『あの、夏の日 とんでろ じいちゃん』
大林宣彦監督の新尾道三部作、最後は少年とじいちゃんのファンタジー。以降20年、監督は尾道と訣別することになる。
公開:1999 年 時間:123分
製作国:日本
スタッフ 監督: 大林宣彦 原作: 山中恒 『とんでろ じいちゃん』 キャスト 大井賢司郎: 小林桂樹 大井由太: 厚木拓郎 大井亀乃: 菅井きん 小林玉: 宮崎あおい 小林ミカリ: 勝野雅奈恵 小林雪路: 入江若葉 小林法善: 上田耕一 大井エリカ: 佐野奈波 大井昌文: 嶋田久作 大井香里: 松田美由紀 魚谷の多吉: 小磯勝弥
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
大井賢司郎(小林桂樹)に痴呆の症状が見られるということを知った息子の昌文(嶋田久作)と妻の香里(松田美由紀)は仕事が忙しく、見舞いにも行けない。
そこで、いつも一人で考え事をしていて、<ボケタ>とあだ名をつけられている長男の由太(厚木拓郎)が、尾道のおじいちゃんのもとへ行き、監視を兼ねてひと夏を過ごすことになる。
しかし、そこで由太はおじいちゃんと生活しているうちに不思議なことをたくさん知る。
今更レビュー(ほぼネタバレなし)
新尾道三部作、ここに完結
本作は『ふたり』、『あした』に続く新・尾道三部作の最終作にあたる。女性主人公の赤川次郎原作ものであった前二作に対し、本作は『転校生』以来の山中恒原作の児童文学もの。
少年とおじいちゃんが主役となると、『水の旅人 侍KIDS』以来だろうか。
大林宣彦監督によれば、原作の『とんでろじいちゃん』がタイトルでは、名作志向のプロデューサーが納得しないので、格調高そうにみえる『あの、夏の日』を付け足したそうだ。
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尾道の市政100年記念映画という看板も掲げているのだが、皮肉なことに本作を最後に、『転校生さよなら あなた』での数分の例外を除き、大林監督は尾道とは訣別することになる。
だが、それは、当然の帰結でもあった。
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大林映画をはじめ、新幹線の新尾道駅の誘致や新尾道大橋の建設で、観光事業を盛り上げようとする尾道市。一方、古里映画を標榜し、その土地の東京化していない地域色を大切にしようという大林監督。
両者の目指すものには深い溝がある。監督は、<町おこし>ではなく、<町まもり>の映画を作りたいのだ。
結局、本作ののち、監督の作品の舞台に尾道が帰ってくるには、遺作となった『海辺の映画館―キネマの玉手箱』まで20年を要することになる。
小林桂樹という映画俳優
さて、本作はボケ老人になったと家族に心配される田舎のおじいちゃんとひと夏を過ごす由太が、祖父の子供時代にタイムスリップするファンタジーだ。
都会の少年がひと夏を自然に囲まれた田舎で過ごす設定は、侯孝賢監督の『冬冬の夏休み』や『となりのトトロ』的でもある。また、頑固で厳しい校長先生が痴呆症を患い変わっていくのは、中野量太監督の『長いお別れ』やタナダユキ監督『お父さんと伊藤さん』等を連想させたりもする。
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だが、本作のユニークさは、このファンタジー設定と尾道の起伏激しく狭い路地や瀬戸内海という舞台の融合、そして小林桂樹という映画黄金期を知るスターの存在だろう。
おじいちゃんがボケているのか正気なのかも謎に包み、クソまじめにとぼけた役を演じきる小林桂樹は、さすがに偉大な役者だと感じ入る。
由太少年もまたボケタの愛称ながら、演技力は大したものだ。なお、当時子役だった厚木拓郎は、『海辺の映画館―キネマの玉手箱』の主役の若者を演じている。
マキマキマキマキ巻きましょう
「マキマキマキマキ巻きましょう マキマキ巻いたら夢の中」
おじいちゃんと空を飛び過去に戻るための呪文のようなこの言葉は、本編中に何度も登場し、単なる呪文以外にも何か意味がありそうだと匂わせる。
同じ歌のフレーズを何度も主人公に繰り返させて、それがちょっとした伏線になっているのは、『時をかける少女』で原田知世の言う「柚子は九年でなりさがる 梨の馬鹿めが十八年」みたいだ。
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尾道の自然と空の青さを生かすために、昔ながらにピーカン撮りをしている。つまり、空の青さを出すために絞るので、役者の芝居には大量の照明を当てているそうだ。
特撮や編集で凝るだけではなく、こういう伝統的なこだわりも監督にはあるのだった。
だが、そのような努力の半面、尾道の大都市化によって、監督が撮りたいロケ地やアングルは激減しているのだろうとも思えた。
山の斜面のロープウェイもフレームに入れたくなかっただろう。瀬戸内海に建設中の二本目の橋梁などは、一部消してしまったそうだ。
サービス、サービス!
本作は少年とおじいちゃんの交流がメインであり、女性はおばあちゃんの菅井きんがヒロインかと思って観ていたら、おじいちゃんの少年時代の初恋相手、薄命の少女・お玉ちゃんに、映画デビューの宮崎あおいが登場する。
監督のことだから、当然この中学生も脱がせにかかるのだが、さすがに節度あるレベルにとどまっていたので、ここは何だか安堵した(まあ、ターゲットは子供なので当然か)。
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むしろ、少年に女の色気を少し指導してくれるのは、小林ミカリ役の勝野雅奈恵だ。『はるか、ノスタルジィ』の勝野洋の娘ということで、大林組ともつながってくる。
冒頭の海水浴で水着のブラが壊れるハプニングから、上はワイシャツだけ、下は水着のボトムだけで由太少年と行動する。
まるでエヴァでシンジ少年を無意識に挑発するミサトさんのような、「サービス、サービス!」的演出になっているのだ。
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おじいちゃんが、ミカリの自転車の後部に乗り、彼女の胸をわしづかみにする悪ノリシーンも、いかにも大林的。ただ、さすがに手の位置に小林桂樹の遠慮があったように見えたが、実は奥が深かったことに後で気づく。
ところで、本編のなかでおじいちゃんの少年期のトラウマの鍵を握る一つにタマムシがある。美しく緑色に光るその姿は、当然合成と思いきや、実は一匹10万円以上の高額ギャラで仕入れた本物とやらで驚く。
最後の合成ショットだけは引く
さて、心和むファンタ爺映画なのだが、終盤で小林桂樹のおじいちゃんが、宮崎あおいと菅井きんの<あおいとすがい>で両手に花の状態で手をつなぎ、尾道の空を飛んでいるシーンはさすがにちょっと引いた。
いや、流れから言えば感動すべきなのだが、絵的にはブラックジョークのようで怖い。
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でも、ずっとおじいちゃんにぞんざいに扱われ、気の毒に思えたおばあちゃんが、終盤ではじめて夫のことを「あなた」と呼ぶところは、味わい深い。
おじいちゃんにとっては、少年時代から心の片隅にあり続けたお玉ちゃんと、見合い結婚で長年寄り添い暮してきた妻の、どちらも大切な存在なのだ。
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そして、ひと夏の不思議な思い出とともに、少年は尾道から都会へと戻っていく。そこに新幹線は必要ない。少年は祖父の好んだように、在来線を選ぶ。現実に戻るには、多少の時間が必要なのだ。
以上、お読みいただきありがとうございました。山中恒の原作もぜひ。