『悪霊島』
巨匠・篠田正浩監督が初めて手掛けた横溝正史のミステリー。主演は鹿賀丈史。
公開:1981年 時間:131分
製作国:日本
スタッフ
監督: 篠田正浩
原作: 横溝正史
『悪霊島』
キャスト
金田一耕助: 鹿賀丈史
磯川警部: 室田日出男
三津木五郎: 古尾谷雅人
越智竜平: 伊丹十三
巴御寮人/ ふぶき: 岩下志麻
真帆/ 片帆: 岸本加世子
浅井はる: 原泉
広瀬警部補: 武内亨
荒木定吉: 鷹瀬出
刑部辰馬村長: 多々良純
刑部守衛神主: 中尾彬
刑部大膳: 佐分利信
吉太郎: 石橋蓮司
妹尾四郎兵衛: 嵯峨善兵
妹尾誠: 氏家修
妹尾勇: 草間正吾
女中とめ: 根岸季衣
勝手に評点:
(悪くはないけど)

コンテンツ
あらすじ
1960年代末、探偵の金田一耕助(鹿賀丈史)は瀬戸内海に浮かぶ刑部島に向かう途上、相次いで怪事件と遭遇。死を前にした男から「島には悪霊がいる、鵺の鳴く夜は気を付けろ」と警告を受ける。
島の実力者、刑部大膳(佐分利信)には双子の娘がおり、そのうちのひとり、巴(岩下志麻)は、かつて青年・竜平(伊丹十三)と相思相愛の仲だったが、大膳は無理やり二人の仲を引き裂いていた。
米国で実業家として成功した竜平は久しぶりに島へ帰るが、そこで連続殺人事件が起きる。
今更レビュー(ネタバレあり)
横溝正史ブームも下火に
金田一耕助の最後の事件を映画化した石坂浩二の『病院坂の首縊りの家』が冴えない出来ばえで、「まだまだ、終らないからね」と続いた古谷一行の『金田一耕助の冒険』は更に悪夢のようなパロディだった。
金田一耕助の映画ファンは途方にくれたが、そこに登場したのが本作。横溝正史の『悪霊島』の初の映像化、しかもメガホンをとるのは巨匠・篠田正浩ということで期待も高まったのは確かだ。
だが、結果から言えば、本作も起死回生とは程遠い出来だった。これでケチが付いたか、次に金田一耕助がスクリーンに帰ってくるのは、15年後のトヨエツの『八つ墓村』だ。
結局、1976年に横溝正史ブームを創り出した『犬神家の一族』を、30年後に市川崑監督がセルフリメイクして以来、金田一耕助は映画に登場していない。皮肉にも、ブームに幕を降ろしたのも『犬神家の一族』だったか。
さて、原作である「悪霊島」は、瀬戸内海の小島を舞台にした連続殺人事件もので、冒頭の謎めいた死に際の言葉や、島で対立する一族の関係、複数組で登場する双子、迷路のような鍾乳洞の存在など、横溝作品の定番アイテムの詰め合わせのような内容だ。
マンネリ感は否めない一方、オーソドックスなため、無理筋な内容の『病院坂の首縊りの家』よりも映画化向きだろう。きちんと映像化すれば、十分愛読者にも満足のいく作品に仕上がったはずなのに。
だが、冒頭から早くも不安がよぎる。よせばいいのに、出たがりプロデューサー角川春樹がカメオ出演し、公開当時のショッキングな事件だった、ジョン・レノンの暗殺報道を絡めてくる。
1980年の事件報道当時、立派な社会人になっている三津木五郎(古尾谷雅人)が、レノンの死から、自分がヒッピーだった10年前に刑部島で起きた事件を回想するという構成にしたのは分かる。
とはいえ、この序盤展開も「Let It Be」の曲の使用も、こじつけでしかないし、本編が始まればまったく無関係になる。製作者の趣味の押しつけが感じられ、最初からシラケた。
キャスティングについて
初めて金田一耕助を演じる鹿賀丈史はなかなか良かった。特徴的な眼差しもチリチリのヘアスタイルも役に合っているし、石坂浩二に見慣れた目には、ちょっとぶっきらぼうな言動に新鮮味を感じた。
鹿賀丈史は当時、映画の出演はまだ二作目だが、共演者に室田日出男や根岸季衣がいるので、前作『野獣死すべし』を思い出してしまう。
◇
金田一耕助の依頼人は、刑部島出身で米国で成功した大富豪の越智竜平(伊丹十三)。島にレジャーランドを建設する計画を持って凱旋帰郷するが、途端に殺人事件が発生する。
刑部神社の祭礼の夜に、宮司の刑部守衛(中尾彬)が竜平の寄進した黄金の矢で刺殺され、宮司の双生児の娘・片帆(岸本加世子)が、人里離れた谷で絞殺死体で発見される。

