『さかなのこ』
さかなクンの自伝的原作をもとに、沖田修一監督がのんを主演に映画化。これは驚いた!
公開:2022 年 時間:139分
製作国:日本
スタッフ
監督・脚本: 沖田修一
脚本: 前田司郎
原作: さかなクン
『さかなクンの一魚一会
〜まいにち夢中な人生!〜』
キャスト
ミー坊(さかなクン): のん
幼少期 西村瑞季
ミチコ(母): 井川遥
ジロウ(父): 三宅弘城
ヒヨ: 柳楽優弥
モモコ: 夏帆
総長: 磯村勇斗
籾山: 岡山天音
「海人」店長: 宇野祥平
歯科医: 豊原功補
ツッパリ田村: 前原滉
鈴木先生: 鈴木拓
水族館飼育員: 賀屋壮也
ギョギョおじさん: さかなクン
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
ポイント
- ギョギョ!っとハイテンションで疲れる映画なのかと思いきや、意表をついた<のん>の主演器用で、さかな愛に満ちたほのぼの作品。確かに、男か女かは、問題にならない。柳楽優弥と磯村勇斗がヤンキー演じても喧嘩にならない展開は稀少。
あらすじ
小学生のミー坊(西村瑞季)は魚が大好きで、寝ても覚めても魚のことばかり考えている。
父親(三宅弘城)は周囲の子どもとは少し違うことを心配するが、母親(井川遥)はそんなミー坊を温かく見守り、背中を押し続けた。
高校生になっても魚に夢中なミー坊(のん)は、町の不良たちとも何故か仲が良い。やがてひとり暮らしを始めたミー坊は、多くの出会いや再会を経験しながら、ミー坊だけが進むことのできる道へ飛び込んでいく。
レビュー(若干ネタバレあり)
のんという飛び道具
「男か女かは、どっちでもいい」
という謎のテロップが入る冒頭、魚の性別が謎に満ちていることも意識しているのだろうが、直接的には、女優ののんがさかなクンことミー坊を演じていることに対しての意思表明と受け止めた。
◇
そして水槽への餌やりと魚に歯ブラシという朝の日課を終え、ミー坊はハコフグ帽と着ぐるみのような派手なウェットスーツで、朝の漁船にロケに出かける。クローゼットに整然と並ぶハコフグ帽が、アメコミのヒーローマスクに見える。
漁船の上では、ミー坊が「おっ、こちらはマダイちゃんでギョざいます!」などとお馴染みのフレーズとハイテンションで、レポートを始める。
さかなクンの自伝を沖田修一監督が映画化する、それも、のんを主演で。そう聞いた時は、ちょっと不安が頭をよぎった。
さかなクンの魚介類に対する造詣の深さは自他ともに認めるところだし、愛されキャラの人気者なのも分かる。
でも、あの特徴的なハイテンションとギョギョギョ言葉は、短いバラエティ番組ならともかく、2時間の映画に観客を付き合わせるのは、苦行ではないのか。
◇
だが、沖田修一監督は、そこにジェンダーレスな飛び道具をもってきた。それがのんの起用なのだろう。
なるほど、普段からこの手の、ちょっと<不思議ちゃん>なキャラを難なくこなしている彼女なら、テンション高くギョギョギョと連発しても、けして耳障りにはならないどころか、むしろ可愛げさえある。
このミー坊の役を男性が演じていたら、どうだったろう。頭に浮かんだのは、沖田監督の前作『子供はわかってあげない』(2021)で好青年を演じた細田佳央太。或いは本作にも出ている岡山天音あたりも似合うかもしれない。
でも、やっぱり、本作のミー坊役へのフィット感で、のんに敵う俳優は思い浮かばないな。彼女の本作での演技が、高く評価されていることからも、適材適所だったことが窺える。
小学校時代のミー坊
映画はかなりの時間を割いて、ミー坊の小学校時代を描く。水族館に入り浸り水槽の前で夢中になる日々、母(井川遥)から贈られる魚貝類の図鑑。さかなに憑りつかれたように絵を描き、飼育し、そして毎日の食卓も魚づくし。
学校でも浮いた存在だが、本人は気にせず、無邪気にさかなに思いを馳せる。
海水浴でオオダコを捕獲して小さな体に巻き付けて砂浜に上がってきたミー坊には驚いた。ここだけパニック映画の迫力。あのタコの製作には相当のコストがかかっているらしい。
父(三宅弘城)はさかなにぞっこんのミー坊が他の子供たちと違うことに心配するが、母は我が子に、好きなものを貫けと背中を押し続ける。この毅然とした母親の態度と子供を信じる力は、とても大きく温かい。
