『私をくいとめて』
脳内にすむ美声の執事と相談しながら、お一人さまライフを満喫の主人公が、ついに出会った彼氏との崖っぷちラブストーリー。のんと橋本愛の久々共演が嬉しい。大九明子監督による綿矢りさ原作映画化第2弾。
公開:2021 年 時間:133分
製作国:日本
スタッフ 監督: 大九明子 原作: 綿矢りさ キャスト 黒川みつ子: のん 多田くん: 林遣都 ノゾミさん: 臼田あさ美 カーター: 若林拓也 澤田: 片桐はいり 皐月: 橋本愛
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
何年も恋人がおらず、ひとりきりの暮らしにもすっかり慣れた31歳の黒田みつ子(のん)。そんな彼女が楽しく平和に生活できているのには、ある理由があった。
彼女の脳内にはもう1人の自分である相談役「A」が存在し、人間関係や身の振り方に迷った際にはいつも正しい答えをくれるのだ。
ある日、みつ子は取引先の若手営業マン・多田(林遣都)に恋心を抱く。かつてのように勇気を出せない自分に戸惑いながらも、一歩前へ踏み出すことを決意するみつ子だったが…。
レビュー(まずはネタバレなし)
脳内相談役の<A>
「くいあらためな」と啖呵を切るのはルパンの娘だが、本作は「くいとめて」である(えっ、似てない?)。原作・綿矢りさと監督・大九明子の『勝手にふるえてろ』に続くタッグとなる。
だいぶテイストは違うが、どちらも妄想系拗らせ女子の話。前作は松岡茉優で、こっちはのんが主演か。本作で久しぶりの共演が話題となった橋本愛も含めて、みんな朝ドラ『あまちゃん』ファミリーということになる。
◇
本作の主人公・おひとり様なOL黒田みつ子(のん)は、いつも優しく相談にのってくれる話し相手がいる。それが、彼女のイマジナリーフレンドである<A>だ。
当然ながらみつ子のことは誰よりもよく理解していて、紳士的に的確なアドバイスをくれる。まるで執事のようだ。<A>のおかげで、彼女は寂しさも精神の乱れもなく、何とか暮らしていける。
◇
イマジナリーフレンドの映画はそう珍しくはないが、終盤になって実は共演者は実在キャラではなく、想像の産物でした、というパターンが多い。ネタバレになるので、作品名を挙げないけれど。
本作のように初めから脳内の別人格です、というのもある。ピクサーの『インサイドヘッド』とか真木よう子の『脳内ポイズンベリー』とか。
ただ、いずれも大勢の脳内別人格が寄ってたかって主人公を動かすので、本作のように、自然に会話をするものではない。
◇
そうなると雰囲気が近いのは、のん自身がSiriやAIをたとえに出しているように、スパイク・ジョーンズ監督の『her/世界でひとつの彼女』だと思う。
同作ではOSの声をスカーレット・ヨハンソンが見事に演じていたが、本作での<A>の美声は、中村倫也なのだ。エンドロールに名前だけ出てきて、誰の役だか一瞬悩んでしまった。
崖っぷちロマンス
すぐに感情剥き出しになり、熱くなるみつ子と、それを冷静に宥める<A>のやりとりは聞いていて楽しいものの、映像的にはアパートで独り言をいうだけなので、寂しい感じもある。
だが、そのうちに、彼女にも恋が芽生える。托鉢坊主が檀家を訪ねるかのように、彼女の部屋に遠慮がちにおかずをもらいに来るようになる、勤務先の取引先の営業・多田くん(林遣都)。
この二人の仲が、ほのぼのとしたコロッケ家の前の出会いから徐々に発展していくのだが、その過程がなんとも微笑ましい。コロッケ家の店主のように、ひと声かけて応援したくなる。
まあ、<A>がいないと安心して見ていられない、まさに<崖っぷちロマンス>なのだけれど。
キャスティングについて
みつ子のようなちょっと風変わりなキャラは、のんの不思議っぽさとマッチしている。ややもすれば、ただの変人になりかねないが、のんが演じると、普段はチャーミングだし、本性を出すとヒートアップしてしまうところも自然だ。
あの激しいキレ方は、原作を読んだ時にはあまり気にならなかったが、本作ではちょっと気合が入り過ぎではないかと思った。でも綿矢りさは、のんの怒りっぷりがいいと評価していたようなので、ここは素直に引き下がろう。
◇
多田くんの林遣都は、いいヤツすぎるなあ。最近は『おっさんずラブ』のイメージが強くて、この手の恋愛ものにも、途中でサプライズがあるのではと勘繰ってしまうが、実に好青年だった。さすがに実年齢はのんより上だから、年下彼氏にはみえないけれど。
