『BROTHER』
北野武監督がLAを舞台に撮ったバイオレンス作品。血みどろの抗争と久石譲のピアノで確立された原型。
公開:2001 年 時間:114分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 北野武 キャスト 山本: ビートたけし デニー: オマー・エップス ケン: 真木蔵人 白瀬: 加藤雅也 加藤: 寺島進 原田: 大杉漣 石原: 石橋凌 警察官僚: 大竹まこと クラブのママ: かたせ梨乃 仁政会組長: 渡哲也 杉本: ジェームズ・シゲタ 花岡組長: 奥村公延
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
ポイント
- LAに流れ着いても無茶な暴れ方をするたけしには、理屈抜きに愛着がわく。今回はいい役もらった寺島進のほか、弟に真木蔵人、日本人街の顔役に加藤雅也とイケメンを配したLA陣営だが、日本でのワンシーンのみでも渡哲也の存在感に圧倒。
あらすじ
抗争の末、自分の組を失った日本のヤクザ、山本(ビートたけし)。新たな抗争を避けるように東京をたって、留学したまま消息を絶っていた弟ケン(真木蔵人)を訪ねて米国ロサンゼルスへ。
そこで再会したケンは麻薬の密売に携わっていて、山本は大胆にも、ケンと仲間たちの商売を邪魔してきた地元マフィアを返り討ちにしてしまう。
そんな侠気に惚れ込んだケンの仲間や日本人アウトローたちは山本の兄弟(ブラザー)となり、LAの裏社会で勢力を拡大していく。
今更レビュー(ネタバレあり)
たけし、西海岸でカメラをまわす
北野武監督がLAを舞台に撮ったヤクザ映画であるが、ハリウッド映画ではなく日英合作になっている。
『戦メリ』の製作に携わったジェレミー・トーマスとオフィス北野の森昌行が手を組み、ハリウッドの撮影システムと作家性を重視する北野の映画作りを融合させる、新たな映画作りの枠組み作りに挑んだ作品。
タイトルバックに出る、Beat Takeshi とか Claude Maki とかの表記がなんだかクールだわ。
◇
冒頭、LAの空港に降り立つ、たけし扮するヤクザの山本。ノータイに開襟シャツ、お馴染みの格好。タクシーの運ちゃんやホテルのポーターにチップを渡すたびに、みんな驚きの表情。高額紙幣なのだろう、さすが極道者。
山本が日本料理屋に行くと、探している人物は退職したという。
ここで回想シーンとなる。日本で山本は花岡組で武闘派として一目置かれる存在。だが、抗争によって組長の花岡(奥村公延)を殺害されたことから、花岡組は勢力を失う。
兄弟分の原田(大杉漣)は生活のため、子分らを引き連れて敵対組織である仁政会の盃を受ける。
山本は舎弟の加藤(寺島進)とともに組に残っていたが、仁政会から山本を殺すよう命じられた原田が、ホームレスを偽装で殺害し、山本を海外逃亡させる。こうして彼はロスの地に足を踏み入れたのだった。
◇
大杉漣に寺島進と北野映画の常連で固めるヤクザ者たちだが、組長が奥村公延という意外性の面白さ。おそらく初めての組長役だろう。すぐ死んでしまい組が解散になるというのも納得。伊丹十三監督の『お葬式』以来、死体役はお手のもの。
北野武はこういう役者を組長に使うのが好きなのかも。『キッズ・リターン』では、寅さんのおいちゃん役で知られる下條正巳が組長だったし。
英語が分からないファッキン・ジャップ
さて、舞台は再びLAへ。山本の探しているのは、米国に行ったまま消息が絶えた弟のケン(真木蔵人)。この町でケンは悪い仲間とドラッグの売人をやっていた。
山本が渡米して早々にでくわした、出会いがしらに紙袋のワインを落として弁償しろと凄む詐欺。無謀にもそれを山本に試した黒人の男デニー(オマー・エップス)は目を刺されてしまうのだが、彼はケンの仲間であった。
後日ケンに紹介されて、「お前、俺を刺したヤツじゃないのか」とデニーが尋ねるも、シラを切りとおす山本。
英語も分からず無口なこの山本という人物を、ケンの仲間たちは不気味に思っているうちに、ケンを痛めつけるドラッグの胴元を山本が次々と射殺。
更には殺した連中のシマを奪い取ろうと、その上層部にも掛け合い、そこでも結局相手を皆殺しと、みるみるうちにLAで勢力を広げていく山本の一味。
「ファッキンジャップくらい分かるよ、バカヤロー!」
キャスティングについて
