映画『幻肢』今更レビュー|脳だって嘘をつく

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『幻肢』

藤井道人監督が島田荘司原作の初映画化で挑む、脳科学ミステリー。

公開:2014年 時間:92分  
製作国:日本

スタッフ 
監督・脚本:      藤井道人
原作:         島田荘司

             『幻肢』
キャスト
神原雅人:        吉木遼
糸永遥:        谷村美月
亀井健:        遠藤雄弥
彩:           紗都希
川畑准教授:     宮川一朗太
宮沢教授:       佐野史郎

勝手に評点:2.5
  (悪くはないけど)

(C)2014 映画「幻肢」製作委員会

あらすじ

ドライブ中に事故にあった大学生の雅人(吉木遼)は重傷を負い、意識を取り戻した雅人は、事故に関する記憶を失っていた。

記憶を失った息苦しさと恐怖とで日増しに精神状態が悪化していく雅人は、精神科の先端療法である「TMS治療(経頭蓋磁気刺激法)」を受けることにする。

それは、ある刺激を脳に与えることで失った記憶を呼び起こすという療法だったが、TMS治療を受けた雅人の前に、クルマに同乗していた恋人の遥(谷村美月)の姿が浮かび上がるようになる。

今更レビュー(まずはネタバレなし)

日本ミステリー界の巨匠、島田荘司が映画のために書き下ろした原作を映画化、藤井道人監督がデビュー作『オー!ファーザー』に続きメガホンを取った作品。

ベテラン作家の島田荘司だが、作品が映画化するのは本作が初めてだそうで、ちょっと意外。

題材となっているTMS(経頭蓋磁気刺激法)とは、脳に磁気刺激を与え、脳の活動を活性化する、うつ病患者への効果が実証されている治療法。

自動車事故で重傷を負い、記憶を失くしてしまった主人公の医学生・雅人(吉木遼)が、入院生活の中で次第に精神を追い詰められていき、うつ病を発症、このTMSを試みる。

『幻肢』とは本来、事故や病気で手足を失った人が、存在しないはずの四肢を、依然そこにあるように感じることをいう。

本作では、幻肢は脳が自身の精神安定のために創り出す幻であるととらえ、それならば「四肢のように大切な人」を失ったときにも、同じように脳がその人の幻を生み出すのではないかというアイデアが登場する。

ところで、映画では「幻肢」のことを子」と同じイントネーションで語っているが、のように後ろにアクセントを置くべきではないかと気になった。まあ、どうでもいいか。

治療のためにTMSを採り入れた雅人は、自動車事故で同乗していて亡くなったというが全く記憶にない、彼の恋人・遥の幻を見るようになる。

記憶がないためにどんな顔かも覚えていない遥は、顔写真もあえて写さずにいたため、突如、谷村美月が幻として登場したときは結構インパクトがあった。研究室の床に落ちて割れたビーカーと共に現れるなんて、まるで『時をかける少女』ではないか。

雅人以外には誰にも見えない存在の遥は、TMS治療を続けるうちに次第に会話もできるようになり、いつしか二人は、もとの恋人同士のような、かけがえのない存在になっていく。だが雅人は、交通事故の記憶だけを取り戻せずにいる。

(C)2014 映画「幻肢」製作委員会

ミステリーとしては先の読める展開ではあるが、幻の彼女との逢瀬にのめり込んでいく青年の描き方は、本作以降に藤井道人監督の撮る青春ドラマの片鱗が感じられ、なかなか良い。

伊坂幸太郎ファンとしては不満の多かったコメディタッチの『オー!ファーザー』に比べると、こういう作品の方が監督には馴染んでいる。

映画化前提の書き下ろしというが、島田荘司の原作では記憶喪失となる主人公は遥の方で、彼女がTMS治療を受けると、雅人の幻肢が現れるようになる。つまり、藤井道人は脚本段階で主演の男女二人を入れ替えているのである。

