『ワン・バトル・アフター・アナザー』
One Battle After Another
ポール・トーマス・アンダーソン監督の新作は、痛快なバトルアクションだった!
公開:2025年 時間:162分
製作国:アメリカ
スタッフ
監督:ポール・トーマス・アンダーソン
原作: トマス・ピンチョン
『ヴァインランド』
キャスト
ボブ: レオナルド・ディカプリオ
ロックジョー: ショーン・ペン
ウィラ: チェイス・インフィニティ
センセイ: ベニチオ・デル・トロ
パーフィディア: テヤナ・テイラー
デアンドラ: レジーナ・ホール
ヴァージル: トニー・ゴールドウィン
アヴァンティQ:エリック・シュバイク
勝手に評点:
(オススメ!)

コンテンツ
あらすじ
かつては世を騒がせた革命家だったが、いまは平凡で冴えない日々を過ごすボブ(レオナルド・ディカプリオ)。
そんな彼の大切なひとり娘ウィラ(チェイス・インフィニティ)が、とある理由から命を狙われることとなってしまう。
娘を守るため、次から次へと現れる刺客たちとの戦いに身を投じるボブだが、無慈悲な軍人のロックジョー(ショーン・ペン)が異常な執着心でウィラを狙い、父娘を追い詰めていく。
レビュー(まずはネタバレなし)
ピンチョン原作だったの?
ポール・トーマス・アンダーソン監督(以下PTA)がこんなにも分かり易く、しかもスリリングなアクション映画を撮るなんて意外だった。
『ワン・バトル・アフター・アナザー』、次から次へと続く戦い。昔覚えた英語のフレーズが記憶から呼び起こされる。
こんな痛快なタイトルになっているので、言われるまでまったく気づかなかったが、原作はトマス・ピンチョンの「ヴァインランド」。
過去にこの原作を何度も読んでいるのに、ちっともわからないほど、アレンジされている。膨大なオタクネタで積み上げられたポップな原作から、キャラ設定とストーリーの骨格だけ抜き取った感じ。
ピンチョンは偉大な作家だが、気軽に原作に手を出すには読了する覚悟が必要だ。私は自慢じゃないが、彼の原作にはほぼすべて挫折している。
楽しく読み切れたのは、「ヴァインランド」と、PTA監督によるピンチョン初の映画化作品『インヒアレント・ヴァイス』の原作「LAヴァイス」くらい。
革命家の男女に生まれた娘
閑話休題。PTAとピンチョンの作品らしく、本作には当然、米国の社会問題がふんだんに取り入れられている。
主人公は革命家の男パット・カルフーン(レオナルド・ディカプリオ)。移民救出活動を行う極左グループ「フレンチ75」のメンバーで、同士のパーフィディア(テヤナ・テイラー)との間に娘が生まれる。
◇
パーフィディアは活動中に収容所の指揮官ロックジョー(ショーン・ペン)を勃起させ屈辱的な目に遭わせるが、そこからロックジョーは彼女に性的に魅了されていく。

やがて作戦の失敗でロックジョーに逮捕されたパーフィディアは、性的関係を条件に彼に取り入って、仲間を売って解放される。こうして殺されたメンバーの中に、PTA監督の前作『リコリス・ピザ』のアラナ・ハイムがいたぞ。
◇
そして16年後、パットはボブに改名し、高校生の娘ウィラ(チェイス・インフィニティ)と聖域都市バクタン・クロスで平和に隠遁生活。
だが、元革命家とその娘を執拗に追いかけるロックジョーは、ついに父娘の居所をつきとめる。
ショーン・ペンが渋いぜ
ディカプリオが主演ではあるが、次々と襲う危機をあざやかに切り抜けるヒーローではまったくない。「トム・クルーズみたいにキメろよ」と揶揄されるほど。
くたびれたラリッている中年オヤジが、さらわれた娘を救出する過程の中で、元革命家の血をたぎらせていく話なのだ。
◇
映画化不可能といわれたピンチョン原作をPTAが初映画化した『インヒアレント・ヴァイス』でホアキン・フェニックスが演じた、ドラッグ漬けでも結果を出す冴えない主人公探偵と、本作のディカプリオが相通じる。
そういえば、同作にも出演していたベニチオ・デル・トロが、敵に追われるボブを手助けする娘ウィラのカラテのセンセイ役で、謎めいた頼もしさを見せる。
ウェス・アンダーソン監督の新作『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』もいいけど、やはりベニチオ・デル・トロはこの手のアクションもので一段と光るなあ。

ただ、本作でダントツの存在感をみせたのは、ロックジョーを演じたショーン・ペンだろう。
白人至上主義の秘密結社「クリスマスの冒険者クラブ」で軍人枠に入会させてもらえそうになるが、黒人女性であるパーフィディアとの性行為や、実子がいるかもしれないなどとバレたら破談になる。
だから証拠隠滅にシャカリキになるのだ。マッチョで性格破綻した狂気キャラのショーン・ペンが怖くていい。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
◇
移民の解放から爆弾設置、銀行強盗と、過激活動を続けるフレンチ75よりも、メンバーを次々に殺していくロックジョーや警察組織、先住民の賞金稼ぎアヴァンティQ(エリック・シュバイク)の方が余程恐ろしい。

だが、それ以上に不気味なのは、「クリスマスの冒険者クラブ」に属する、一見紳士然とした白人たちで、この人種差別主義者がいちばん腹黒く醜い。彼らに自分の性癖がバレてしまったロックジョーは、抹殺されそうになる。
◇
ドギツい殺し合いだらけの映画の中で、数少ないコメディリリーフが、ボブとフレンチ75の残党との暗号のやり取りだ。
フレンチ75のメンバーが娘を救出してくれたが、落ち合うランデブーポイントが分からず、それを聞くために秘密の番号に電話をする。だが、16年前の合言葉が思い出せず、ボブは何度も門前払いをくうのだ。

その他、カーアクションに気合が入った映画は五万とあるが、荒野を走る一本道のローラーコースターのような起伏を活かしたカーバトルは見応えアリ。
また、タフガイのロックジョーは殺しても死なず、最後には自分に刺客を送り込んだ秘密結社のメンバーに報復するのだろうと思っていた。それがラストではまさかの展開に。これはやられた。
◇
いや、それにしてもフレンチ75の合言葉、難しすぎるだろう。終盤でボブが思い出せなくて、娘に射殺されるんじゃないかとハラハラしたわ。
日本で古来伝わる、「ヤマ」といえば「カワ」くらいの水準でどうだろうか。