『フィッシュストーリー』
伊坂幸太郎原作に中村義洋監督、斉藤和義の音楽に濱田岳。これぞ鉄板の組み合わせ。俺たちのこの曲は、誰かに届くのかよ!
公開:2009 年 時間:112分
製作国:日本
スタッフ 監督: 中村義洋 脚本: 林民夫 原作: 伊坂幸太郎 キャスト <1975年> 繁樹(B): 伊藤淳史 五郎(Vo): 高良健吾 亮二(G): 大川内利充 (DRIVE FAR) 鉄矢(D): 渋川清彦 岡崎: 大森南朋 谷: 眞島秀和 波子: 江口のりこ <1982年> 雅史: 濱田岳 健太郎: 山中崇 悟: 波岡一喜 <2009年> 麻美: 多部未華子 正義の味方: 森山未來 <2012年> 谷口: 石丸謙二郎 客: 恩田括
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
1975年、鳴かず飛ばずのパンクバンド<逆鱗>のメンバー(伊藤敦史、高良健吾、渋川清彦、大川内利充)は、解散前最後のレコーディングに挑んでいた。
そして時は流れ、地球の滅亡まで数時間に迫った2012年、営業を続ける一軒のレコード店から<逆鱗>のあの一曲、「FISH STORY」が流れ始める。
今更レビュー(ネタバレあり)
原作以上に原作っぽい脚本構成力
伊坂幸太郎の原作ものは中村義洋監督に任せておけば安心だ。『アヒルと鴨のコインロッカー』から始まり、本作・『ゴールデンスランバー』・『ポテチ』と、今までに四作品を手掛けている。
さらに濱田岳はそのうち三本に出演している。この三人のタッグは相性がよいのかもしれない。
◇
『アヒルと鴨』でもそうだったが、中村義洋監督はきちんと映画ならではのサムシングを作品に付加してくる。
本作において、感心した点は大きく二つ。まずは、脚本の中に、二つの原作を巧みに混ぜ合わせた発想力だ。
『フィッシュストーリー』自体は、同名の短編小説集のなかの一篇であるが、本作にはそれとはまったく別モノの伊坂作品『終末のフール』から設定を拝借している。
それは、地球に彗星が激突することが不可避な状況で、そうなれば人類は死滅するしかなく、スラム化した町のなかで遺された時間をどう生きるかが描かれている点だ。
『フィッシュストーリー』の原作では、ネットワーク・セキュリティの問題を解決するとなっていた設定を、地球滅亡への最後の悪あがきという筋書きに大胆に設定変更した。
おかげで、映画自体はとてもスケールアップし、また見上げる空には彗星が輝いているというビジュアルインパクトにもつなげられている。
しかも、この二つの設定の融合は、あまりに自然で、始めからそのような原作だったとしか思えない。これはきっと伊坂幸太郎も感服したのではないかと、勝手に想像している。これは脚本家の林民夫の発案だろうか。
そして伊坂といえば斉藤和義
もうひとつ感心した点は、映画ならではの音楽の使い方だ。
斉藤和義が音楽プロデュースとなれば、伊坂作品と合わないはずがないのは分かっていたが、効果は期待以上。
原作で何度も登場した 「僕の孤独が~!、魚だったら~!」の歌詞にメロディがついて、それがパンクロックとなって流れてくるのは、やはり臨場感が違う。
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勿論、本を読んだ時点では、みな勝手なメロディを想像していたわけだが、それが現実に歌となって現れるのだ。しかも、斉藤和義なら、このメロディが正解に決まっている。
「なあ、この曲はちゃんと誰かに届いているのかよ」
解散の決まったパンクバンド<逆鱗>が最後のレコーディングで一発録りしたこの曲が、時空を超えて奇跡を起こす。
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<逆鱗>が活動していた1975年、彼らの曲をカーステのカセットテープで聴く濱田岳たちのいた1982年、そこからノストラダムスの大予言があった世紀末を過ぎて、修学旅行で客船に取り残された多部未華子のいた2009年。
そして、彗星衝突まであと数時間と迫った2012年でも、普通に店を開けている中古レコード店と、時代が目まぐるしく飛び移る。だが、クルマやセット、小道具の使い方がうまいのか、時代で混乱を覚えることはあまりない。
