『AWAKE』
吉沢亮と若葉竜也が演じる二人の棋士。かつてのライバルだった天才棋士に立ち向かう、AI将棋のプログラム開発者。定石に囚われない自由な指し方で、勝利を手にすることができるか。
公開:2021 年 時間:119分
製作国:日本
スタッフ 監督: 山田篤宏 キャスト 清田英一: 吉沢亮 浅川陸: 若葉竜也 磯野達也: 落合モトキ 清田英作: 中村まこと 山崎新一: 川島潤哉 中島透: 寛一郎 磯野栞: 馬場ふみか 堀亮太: 永岡佑 山内ひろみ: 森矢カンナ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
幼少時から棋士を目指してきた清田英一(吉沢亮)は、大事な対局で同世代の天才棋士・浅川陸(若葉竜也)に破れたことでプロの道を諦め、普通の学生に戻るべく大学に入る。
ずっと将棋しかしてこなかった彼は周囲と関わりを持つことが苦手で、なかなか友人ができずにいた。
そんなある日、ふとしたことで出会ったコンピュータ将棋に心を奪われた英一は、AI研究会で変わり者の先輩・磯野(落合モトキ)の手ほどきを受けながら、プログラム開発にのめり込んでいく。
レビュー(まずはネタバレなし)
天才棋士対AI将棋の開発者
将棋の棋士を一筋に目指し、小学生の頃から他の全てを犠牲にしてきた主人公が、夢破れた末にAI将棋のプログラム開発という、プロ棋士に対戦する新たな挑戦機会を手に入れる。
将棋の世界を描いた映画作品は、松山ケンイチ対東出昌大の『聖の青春』、神木隆之介の『3月のライオン』、松田龍平の『泣き虫しょったんの奇跡』など、力作が並び、差別化が難しそうだ。
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だが、本作はそこに、AI将棋という今風な仕掛けを投入し、しかもその開発者が、棋士養成機関である「奨励会」時代の好敵手だった天才棋士に再度挑むという、盛り上がり必至の展開を持ってくる。
実際に2015年に開催された将棋AIと将棋のプロ棋士の対戦イベント「将棋電王戦FINAL・第5局」をモチーフにしており、多くのフィクション要素を採り入れてはいるが、対局の展開や主人公のプロフィールなどは事実に基づくものらしい。
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「AWAKE」という将棋映画らしからぬカッコいいタイトルも、実際に開発した巨瀬亮一氏が名付けたAI将棋のプログラム名に因む。へなちょこ脱力系ネームだったら、山田篤宏監督も悩んだだろうか。
なお、本作は第1回木下グループ新人監督賞グランプリを獲得したオリジナルシナリオの映画化になる。
挫折から新たな目標を見つけるまで
映画前半の奨励会時代はオーソドックスに話が進む。メガネをかけた少年・清田英一と強敵・浅川陸の小学生時代の出会い。ろくに言葉も交わさないが、大勢の会員の中で、力量を認め、互いを意識しあう存在。
毎晩夜遅に会館から一人電車で自宅に戻り、暗い夜道も懐中電灯片手に歩きながら棋譜を覚える。中学受験も真っ青ののめり込みようだ。
父子家庭なのか、一心不乱に将棋に打ち込む英一を応援し温かく見守る父(中村まこと)や、棋士としての心構えを諭してくれる奨励会の指導員・山崎(川島潤哉)がいい味を出す。
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そして時は経ち、昇段試合で惜しくも浅川(若葉竜也)に敗れた清田(吉沢亮)は、奨励会を去り、将棋とは縁を切る決意をする。
大学に入っても周囲とは溶け込めず。そもそも幼少から将棋しか知らず、友だちとの接し方も分からない。新入生で21歳だが、受験していないので浪人ではないのだとみんなに主張しても、理解されない。
奨励会とは、一握りの選ばれし者しか勝ち残れない、聞きしに勝る壮絶な世界なのだ。
だが、この大学時代に清田は運命的な出会いをする。まずは、父親が遊んでいた将棋ソフトを覗き込み、その定石に囚われない自由で斬新なAIの指し方に衝撃を受ける。
そして、自分でも作ってみたいという強い想いがまさに<覚醒>し、人工知能研究会というサークルに入部し、マニアックな変人の先輩・磯野(落合モトキ)に出会うのだ。
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二つの出会いが清田の人生を方向付ける。プログラミングなど何も知らない清田に次々と分厚いテキストを与え丸暗記しろと鬼コーチと化す磯野。だが、そんな試練は幼少期からお手の物。懐かしい夜道歩き勉強モードが復活する。
人生に目標がうまれ、生き生きとしてくる清田に初めて少しだけ笑みが浮かぶのが嬉しい。大学の将棋サークルの連中の絡み度合いも、適度に淡泊でよい。
キャスティングについて
主人公の清田を演じる吉沢亮。『キングダム』から朝ドラの『なつぞら』、そして大河ドラマ『青天を衝け』の主人公・渋沢栄一と快進撃を見せる若手俳優。
だが、今回はいつものイケメンからは少し離れ、体重も結構ふやしてぽっちゃり体型の感じをだして、この役に臨む。プログラマーがみんなそういうキャラではないと思うが、基本的には笑顔も社交性も封印し、ひたすら暗い感じを出す。
