『レインツリーの国』
有川ひろ原作✕三宅喜重監督の三度目タッグは玉森裕太と西内まりやの青春ラブコメ
公開:2015年 時間:108分
製作国:日本
スタッフ
監督: 三宅喜重
脚本: 渡辺千穂
原作: 有川ひろ
『レインツリーの国』
キャスト
向坂伸行: 玉森裕太
人見利香: 西内まりや
ミサコ: 森カンナ
井出広太: 阿部丈二
人見健次郎(父): 矢島健一
人見由香里(母): 麻生祐未
向坂豊(父): 大杉漣
向坂文子(母): 高畑淳子
向坂宏一(兄): 山崎樹範
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
高校時代に大好きだった「フェアリーゲーム」という本について、何気なくネットで検索していた向坂伸行(玉森裕太)は、「レインツリーの国」というブログを見つける。
そこに書かれていた感想に共鳴した伸行は、ブログの管理人のひとみ(西内まりや)にメールを送る。数日後、ひとみから返信が届いたことをきっかけに、二人はパソコンを通じて親しくなっていく。
やがて伸行は、ひとみに直接会いたいと思うようになるが、ひとみには伸行に会うことができない理由があった。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
有川ひろの青春ラブコメ
『阪急電車 片道15分の奇跡』から数えて有川ひろの原作映画は三作目となる、三宅喜重監督の作品。映画初主演となる玉森裕太と、映画初出演の西内まりやの共演。
ミリオタの有川ひろは図書館シリーズを書く傍らで、こういう赤面するような青春恋愛モノも手掛けているのだ。
◇
主人公の向坂伸行(玉森裕太)は、高校時代に夢中になっていた小説「フェアリーゲーム」の下巻が自室に見当たらないことに気づき、ネットで内容を検索するうちに、その感想が書かれた「レインツリーの国」なるブログにたどり着く。
伸行は感想に共感してサイトの管理人ひとみにメールを送り、それがやがて文通に発展する。
そうなれば「一度会ってみませんか」となるのは森田芳光の『(ハル)』のパソコン通信時代からのお約束だが、映画は原作同様、デートの待ち合わせ場面までひとみの姿を登場させない。
その焦らしはいいのだが、「フェアリーゲーム」の内容紹介時のアニメ風イラストと、メールを読み上げる張りのある声優ボイスが、原作イメージをぶち壊している。まあ、そう感じたのは私だけかもしれないが。
ようやく登場するヒロイン
大阪から上京してきて食品会社に勤めている伸行は、軟派な先輩(有川作品常連の阿部丈二)の恋愛指導を受けながら、ついにひとみとの初デートに漕ぎつける。
待ち合わせ場所は原作の紀伊国屋書店から青山ブックセンターに変更されたが、「フェアリーゲーム」の書架の前で待っているのは、ロングヘアにヘッドフォン着けた西内まりや。
久々だなあ、西内まりや。事務所退所の騒動から、とんとご無沙汰だ。最近では『全裸監督』で観て以来。
野暮ったいはずの長くて重たい髪の毛が、彼女だとサマになっているけど。ちなみに、ひとみの本名は人見利香で、原作と異なり早々に、ひとみは苗字だと明かしてしまう。
◇
声優ボイスに代わりひとみ本人が登場してからは、割と安心してストーリーに没入できた。
微妙に距離がありメールのやりとりが長い恋愛ドラマなので、原作に変なアレンジを加えられると微妙なバランスが崩れてしまう気がして、映画を観るのが不安だった。
だが、きちんとツボを押さえた演出になっていて、一安心。有川ひろ原作に慣れている三宅喜重監督の安定感ある仕事ぶり。もっとも、伸行にダメ出ししたくなるポイントは多々あるのだが、これは原作通りだから悪しからず。