キャスティングの面白さ
本作はなかなかキャスティングが面白い。群像劇のようなスタイルをとるが、特にひとりで目立つ主演のような俳優はおらず、みんながいい塩梅に分担している。出演者についても、あんな人が出ていたかと、見るたびに発見がある。
1975年、<逆鱗>のリーダー伊藤淳史は、例のいつも善人になってしまう演技をギリギリ封印に成功し、パンクロッカーっぽい雰囲気。彼女がホステスの江口のり子という組み合わせ。
高良健吾は眉毛剃っていて、ボーカルとはいえ『ソラニン』で見せたような存在感はまだ希薄。でも売れないバンド感は抜群。
◇
ドラムは渋川清彦だったか、と今回初めて認識。ギターの大川内利充はDRIVE FARのメンバーなので、彼は本チャンの腕前。
彼らを見出すマネージャーに大森南朋、ゴレンジャー好きの息子が、2012年にはレコード店長(大森南朋)となる。なお、<逆鱗>とソリの合わないプロデューサーは眞島秀和。これも今回やっと気づいた。
1982年、大学生の濱田岳が運転するクルマに、先輩の山中崇と波岡一喜。山中に何でも言いなりの濱田だったが、合コン相手に「今日私の会う男が世界を救う」と予言され、夜道の運転中に、男に襲われかけていた女性を救うことになる。
クルマで聴いていた「FISH STORY」の曲間の無音状態のところで、女性の悲鳴が聞こえたのだ。山中崇がオラオラ系の先輩なのは今泉力哉の『あの頃。』と同じ。
強姦魔が滝藤賢一だったのは今回発見。てっきり、予言した娘が先輩に襲われそうになっていると記憶違いしていたが、あの娘は無事だったのだろうか。岩崎宏美の『万華鏡』のオカルトネタ、懐かしいなあ。レコード持ってた。
2009年、修学旅行で客船に乗っていた多部未華子が、寝ている間に取り残されてしまうオリジナル設定に無理はあるが(原作は飛行機だし)、伏線になっているからよい。シージャックに襲われるが、船内のカフェで働く正義の味方の森山未來が大活躍する。
父に正義の味方になれと幼少から育てられた男のキャラが絶妙に森山未來に合っている。蝶のように舞い、銃弾をよけて敵一味を倒す彼。東京オリンピックの開幕式での森山未來をみた時、私はこのアクションを思い出していた、『モテキ』のPerfumeとのダンスではなく。
そして2012年。絶望しろ、泣きわめけと、レコード店の店長(大森南朋)や客(恩田括)に煽る車椅子の男・石丸謙二郎。そして、あと数時間で衝突するとなったとき、インドで核兵器を使って彗星の軌道を変えようとする五人の科学者が現れる。
奇跡的に作戦は成功するのだが、その功労者は、優秀な科学者となった多部未華子なのだ。大きなヘルメットが<こけし>のようにみえる絵面の彼女が実に微笑ましい。
当時、こういう笑っちゃうビジュアルの役をやらせたら、多部未華子が最強だった。ロケットの中でも、彼女は眠りこけている。クルーの会話はすべて日本人の同時通訳者がそれらしく喋るという演出も面白い。
最後にはダイジェストでサービス過剰?
原作よりもはるかにいろいろなアイテムが詰め込まれているが、どれも映画的な効果をあげるのに役立っていて、短編の原作を無理に膨らました水増し感はない。
原作を読まずとも、このロケットのシーンまでで、十分に映画は理解でき、楽しめたと思う。
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だが、一応ラストには、<逆鱗>時代よりさらに前の、『フィッシュストーリー』の本がでたらめに翻訳された時代の成り立ちから振り返ってくれる。サービス過剰とまではいかない、ほど良い長さのダイジェストだ。
<逆鱗>のレコード曲の無音状態のおかげで結婚相手と知り合った濱田岳は、正義の味方になれと息子の森山未來を鍛え、その彼が命を救った多部未華子が、巡り巡って地球を救うことになる。
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ちなみに、<逆鱗>名義で出演者によってCDアルバム「FISH STORY」を実際にリリースしているらしい。はたして、無音状態もあるのだろうか。