◇
街で変わり者として怪しがられるギョギョおじさんとして、さかなクン本人が登場する。カメオ出演かと思ったら、案外登場場面が多い。ここまで多くの登場には賛否あるように思う。ミー坊のキャラがオリジナルではないことになるからだ。
ネタバレになるが、このギョギョおじさんは、自宅にミー坊を招き夜までさかなの絵描きに夢中になっていたため、誘拐容疑で警察に任意同行される。
なんとも切ない自虐的エピソードだ。壁新聞や図鑑など、多くが実際にあったネタだと思うが、あえて原作者に変質者扱いネタを突っ込んできたのは、不可解である。
ところで、父親が「知らない大人の家にひとりで行かせて、いたずらでもされたらどうするんだ」と、ギョギョおじさんの家に行くことを禁止する(母に押し切られるが)。このあたりまで、私はミー坊が女の子だと信じていた。
「男か女かは、どっちでもいい」とは、原作と違い、ミー坊は女だよという意味だと誤解していたのだ。だから、教室で女同士が仲良いのを、なんでエロいと周囲の男子が騒ぐのか不思議に思っていた。
その誤解は、高校に進学し、学ランを着たのんが登場したことで、ようやく解けた。
高校時代のミー坊
高校でもさかなづくしのミー坊だが、彼にちょっかいを出す不良連中がみな、脅迫に動じることのないミー坊の行動にいつの間にかペースを乱され、次第に仲良くなっていく。このほのぼのとした展開が楽しい。
総長(磯村勇斗)に、カミソリのモミ(岡山天音)、幼馴染だったヒヨ(柳楽優弥)。みんな実年齢を忘れて高校生を演じているが、コメディタッチなので違和感はない。
沖田修一監督は『クローズ』を意識したらしいが、磯村勇斗に柳楽優弥なら『今日から俺は‼劇場版』の方が近い。飛び出しナイフを借りてアジをさばいて不良連中に振舞うミー坊。腕前は立派だが、絵的には間が抜けている。
そして、カブトガニの孵化に日本で初めて成功し、新聞記事になったり、卒業しても就職先の水族館や寿司屋でもさかなに夢中でヘマばかりでクビになったりと、実話エピソードが多く盛り込まれている。
原作『さかなクンの一魚一会 〜まいにち夢中な人生!〜』は、彼の半生を綴ったものだが、この材料からドラマに組み立てた沖田修一と前田司郎の『横道世之介』以来の脚本コンビは、今回も原作をうまい具合にアレンジしていると感じた。
さかなクンのもう一つの特技である、ブラバンのバスクラリネットの話とかは(スカパラとのCM共演ありましたね)、本作ではバッサリ削除。さかなのことは関係が薄いので、これは好判断。
社会人になったミー坊
やがて、ミー坊も仲間たちもみな大人になって社会にでる。不良連中がみな、真っ当な社会人になって、しかも一人だけ昔と変わらないミー坊に愛着を感じているところは、ホッコリ温かい。
善人だらけの映画だが、まあそこは、さかなクンだから。元総長の磯村勇人に加え、観賞魚ショップ「海人」店長に宇野祥平も出てくると、『ビリーバーズ』(城定秀夫)の信者たちのようだ。
胸にさらしを巻いているのか、男役もサマになっているのんだが、子連れで部屋に転がり込んできた幼馴染のモモコ(夏帆)との仲に色恋が絡まなかったのは、さすがに男女の関係にみえなかったからか。
実はさかなくんの原作を読んだ際に、私が一番感銘を受けたのは、母の懐の深さと、子供を信じる力だった。本作の井川遥もそれを好演しているが、最後にオチを持ってきて笑いをとる必要があっただろうか。
それに、ミー坊が高校に上がってからは、父や兄は別居しているようで、一家が離散してしまったのか、経緯が何も語られていないのは気になるところだ。
本作を振り返れば、やはりミー坊にのんを起用した作戦勝ちといえる出来栄えだったと思う。
ミー坊はハイテンションではあるが、『私をくいとめて』(大九明子監督)の役で気になったキーキー声と激しい怒りの感情が、本作では抑え込まれており、みんなに愛される、さかなクンになっていた。
ラストは、海岸をひとり走り回って、最後に防波堤から海に飛び込むのん。まるで朝ドラ『あまちゃん』のオープニングではないか。「じぇじぇじぇ」から「ギョギョギョ」に繋がったようだ。