『Sweet Rain 死神の精度』
伊坂幸太郎原作とはかなり風合いが異なるが、金城武の死神は意外と合う。犬と字幕の処理だけはいただけないけど。
公開:2008 年 時間:113分
製作国:日本
スタッフ 監督: 筧昌也 原作: 伊坂幸太郎 『死神の精度』 キャスト 千葉: 金城武 藤木一恵: 小西真奈美 藤田敏之: 光石研 栗木: 田中哲司 阿久津伸二: 石田卓也 ミチコ: 小野花梨 竹子: 奥田恵梨華 大町健太郎: 吹越満 老女: 富司純子
勝手に評点:
(私は薦めない)
コンテンツ
あらすじ
音楽好きの死神・千葉(金城武)は強烈な雨男で、彼が人間界に現れるときはいつも雨。
彼の仕事は、7日後に死ぬ予定の人間に近づき、“実行=死”か“見送り=生かす”かを、判定すること。
ある時、1985年の東京に現れた千葉は、次のターゲットとなる薄幸の女性、藤木一恵(小西真奈美)に近づき観察を始めるが、判定を下す7日目、彼女に思いがけない運命が訪れる。
レビュー(まずはネタバレなし)
金城武の無国籍な雰囲気は、千葉に合う
伊坂幸太郎の初期のエッジの効いた小説の映画化であり、名キャラクターの一人、千葉という死神が登場する。
この主人公に金城武を持ってきたところは、慧眼だ。『リターナー』以来6年ぶりの邦画出演らしいが、ちょっと浮世離れしたキャラと、精悍なルックスの組み合わせは、役柄に合っていると思った。
◇
冒頭の、ミチコという少女(小野花梨)と千葉が葬儀場で出会い、会話をするシーンも、原作にない映画オリジナルだが、なかなか良かった。
少女が千葉の正体をいきなり見破るのは、終盤の他の挿話とも重なるのが気になったが、二人の会話自体は、死神の仕事や千葉の人物紹介としては過不足ないし、なるほどと思わせるオチもある。
原作の風合いが台無しだ
だが、残念ながら、本編に入ると褒める部分が見つからない。
伊坂幸太郎はこの原作の映画化を断り続けた末に、本作は金城武起用だから了承したようだが、きっと後悔していると勝手に想像する。監督の筧昌也は、劇場用長編としては本作がデビュー。ちょっと荷が重かったか。
◇
私が我慢できないほどの違和感を覚えたのは、千葉と、犬とのやりとりである。
原作では、死神の仕事ぶりを管理する部署が、時折、千葉の判定見通しを電話で尋ねてくる。<可>か<見送り>かの、事務的な会話が面白いのだ。
だが、映画ではそれを犬相手にし、しかも黙っている犬にセリフを字幕でかぶせるという、意味不明な荒業に出た。
◇
以前、有川浩『旅猫リポート』の映画化で、<猫が喋って雰囲気ぶち壊し>に愕然とした記憶があるが、本作の<犬に字幕>もいい勝負だ。
しかも、本作は基本全編が雨の日なので、ダーク調の画面にでっかい白文字が入るのが興ざめ。金城武も、黙っている犬相手に一人芝居では、どうにも間が持たない。
ミュージックをどう表現するか期待したが
ミュージックについてはどうだ。死神たちがみな、こよなく愛す地上の音楽。たしかに、千葉がヘッドフォンをして体を揺らすシーンは多いものの、ギャグっぽい演出で正解だったか。
◇
映画が原作に勝てる貴重なポイントなのに、ミュージックの素晴らしさはどうにも軽んじられていた気がする。CDショップのシャカシャカ音ばかり耳に残る。
終盤に聴かせたい一曲のために、あえて音楽を響かせていないのか。
すれ違いの会話の面白味
金城武が浮いて見えるように考慮したのか、小西真奈美や吹越満、光石研、田中哲司、そして富司純子と、各エピソードに登場する俳優陣はみなどっしりと安定感がある。
だからこそ、人間の言葉に疎い千葉とのベタな言葉の取り違いの会話にも、面白味がでるのだろう。
◇
ただ、例えば「私、醜いんです」「いや、見にくくはない。はっきり見えるよ」といった会話は原作どおりでも、台詞にすると妙に陳腐になってしまう。これは、本作に限らない、映画化の難しさなのだろうか。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
原作で大事にしていたもの
さて、映画では原作の短編、①死神の精度、②死神と藤田、③吹雪に死神、④恋愛で死神、⑤旅路を死神、⑥死神対老女のうち、①②⑥を扱っている。
①はクレーマー、②はヤクザ、⑥は美容院の話だ。全編を映画化するのは無理なので、この選択は現実的なものだろう。
個人的には④のエピソードも観たかったが、小西真奈美をヒロインに据えるため、④の若い女性キャラとのバッティングを避けたのかもしれない。
伊坂幸太郎は特に初期の作品においては、洒脱な会話に巧みに散りばめられた伏線回収に感服してしまうが、ミステリー作家ゆえ、タネ明かしを、いつ、どのように行うかには、当然に気を使っているだろう。
本作においては、そのネタバレのヒントの与え方が、あまりに親切で、しかも早すぎるのではないかと思う。
◇
例えば、クレーム処理係の藤木一恵(小西真奈美)をご指名で執拗に電話をかけてくる男(吹越満)の正体は、あまりに早く死神の同僚(村上淳)が写真付きでヒントを与えていなかったか。
例えば、ヤクザの藤田(光石研)が乗り込んでいく栗木(田中哲司)のアジトに、千葉の同僚がいることを随分とあっさり明かしていなかったか。
種明かしをするのを、もう一呼吸か二呼吸遅らせてくれれば、あれこれ考える楽しみが増えるのに。
そして、『死神対老女』では
最後の美容院のエピソードでは、原作にいろいろなアレンジが加わっている。
驚いたのは、竹子(奥田恵梨華)が人間型のロボットだという点だ。これは、最後の話は未来の設定だと分からせる為だが、正直説得力はない。
なぜ未来でないといけないかは、この店主(富司純子)の正体と関わっている。
◇
実は、原作と映画では、彼女の正体は異なる。「④恋愛で死神」のエピソードを映画化に選ばなかったことで、原作をいじる必要がでてきたのだ。
身近の愛した人たちがみんな早死、コイントス、CD。ヒントは初めから提示されていた。
◇
老女は、愛する人たちをこれ以上失いたくないから、会ったことのない孫が店に来る日に、同じ年ごろの客を大勢呼んだ。孫が誰か自分で分からないようにしたのだ、情が移って、新たな不幸が訪れないように。
実は、このあたりの老女の行動心理は、原作と微妙に違う。原作では、子育てを途中で放棄した自分の罪深さを戒めるために、自らルールを課している。
だが、このアレンジは悪くない。彼女の正体にしても、映画の中の全てをリンクさせようと思えば、納得的な着地だったと思う。
最後に少し盛り返したか
ラストシーンで初めて青空がみえること、そしていつも沈んだ顔だった小西真奈美が初めて笑顔をみせることは、ドラマティックな効果を生んでいる。犬の扱いは最後まで不満だったが、この終わり方は悪くない。
「もういつ死んでもいいわ」
「そんなことを言うな。俺の仕事が台無しだ」
千葉は勿論、人間の死に一切の感情を持ち合わせない。そのスタンスが最後まで崩れなかったのは良かった。そこに、このドラマの良さがあるはずだから。
直木賞を獲ったのは荻原浩の『海の見える理髪店』だけど、こちらは海の見える美容院。そして、最後に流れるのは、藤木一恵によるミュージック。