まあ、相当無茶なバイオレンス展開なのだけれど、『キッズ・リターン』(1996)のリハビリ状態から5年ほど経過し、ようやく北野武も本来の暴力的な映画が撮れる精神状態に戻ったようだと嬉しくなる。
真木蔵人は『あの夏、いちばん静かな海。』(1991)以来の北野作品か。同作ではビートたけしの共演はないし、恋愛映画だったから、本作のギャングのような尖った役は新鮮。ガラの悪そうな英語もなかなか似合う。
たけしと若造が二人並んで暴れまくる姿は、『GONIN』(1995、石井隆監督)の再来かと思ったが、あの時の弟分は木村一八だった。
勘違いといえばもうひとつ。LAの日本人街を仕切っている白瀬を演じる加藤雅也。はじめは反目しているが、加藤(寺島進)の命を賭した交渉で山本と兄弟分になる。
この加藤雅也がメチャクチャカッコいいし、実際LA在住だから、英語から身のこなしまで本物っぽい。
舎弟に石橋凌が出てきたせいか、加藤雅也と『キッズ・リターン』の安藤政信とが脳内で混然としてきてしまった。考えてみれば、年齢が違うのだが、どこか雰囲気は似ている。
加藤雅也と寺島進が同じ場面で並んでいると、篠原涼子の刑事ドラマ『アンフェア』を思い出すなあ。
◇
本作でもいつも通り久石譲が音楽を担当。バイオレンスとは不似合いなピアノ曲が美しい。必要以上に目立つことなく、それでいて心に残るメロディ。
久石譲の映画音楽としては、あまりメジャーな方ではないのかもしれないが、私にとっては上位に食い込む楽曲である。
しかもただ美しいだけのピアノ曲ではなく、エンドロールでは途中でスクラッチの入ったビートの効いた曲に様変わりして驚かせてくれる。
登場するだけで痺れるぜ
山本は冒頭で渡米したまま、日本には戻らない。日本では、敵対組織の仁政会の傘下に入った原田(大杉漣)が、他の幹部に裏切者呼ばわりされて、啖呵を切って自ら腹を切り、身の潔白をみせつける場面が印象的だ(海外で理解されるかは知らないが)。
◇
そして、この原田が腹切りを見せる仁政会の集まりで、一同を仕切る組長が渡哲也である。渋いなあ、さすがに貫禄が違う。
なかなか顔を見せないカット割りで本命登場と匂わせての渡哲也。冒頭に出演者名を出さなければ、もっとサプライズになったのに。
この組長が、裏切者呼ばわりした幹部に指詰めでけじめをつけさせる。
本作にははらわたを見せるほか、指を詰めたりするシーンが複数あるが、唐突で必然性を感じない。海外ウケを狙った演出なのか。『ブラック・レイン』(1989、リドリー・スコット監督)を意識したわけではないだろうが。
渡哲也の出番がワンシーンなのは物足りないし、そもそも日本とLAで物語がきれいに分断されてしまっているのは、盛り上がりに欠ける気がした。
まあ、沖縄を舞台にした『3-4X10月』(1990)や『ソナチネ』(1993)でも、別に二元的にドラマが展開していたわけではないが。
I love you “Aniki” !
北野武監督のバイオレンス映画の例にもれず、本作でも大勢のブラザーたちが死んでいき、最後には<兄貴>と慕われた山本が、イタリアン・マフィア連中に血の抗争を仕掛けて報復攻撃を受ける。
何人ものスーツ姿のマフィアがマシンガンでダイナーのドアの前に立つ山本をハチの巣にする。その直前、ダイナーの老店主にドアの修理代を渡しているのが粋なふるまいだ。
渡米当初に山本が目を刺した黒人のデニーが、彼を”Aniki”と呼んで最後まで慕っている。だが、もうマフィアからは逃げられないと踏んだ山本は、デニーを殺したと見せかけて逃亡させる。それは奇しくも、原田(大杉漣)がかつて山本のためにやったことと同じだ。
単身逃げるクルマの中でデニーは、あんな凶暴な連中を敵に回したアニキを恨み悪態をつくが、渡されたカバンの中身の札束に驚く。イカサマ賭博でかすめ取られた分を利子付けて返すと手紙が添えられている。
ついでに、「目を刺したのは俺だ」と詫びている。「そんなの知ってたよ、ブラザー」とデニーが泣き笑いする。” I love you, Aniki.”
◇
ちなみに、本作で使用された拳銃はどれも本物だそうだ。弾丸の一発一発も、個数管理しながら撮っていくらしい。ということは、穴だらけになったダイナーのドアも、本物の銃弾だったのか。
本物なんて見慣れてないから、どのくらい迫力が違うのか正直ピンとこないので、作り手に申し訳ない気になる。