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ライバルの天才棋士・浅川を演じる若葉竜也は、『愛がなんだ』・『生きちゃった』・『あの頃。』など、作品ごとに全く違うキャラを打ち出す俳優だが、今回はひたすら寡黙でストイックな感じを出す。
定番のキャラ設定なら、努力家の主人公と対照的に、天才肌で派手で女にモテてリッチでリア充といった花形満タイプ(古いね)になるところ。だが将棋の世界で派手にも振舞えず、浅川も、清田同様ひたすら暗い。
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その意味では、清田にAIプログラミングのスキルを仕込んだ先輩・磯野は、本作で数少ない明るくて口数の多い、賑やかし系の登場人物であり、場の盛り上げに貢献している。
演じる落合モトキがいい。今度『ヒノマルソウル〜舞台裏の英雄たち〜』で葛西紀明役をやるらしいが、これも似ていそうな気がする。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
プログラムにはバグが付きもの
さて、清田の開発したAI将棋プログラムAWAKEは、ソースコードを公開された強豪プログラムの手を借りて自己学習を繰り返し、ついにはグランプリの優勝を果たす。
そんなに順調にトップに上り詰めてしまえる世界なのかはよく分からないが、まあ映画の世界なんだし、と思うことにする。
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AWAKEに多くの一般人が賞金をめざして対戦するイベントが開催され、そこで最初にAWAKEが敗北する一局が登場する。
清田がすぐに解析すると、これは特定の局面において、通常では決して打つことはないであろう指し手に対して、AWAKEが誤判断してしまう、いわばバグのようなものが原因だった。
だが、一度提出したプログラムにはもう触れない。AIと聞くとつい過大評価してしまうが、人間と違い、同じ局面では必ず同じ反応を返すものなのか。
清田は動揺し興奮する。ここを攻められたら、AWAKEはボロ負けする。
騎士道ならぬ棋士道とは何か
AWAKEには既知となった弱点が残っている。だが、常識のある棋士なら、誰だってそんな手は打たない。
将棋電王戦FINALの対戦相手に選ばれた浅川には、人間かAIかどちらが将棋を制するかの重圧がのしかかっている。単なるひとつの対局以上の過度な注目が、彼に集められているのだ。
その浅川が、この弱点を突くのかどうか、騎士道ならぬ棋士道とは何かが、この映画の描きたかったものなのではないか。
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いざ、AWAKE対浅川の勝負。AWAKEの背後にはそれをモニターで操作する清田が座る。ごっつい感じのロボットアームは、何を破壊するわけでもないが、場面の雰囲気はまるでヒュー・ジャックマンがロボットを操るSFアクション『リアル・スティール』のようだ。
将棋盤の上で器用に駒を操り、一つ一つ所定の位置に指していくデンソー製のロボットアームの精密な動きがすごい。あれは本物の動作なのだろうな。
工場や研究施設では、このアームの動きは見慣れた日常なのかもしれないが、あの手で指されると、生身の人間としては動揺するだろう。
私はなにかにつけ手塚治虫の『ブラックジャック』を引き合いにだしてしまうが、その中の『海賊の腕』という泣けるエピソードに、義手で将棋を指す少年が登場する。金属製の手で駒を指されると調子が乱れてしまう、と対戦相手が嘆くのを思い出した。
将棋映画で棋譜を伝える難しさ
さて、最後の対局では、弱点が明るみに出たAWAKEが誤りの一手を指してしまうのか、前回敗けた時の棋譜を本番対決で浅川が再現し、AWAKEを追い込んでいく。
そしてその局面にたどり着いた時、AWAKEはどのような一手を指し、清田は何をするのか。これは実際に起きたことと同じなのだろうが、ぜひ本編で見届けてほしい。定石からの解放を望んだ男、そのプロキシ(代理)とプロ棋士が、何を賭けて戦っているのかを。
ポーカーや麻雀、或いは『ちはやぶる』でお馴染みの百人一首などは、映画の短い時間でも勝負の流れを伝えやすい。一瞬で今どちらが優勢かが読み取れる。
だが、将棋やチェスといったゲームでは、実況者や解説者の助けがないと、なかなか状況をすぐに把握できない。
まして、盤上の駒の位置をスラスラと語られても、呪文のような意味不明な言葉にしか聞こえないのは、この手の映画の難しさだと思った。分かる人にはもっと楽しめたのだろうか。
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映画の流れにはあまり必然性のない、磯野の妹・栞(馬場ふみか)と、浅川の姉・ひろみ(森矢カンナ)を登場させたのは、全編が男ばかりであまりにむさ苦しく、殺伐としていたからだろうか。それはそれで、有効な策ではあったけれど。でも森矢カンナは電王じゃなくてディケイドだけどね。