『これって生きてる?』
Is This Thing On?
ブラッドリー・クーパー監督の三作目は、離婚危機でスタンダップ・コメディアンになった男の話
公開:2026年 時間:120分
製作国:アメリカ
スタッフ
監督: ブラッドリー・クーパー
キャスト
アレックス・ノヴァク:ウィル・アーネット
テス・ノヴァク: ローラ・ダーン
クリスティーン: アンドラ・デイ
ボールズ: ブラッドリー・クーパー
ケンプ: エイミー・セダリス
スティーブン: ショーン・ヘイズ
マリリン: クリスティーン・エバーソール
ヤンキ: アラン・ハインズ
ジェフリー: スコット・アイスノーグル
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
アレックス(ウィル・アーネット)とテス(ローラ・ダーン)の夫婦は二人の子どもにも恵まれ、順調な人生を歩んできた。
しかし中年にさしかかり、これまで置き去りにしてきたそれぞれの夢が、ふたりの結婚生活を終わりへと向かわせる。
失意のなか、ニューヨークの街で何気なく訪れたコメディクラブで偶然舞台に立ったアレックスは、夫婦の赤裸々な関係を笑いに変え、新しい生きがいを見いだしていく。
レビュー(若干ネタバレあり)
もう終わりにしようか
ブラッドリー・クーパーの長編監督第3作。『アリー スター誕生』、『マエストロ その音楽と愛と』とあって、次にこれが来るかという意外性がいい。肩に力が入っていないような題材の選び方が、何ともいえず面白い。
アレックス(ウィル・アーネット)とテス(ローラ・ダーン)の長年連れ添った夫婦には二人の小学生の息子たちがいる。
傍目には幸福そうな家族に見えるが、夫婦仲は冷え切っているのか、「もう終わりにしようか」と珍しく意見がある。離婚を見据えて、夫婦は別居に入る。

導入部分はありきたりだ。同じローラ・ダーンが出演していた『マリッジ・ストーリー』を思い出す(あの時は離婚調停の弁護士役だったけど)。
本作で興味深いのは、二人の不仲がどちらかの浮気が原因ではないこと、そしてアレックスがこの別居を境に、スタンダップ・コメディアンに目覚めていくことだ。
最初はふらっと入った店でチャージ料金が払えないからと、素人ながらリストに名前を書いて、初めてステージに立つ。およそコメディアンとはいえないトークだったが、なぜかその場所に居心地の良さを見出したアレックスは、素人参加のオープンマイクのステージに足繁く通い参加するようになる。

スタンダップ・コメディアン
スタンダップ・コメディアンのステージというには、日本の漫談に近いのかもしれないが、もっと舌鋒鋭く社会や政治風刺、あるいはキワドイ内容の下ネタで客席を沸かしているイメージが強い。もっとも、本物のステージをみたことはないが。
思い浮かぶのは、古くはダスティン・ホフマンが演じていた『レニー・ブルース』、近年ならアダム・ドライバーの『アネット』あたりか。いずれも、日本人の笑いのツボとはちょっと異なる気がして、はっきり言えば、ジョークで笑えた試しがない。
本作のアレックスのトークもまた同様で、映画の中では観客は付き合いで笑っていたが、とりたてて面白いことを言っているわけではない。というか、離婚に至った自分の境遇を愚痴っぽく語るのがメインだ。
でも、なぜか客席からのブーイングもなく、徐々にみんなに慕われるようになる。聴衆を相手に、一風変わったセラピーを受けているようなものかもしれない。

アレックスがスタンダップ・コメディアンに目覚めたといっても、あくまで趣味の世界であり、昼間は会社勤めで働いている。
ステージでの活躍が多少知られるようにはなったが、一躍人気者として名を馳せるわけでもなく、せいぜい素人のオープンマイクから、プロの前座として初めて声がかかるようになった程度の成功だ。
一方の妻テスも、オリンピックでバレーボールの米国代表選手に選ばれたという独身時代の栄光はあるが、久しく競技から遠ざかっていたところに、チームのコーチとして参加しないかと声がかかる。

夫婦のどちらも、とりたててサクセスストーリーというほどの何かがあるわけではない。だが、いや、だからこそ、とても地に足のついた感じがする。
カサヴェテスの作品を彷彿とさせる、日常のリアリティに溢れているが、考えてみれば、それも当然かもしれない。本作は英国のコメディアン、ジョン・ビショップの人生に実際に起きた出来事をモチーフに作られたものらしいから。
君と一緒に不幸になりたい
アレックスがステージに立っている店に、そうとは知らず男連れでテスが飲みに来てしまう。まさか元妻が効いているとは思わずに、かつての夫婦生活や、その後に他の女と寝たことなどをあけすけに語るアレックス。
更に夫婦仲にひびが入るだろうことは明々白々だ。ローラ・ダーンが怖い顔して荒れ狂う姿が目に浮かぶ。

だが、面白いことに、テスがアレックスに甘い顔をみせて優しくなったり、突如として不機嫌になって烈火のごとく怒りだしたり、その感情の変化がまったく読めない。
夫婦の日常会話において、一体どこに地雷が置かれているか夫にはけして分からないというのが、万国共通だというのがよく伝わってくる。
テスが一番輝いていた頃のバレーボールの試合の写真をアレックスがパネルにして飾ったことも、この地雷のひとつだったが、これは俺も踏んじゃうなあ。

「君と一緒に不幸になりたい」というアレックスの口説き文句もまた地雷だったら映画にならないが、そんな台詞に歓喜されてもまた興ざめだ。なので、テスが見せるリアクションが実に痛快で憎めない。
無理に作劇していない自然さが心地よいなあ。最後に子供たちが学校の舞台で演奏する”Under Pressure”が耳から離れない。
