『私にふさわしいホテル』
柚木麻子の原作を堤幸彦監督が<のん>の主演で映画化した文壇コメディ
公開:2024年 時間:98分
製作国:日本
スタッフ
監督: 堤幸彦
脚本: 川尻恵太
原作: 柚木麻子
『私にふさわしいホテル』
キャスト
中島加代子: のん
(相田大樹/白鳥氷/有森樹李)
遠藤道雄: 田中圭
東十条宗典: 滝藤賢一
東十条千恵子: 若村麻由美
東十条美和子: 髙石あかり
明美: 田中みな実
有森光来: 服部樹咲
須藤書店員: 橋本愛
勝手に評点:
(悪くはないけど)

コンテンツ
あらすじ
作家・相田大樹(のん)は新人賞を受賞したものの、大物作家・東十条宗典(滝藤賢一)から酷評され、華々しいデビューを飾るどころか小説を発表する場すら得られなかった。
憧れの「山の上ホテル」に宿泊した彼女は、憎き東十条が上階に泊まっていることを知る。
大樹は大学時代の先輩でもある担当編集者・遠藤(田中圭)の手引きによって東十条の執筆を邪魔し、締切日に文芸誌の原稿を落とさせることに成功。しかし彼女にとって、ここからが本当の試練の始まりだった。
文壇への返り咲きを狙う大樹と彼女に原稿を落とされたことを恨む東十条の因縁の対決は、予測不能な方向へと突き進んでいく。
レビュー(ネタバレあり)
のんが作家を演じる文壇コメディ
柚木麻子の同名原作を<のん>の主演で堤幸彦監督が映画化した文壇コメディ。
多作で知られる堤幸彦監督だが、『TRICK』とか『SPEC』のシリーズを除けば、『20世紀少年』のように原作忠実な映画化が多いように思う。本作も例にもれず、比較的原作に沿った内容になっている。
◇
晴れて「プーアール社」主催の文学新人賞を受賞して作家デビューとなった主人公の相田大樹(のん)だが、その作品を大御所作家の東十条宗典(滝藤賢一)に酷評されたおかげですっかり世間からは忘れられ、「プーアール社」には出版もしてもらえずにいる。

そんな彼女が文豪の愛する聖地、山の上ホテルに自腹で一泊し執筆しようとしたところ、上階に因縁の東十条が缶詰になって原稿を書いていると知り、そこから、やられたらやり返す応酬バトルが繰り広げられる。
大樹の大学時代の先輩が、大手出版社「文鋭社」の老舗文芸誌「小説ばるす」編集者をしている遠藤道雄(田中圭)。彼女を作家として成長させようと叱咤激励しているようにみえ、その正体は不透明。

のんのヒステリックな役は苦手
物語は、文壇に生きるこの3名が中心になって進んでいく。コメディではあるが、率直に言って、私の笑いのツボはほとんど刺激してくれなかった。
原作との相性のせいかもしれないことは否定しないが、作家として売れるためにいろいろ策を講じる主人公を演じる<のん>が、この役にはあまり合っていない気がした。
彼女が女優として逸材であることに異論はないが、すぐに激昂してヒステリックに金切声をあげて暴力的になる演技は、個人的には苦手なのだ。『私をくいとめて』(大九明子監督)でも、同じような暴言キャラに辟易した記憶がある。
あのハイテンションをさかなクンのキャラにうまく転用して成功した『さかなのこ』(沖田修一監督)のように、大胆な設定を用意しないと<のん>は活かしきれないのだ。

この作品の面白味は、<のん>と大衆向けエロ不倫小説の大物作家を演じる滝藤賢一との、時にいがみ合い、時に休戦し共同戦線を張る二人の関係にある。
田中圭も真面目腐った感じでボケることはあるが、本作では基本、堅物の先輩キャラで通している。そうなると、<のん>の仕掛ける笑いの受けはあくまで滝藤賢一だ。
傍若無人な振る舞いの<のん>が気にならずに、この二人の丁々発止の掛け合いが楽しめるかどうかで、好き嫌いが分かれるように思う。

橋本愛を絡めたいのは分かるけど
後半で、出版された著作を何とか目立たせようとと、ポップを書けばその本がすぐ売り切れるカリスマ書店員に売り込みをかける大樹(別名で有森樹李となっているが)。
その書店員を橋本愛が演じているのは、当然、朝ドラ『あまちゃん』の<潮騒のメモリーズ>を意識した配役だろう。でも二人の共演ネタって、すでに『私をくいとめて』でも話題になっており、二番煎じだろう。
なお、同じ柚木麻子原作の『早乙女カナコの場合は』が2025年現在公開中だが、こちらはその橋本愛が主演し、早稲女(早稲田大のガサツでタフな女)を演じている。
彼女が出版社勤務で、そこに有森樹李(のん)がカメオ出演するらしいが、このコンビの扱いはどこまで続くやら。
『早乙女カナコの場合は』は原作しか読んでいないが、本作の作家役が<のん>で、あちらの早稲女が橋本愛なら、配役が逆の方がハマるんじゃないかと勝手に思ってしまうのだが。
映画においてもうひとつ気になったのが、ホテルの扱い方だ。
メインとなる山の上ホテルは、御茶ノ水駅近く、明大キャンパスそばにある丘の上の由緒ある小ぢんまりしたホテル。現在は休館中であり、改装前の最後の姿を映画のロケで使わせてもらえたことは幸運といえる。
だが、そのありがたみがどうやら分かっていない。コメディとはいえ、もう少し山の上ホテルの良さをカメラに収められなかったかと悔やまれる。
池田エライザのドラマ『名建築で昼食を』の「山の上ホテル」回とは歴然とした差がある。そこに建築愛はなくとも、映画のタイトルにある以上、ホテル愛がなければいかんのではないか。
原作では挿話ごとに都内の様々なホテルが舞台として登場するが、映画では他のホテルはぞんざいに扱われていることも興ざめだ。
作家としての品格
東十条先生(滝藤賢一)の行きつけの銀座の高級クラブのママに田中みな実、先生の妻に若村麻由美、娘には、2025年の朝ドラ『ばけばけ』でヒロインになる髙石あかり、文壇期待の天才女子高生・有森光来には、『ミッドナイトスワン』でバレエ好きの少女だった服部樹咲と、脇を固める女優陣は充実している。
だが、メインとなるストーリーにしっかりと入り込むことはなく、あくまでドラマは<のん>・滝藤賢一・田中圭の三人だけで進んでいき、広がっていかない。
主人公がどういう小説を書いているのか、タイトルだけではイメージがつかめず、彼女に才能があるのかもよく分からずじまい。
怨恨があったとはいえ、東十条の原稿にシャンパンボトルの中身をぶちまけて水浸しにしたり(文豪エールはイタかった)、彼の著作本を砲丸投げのように放り投げて万引き犯にぶつけてみたりと、作家としてのお行儀はよくない。
彼女にふさわしいホテルなんて、その辺の木賃宿で十分なんじゃないの、と思わずにはいられない。