今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
ひとみの抱えていた秘密
さて、ひとみがはじめに伸行に会うのを躊躇したのには理由がある。混んでいる人気店ではなく静かな店、映画は字幕付きの洋画でないと駄目、極めつけは、彼女が乗ったエレベーターが重量オーバーでアラームが鳴っても無視。
これを「なんて自分勝手で傲慢な女なんや」と怒った伸行は、ひとみが聴覚障害者で補聴器を付けていることに初めて気づく。
「途中まで、普通の女の子みたいにデートできて嬉しかったです」
彼女は、自分の耳のことを言えなかった。気づかれたくなかったのだ。泣いて謝って、ひとみは走り去っていく。

強引にデートに誘い出したくせに、ちょっとしたことでイラついて初対面のひとみに声を荒げる伸行もどうかと思うが、聴覚障害のせいだと分かっても、走り去る彼女を追いかけないのはさすがに鈍い。
よくここから関係が挽回できたと感心するが、どうにか再び糸を手繰り寄せても、今度はレストランで大声で話してみたり、往来で彼女にぶつかったバカップルに向かって、彼女の障害の件をばらしたりと、とにかく伸行にはデリカシーがない。
伸行がガサツで無神経なやつと、観客に見放されずに済んだのは、ひとえに玉森裕太の好感度のおかげではないかと思う。
孤立するひとみと、寂しさを乗り越えた伸
オスカーを獲った『コーダ あいのうた』や吉沢亮の『ぼくが生きてる、ふたつの世界』など、近年の聴覚障害者を扱った映画は、大仰な表情と手話を使う明朗快活なキャラが多い気がする。
だが、ひとみのように、手話ではなく筆談で会話する人や、引っ込み思案で孤立している人たちは、けして少数派ではないはずだ。
ひとみの勤める旅行会社の同僚OLたちの陰湿ないじめはひどかったし、嘱託オヤジが残業中のひとみを狙って襲い掛かってくるのもドン引きした。若い娘があんな孤立社会で生きているのは、さぞつらいだろう。
◇
一方の伸行も、脳腫瘍の手術をした父(大杉漣)が、家族の中で次男の自分のことだけ覚えていないというつらい目を味わっている。
登山の滑落事故で耳を怪我したひとみと不幸比べをするわけではないが、これはこれで本人にはつらい出来事だ。映画の冒頭で、患者(大杉漣)の病室で世話をする伸行はどうみてもヘルパーなのだが、こういう伏線があったのだ。

髪切ってみいひん?
恋愛偏差値の高い、伸行の同僚女子のミサコ(森カンナ)は、「大阪弁で「好き」って言ってみて」と合コンで伸行にからんで怒られ、それがきっかけで彼に好意を持つ。
「私に乗り換えちゃえば?」
と猛攻する割には、性格は陰湿ではない。
「ミサコさんが伸さんのタイプじゃありませんように」
と絵馬に小さく書くひとみが可愛い。
◇
「髪切ってみいひん?」
ひとみの長くて野暮ったい髪を、母の美容室でカットさせようと提案する伸行。相変わらず、デリカシーのない文句で誘うのだが、原作の東京の叔母さんの店ではなく、大阪の母の店に変えたアレンジは良い。
この物語では父親は冴えないが、ひとみの母(麻生祐未)と伸行の母(高畑淳子)は、どちらも温かみがあって泣かせる。

西内まりやがロングをバッサリ切ってショートヘアになるシーンは、『ローマの休日』のヘップバーンの名場面を意識したのだと思う。二番煎じではあるが、ドキッとするような美しさだ。
その後、「それに似合う服と靴を買いに行こか」とパパ活のような台詞を伸行が吐く。『ローマ』のあとは『マイフェアレディ』か。
でもこのショートヘアにはこの物語ならではの意味があり、補聴器を隠さずに堂々と見せて、生きていくという意思表明になっている。

最後の抱き着きクリスマスツリー前のキスは、いかにもアイドル恋愛映画のハッピーエンドっぽい華やかさだ。メールのやりとりが多い原作の映画化は難しそうだが、手堅くまとめている。は
西内まりやは、『キューティハニー』よりこっちがいい。本格復帰はまだかなあ。