なぜ改変したのだろう。ヒロインの谷村美月を幻にしたほうが、画としてもファンタジックだし、谷村美月ファンを呼び込めるからか。

そういう要素もあるのかもしれないが、終盤の自動車事故の謎が解けてくると、映画のように記憶喪失になるのは男性の雅人の方が、話の展開に説得力がある

ベテラン作家の書き下ろし原作に対し、駆け出しの若手監督だった藤井道人がこんな重要ポイントの設定改変を持ち出したのであれば、その胆力と目の付け所には感服する。

(C)2014 映画「幻肢」製作委員会

主人公・雅人役には、長編映画初出演の吉木遼。近年は俳優ユニット「モザイク東京」で活動中。

本作では生真面目で実直そうな医大生役が合っていたが、幻肢の分野以外の学科は落ちこぼれという雅人の設定にはやや無理があった。存在感にアピールが足らないのは、初主演だからやむないところか。

恋人で幻肢となったを演じた谷村美月は、青森から上京してきた、素朴でかわいい優等生キャラ。まあ、似合うよね。遥のダッフルコート姿も妙に馴染んでいるし。あの頃、純朴そうな地方出身の若手女性役は谷村美月だったなあ。

(C)2014 映画「幻肢」製作委員会

驚いたのが、雅人の親友の医大生、亀井健役の遠藤雄弥。この親身になって心配してくれる亀井くんは、優秀で明朗な好青年。

つい最近どっかで見た顔だなと気になっていたのだが、先週観たばかりの『辰巳』(2024,小路紘史監督)の主人公の死体処理屋だった。ギャップの大きさに萌える。

(C)2014 映画「幻肢」製作委員会

今更レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見・未読の方はご留意ください。

さて、ここまで引っ張っておいてなんだが、本作はミステリーとしても映画としても、面白味や新鮮味に欠けるように思う。

TMSで死んだ恋人の幻肢が見えるという発想自体は悪くないが、冒頭の佐野史郎演じる教授がたどたどしく語る「幻肢」の講義はあまりに説明的

(C)2014 映画「幻肢」製作委員会

記憶喪失になった主人公のリアクションも、思い出そうとするとひどい頭痛が起きて苦しむ演出も、どれも昭和のベタな昼メロのような古臭さ。人には見えない恋人とデート会話していて、周囲が変な目で見るパターンもありきたり。

雅人が運転していたクルマの事故で遥を死なせてしまったらしいことも、いや、実は遥は死んでおらず同じ病院で入院していたということも、何となく読める展開。

(C)2014 映画「幻肢」製作委員会

想像を超えてきたのは、なぜ自動車事故が起きたかという点。

優秀な遥にくらべ不出来な自分に劣等感を抱いた雅人が、親友の亀井と遥が仲良く話しているのを見かけて嫉妬心を燃やす。そんな彼が運転中に助手席の遥が「私たち、しばらく会わずに距離を置こうか」と切り出したことで悲劇が起きる

「俺は絶対別れねえぞ」と夜の山道を運転中のクルマでブレーキを踏む。後続車がパッシングしても無視。あせる遥が走らせるように言うと、今度はアクセルをベタ踏みで猛スピード

暗くて視界の悪い山道を時速80キロ越え、しかも俯いて泣きながら運転で前を見てないもんだから、そのまま崖から転落。そりゃ、そうだろう。

こんな情けないダメ男、彼女を巻き添えにせず、記憶喪失なんかじゃなくて、ひとりで死んでよし。とても感情移入できない。

終盤には、死んでいなかった本物の遥が現れて、幻肢は消えていく。ダメ男に愛想を尽かさないのが不思議だが、谷村美月が嫉妬に狂ってクルマを暴走させるのは想像できないから、やはり主演の男女を入れ替えたのは正解だった。

ラストシーンで、幻肢の遥が雅人に呼びかける声が聞こえるのだが、そこからホラー展開にした方が面白かったんじゃないか。