まだ監督業に目覚める前の伊丹十三、そして、かつて『本陣殺人事件』でヒッピー風の金田一耕助を演じた中尾彬。そして島で唯一人の猟銃使いで力自慢の吉太郎に石橋蓮司と、市川崑作品の常連とはまた一味違うキャスティング。
◇
金田一の相棒・磯川警部役も、『悪魔の手毬唄』の若山富三郎から室田日出男になり、随分シャープな動きになった印象。
双生児の真帆/片帆に岸本加世子が若く、笑顔が眩しい。この時代の彼女は上白石萌音に似ているのだと思った。もしもリメイクするなら、上白石姉妹でどうだろう。
北風よ/岸本加世子#グリーンバックジャケ貼ろうぜ pic.twitter.com/Rl55Y7ahU1
— だいさく (@daisaku756) April 20, 2025
岩下志麻の存在感はあったが
でも、この映画で最も妖艶に撮られているのは、双生児の母親にあたる巴御寮人の岩下志麻なのだ。篠田正浩監督の映画である以上、夫人の岩下志麻が一番輝いているのは必然だろうけど。
市川崑監督作品に限った話ではないが、金田一耕助の事件では真犯人はかなりの高確率で、被害者一族の一番美しいご婦人となっており、しかも金田一耕助が謎を解いた直後に警察の目を逃れて自殺してしまう。

本作も大筋でその不文律に沿っているのだが、目元がキリリとした極妻系の岩下志麻が演じていることで、これまでの横溝作品の主犯女優陣とは雰囲気の異なる作品となった。
◇
キャスティングに関しては文句なしの本作だが、ミステリーとしては詰めの甘さが否めない。一体誰が殺したのかという盛り上がりも、トラップ的な演出も、皆無に近いのだ。
加えて、これは原作のせいでもあるが、横溝正史ドラマ特有の猟奇的な殺され方も物足りない。もはや我々は、生首のひとつやふたつ出てこないと不満に思うように、過激さに順応してしまっているのだ。いかん、いかん。
小学校の頃に見てトラウマになって心に焼き付いてた金田一シリーズの「悪霊島」と視聴。子供の頃のトラウマとは恐ろしい…ストーリーから配役まで記憶に残ってた。岩下志麻は撮影時40歳。綺麗に過ぎるだろこの人 pic.twitter.com/HH99OI9xHo
— ボコスカウォーズ(ゴアさん) (@gits5551) April 21, 2025
また、本来クライマックスとなるはずの、壮大な規模の鍾乳洞での探索や対決が、この映画ではあまりに貧相だった。
洞窟ロケは場所探しも撮影も難しいことは理解するが、『八つ墓村』に比べてもあまりに寂しく、原作からも大きくスケールダウンしてしまったのは残念。
あと15分くらい長尺にして、鍾乳洞シーンを充実化させたら、この映画はもっと面白くなったと思うなあ。事件が終わったらさっさと姿を消す金田一、いつもの去り際の美学は健在。