な善人ぶりに、我々は現実感覚を麻痺させられているし。

アマゾンから戻ってきた町田くんの父(北村有起哉)は、子供の頃から生き物を観察し研究するのが得意だったが、「母さんだけは、よく分からなかった」から惹かれて結婚した。いまでも観察しているらしい。

町田くんも、この<分からない>感情に一生懸命向き合い、答えを探してきたのだ。

「町田、好きなら、追いかけるんだよ!」と、すっかり打ち解けた氷室くんが教えてくれる。

「そんなことは、メンズノンノに書いてある」