みつ子の親友・皐月(橋本愛)は日本を離れてイタリアで夫家族と暮している。大の飛行機嫌いのみつ子が、皐月に会うためにはるばるイタリアに行き、妊婦になっている彼女に会う。
親しかった二人が遠く離れ離れになった数年前の確執も忘れ、互いに感情を吐露する。まるで、『あまちゃん』以来の二人の関係とオーバーラップするようだ。
海外ロケはコロナ禍で断念せざるを得なかったようだが、それらしい雰囲気は作れていたと思う。家から出られなくなった設定もその影響か。皐月だけマスクしていたのは、妊婦だからか。
◇
そういえば、綿矢りさは、飛行機の機内で大瀧詠一の『君は天然色』の歌詞が風船となってふわふわ流れるシーンが映画的でいいと語っていた。
私には、このシーンだけ妙に長くて、全体の流れからは浮いて見えた。『ち』の文字が裏返って、『く・ち・び・る』が『く・さ・び・る』に見えてしまい、気になったのは私だけだろうけど。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレする部分がありますので、未見の方はご留意願います。
カーターへの献身的な愛
さて、本作公開時に話題になったのは、のんと橋本愛の再共演なのだが(それとて、能年玲奈事務所脱退問題への配慮で、マスコミの扱いは小さめだった)、作品の中で私がお気に入りのキャラはみつ子の勤務先の先輩のノゾミさん(臼田あさ美)だ。
◇
はじめは、みつ子とソリの合わないうるさい先輩なのかと思ったら、不思議と波長が合っているようだ。
何より、周囲の誰もが引き気味の、ルックスだけが取り柄のイケメン社員・カーター(若林拓也)への献身的な愛。まるでNHKのバラエティ番組『LIFE』の時の彼女のようだ。
カーターに相手にされなくても一途に尽くしたノゾミさんは、東京タワーの階段を昇るイベントで、まさかのカーターの「期間限定彼女」に承認され、夢の座(?)を勝ち取るのである。このLINE報告は笑った。
闇の部分をもっと描いてほしかった
ところで、本作で引っかかった部分は、みつ子が抱えている闇の部分、つまり元の上司の女性に対する扱いだとか、温泉宿のバラエティ・ショーで周囲のスタッフの女性芸人への扱いだとかが関係してくるあたりが、今一つうまく表現できていなかったことだ。私はそう感じた。
◇
過去の自分のつらかった体験が、眼前の女芸人を取り巻く出来事でフラッシュバックする。だが、何もできない自分の無力さにもがき苦しむ。
この過去の出来事で、彼女が<A>に頼るきっかけになったのであれば、もう少し丁寧に見せてほしかったと思う。
芸人のエピソードは、大九明子監督自身の芸人キャリアからオリジナルで加わったものだと思うが、何となく匂わせる程度、叫んだつもりの妄想で終わってしまったのは、やや踏み込み不足に思えた。原作でもこうだったかな。
役立たずからのサプライズ
終盤まで評価は微妙だったのだが、多田くんとの恋が成就してから姿を見せなくなった<A>が、ついに再登場すると、俄然面白くなる。
恋人との距離感がつかめず、やはりおひとり様がいいと絶望してしまうみつ子。
「<A>っ、私をくいとめてよ!」
と救いを求める。
「この役立たず!」
およそ、「この世界の片隅に」のすずさんと同じ声とは思えない激しい叫びを聞き、<A>が沖縄のビーチという空想の世界に姿をみせる。
しかも、声は中村倫也だったのに、実体化したら前野朋哉なのである。まさか、<ともや>つながりのキャスティングじゃないよね? でも、これは絶妙にいい感じ。
◇
原作でもちょっと色白で太め体型だった気がするが、いい味だすんだな、彼が。優しさとゆるゆる感の混在がじわる。こんな形で、映画が感動モードに切り替わるとは。
ちなみに、前野朋哉と、みつ子の上司役の片桐はいりは、いずれも『勝手にふるえてろ』にも出演している。あっ、片桐はいりは『あまちゃん』ファミリーでもあるじゃないか。秋葉原でまめぶを売ってたのを思い出した。
◇
結局、<A>はみつ子の抱える問題を何でも解決してくれるドラえもんなのだ。
ノゾミさんのバッグが、冷温各種ドリンクやホッカイロなど、カーターの欲しいものが何でもでてくるドラえもんのポケットに例えられたが、<A>もまた、前野朋哉のおかげもあって、ドラえもんに見えてくる。
そう考えると、ラストシーンはまるで、未来に帰ったドラえもんに別れを告げ、力強く人生を歩んでいくのび太のようだ。
◇
以上、お読みいただきありがとうございました。映画はポスターからも分かる通り、わりと原色系でうるさい感じの仕上がりでしたが、原作はわたせせいぞうの表紙も納得の、落ち着きのある作品でした。こちらもぜひ。