『悪い夏』
染井為人の原作を城定秀夫監督が映画化。生活保護の不正受給者を巡ってのトラブルが、不幸の連鎖に。
公開:2025年 時間:114分
製作国:日本
スタッフ
監督: 城定秀夫
脚本: 向井康介
原作: 染井為人
『悪い夏』
キャスト
佐々木守: 北村匠海
林野愛美: 河合優実
金本龍也: 窪田正孝
宮田有子: 伊藤万理華
高野洋司: 毎熊克哉
山田吉男: 竹原ピストル
梨華: 箭内夢菜
古川佳澄: 木南晴夏
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
市役所の生活福祉課に勤める佐々木守(北村拓海)は、同僚の宮田(伊藤万理華)から「職場の先輩・高野(毎熊克哉)が生活保護受給者の女性に肉体関係を強要しているらしい」との相談を受ける。
面倒に思いながらも断りきれず真相究明を手伝うことになった佐々木は、その当事者である育児放棄寸前のシングルマザー・愛美(河合優実)のもとを訪ねる。
高野との関係を否定する愛美だったが、実は彼女は裏社会の住人・金本(窪田正孝)とともに、ある犯罪計画に手を染めようとしていた。
レビュー(まずはネタバレなし)
全員、小悪人
北村拓海演じる生活福祉課に勤める生真面目な市役所員の主人公が、ちょっとした不幸の連鎖からどんどんと負のスパイラルに陥っていく話。
「クズとワルしか出てこない」っていうキャッチコピーは、『アウトレイジ』の「全員悪人」みたいだが、こちらの方がだいぶ小悪人である。
染井為人の作家デビューとなる同名原作を、監督・城定秀夫、脚本・向井康介というベテラン同士の初顔合わせで映画化。染井為人は『正体』(2024)に続いての映画化作品となるが、主人公をとことん不幸にさせるのがお好きな作家のようだ。
生活保護の不正受給を続ける連中を相手に、市役所のマジメキャラ佐々木守(北村匠海)が訪問調査。のらりくらりと質問に答える相手が、仮病の腰痛で職探しができないと訴える山田吉男(竹原ピストル)。一人目のクズだ。
不正受給者や生活困窮者を見回りする公務員の姿が、水道料金滞納者の水栓を止めるのが仕事の生田斗真の『渇水』を思わせる。
生活保護の悲哀を殺人事件にまで発展させた、佐藤健と阿部寛の『護られなかった者たちへ』など、この手の題材を扱った作品に比べると、シリアスさはあまりない。

先輩職員の高野洋司(毎熊克哉)が、受給者なのにキャバクラで働いていた林野愛美(河合優実)の弱味につけ込み愛人にする。
その噂が耳に届いた正義感溢れる同僚の宮田有子(伊藤万理華)が調査を始めたことで、事態は少しずつ悪い方向に転落していく。
高野から脅迫されていることは、愛美の悪友で元ヤンの梨華(箭内夢菜)を通じて、裏社会で暗躍する金本龍也(窪田正孝)の耳に入り、いい金ヅルになるとにらむ。
宮田が佐々木と共にこの脅迫事案の調査を始めたことで、この計画は一旦消えかけたが、愛美の幼い娘が懐いた佐々木が、意外にも愛美といい仲になりつつあつことから、標的を佐々木に変えて計画を続行させる。

キャスティングがはまっている。主人公・佐々木守を演じた北村拓海は、中盤までは長髪に丸眼鏡でやや暗い感じ。
でも北村拓海が演じているのだから、『東京リベンジャーズ』のように善人キャラで突っ走るのだろうと思いきや、終盤では限界線が切れたか、まるで藤子不二雄(A)の『魔太郎が来る!!』のように様変わり。ふっ切れ度合いがいい。
◇
佐々木が惚れてしまう堕落系のシングルマザー林野愛美には、目下絶好調の河合優実。この手の気怠いキャラはお手の物だ。城定監督作品には『愛なのに』、『女子高生に殺されたい』に出演。
回を追うごとに扱いが大きくなっていく。不幸の似合う女優として、木村多江の後継者の若手最右翼ではないかと思う。
愛美を脅迫して肉体関係を迫る高野洋司には、城定秀夫作品には『私の奴隷になりなさい』シリーズや『猫は逃げた』に主演の毎熊克哉。今回はひたすら情けない男の役だったが、彼が演じるとどこか憎めない。
生々しい濡れ場はさすがの城定演出で、露出度少な目でも十分エロい。出世作『ケンとカズ』の相棒、カトウシンスケも食品工場の主任役でカメオ出演してた。
そして高野の不正を追及しようとする同僚の宮田有子役に伊藤万理華。傑作青春コメディ『サマーフィルムに乗って』(2021)以来の河合優実との共演か?二人とも随分イメージ変わったな。
イメチェンといえば、筆頭格は梨華を演じた箭内夢菜だろうか。原作でも元レディース設定だったから、あの凄みとド迫力ボディで正しいのだけれど。
ドラマ『明日、私は誰かのカノジョ』の役作りか<出川ガールズ>になったあたりから、美少女キャラから変身した模様。

クズの筆頭、山田吉男役の竹原ピストルは、『ファーストキス 1ST KISS』、『サンセット・サンライズ』など、このところ俳優業での活躍が目立つ。
彼は見た目と田舎臭さのおかげで善人キャラが多い印象だが、本作では珍しく、ただの悪党というのが面白い。
◇
そして、そんな山田や女性陣を従えて、ランボルギーニ・ウラカンを駆って裏社会で暗躍するのが、窪田正孝演じる金本龍也。
話が悪い方向にエスカレートしていく群像劇といえば、窪田が主演の『犬猿』(2018、𠮷田恵輔監督)があったけど、あの時の悪役は新井浩文だった。
今回は堂々のひとりラスボス。しかも、気さくに話しかけるキャラと暴力のミスマッチが痺れる。『ある男』、『マイ・ブロークン・マリコ』等、向井康介の脚本作にも縁が多い。
◇
タイトル通り、炎天下でみんな汗だくになりながら、ひと夏の悪事に巻き込まれていく話なのだが、春先の公開はやや時期外れだった感はある。数日前には雪が降っていたりしたので。
気になったのは、最近の風潮なので仕方がないのだけれど、話が分かりやす過ぎる点だろうか。みんな台詞で語っちゃうのだ。原作が台詞に頼るのは必然だが、映画ならば、それをカット割りや表情などで伝えられる部分があるはずなのに、勿体ない。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
本筋で絡んでくるメンバーは前述の通りだが、まったく独立したエピソードとして、夫に先立たれ、息子と貧しい生活を送る母・古川佳澄(木南晴夏)が登場する。
偶然から成功した万引きを常習するようになり、パート先は解雇され、生活保護を申請し佐々木にボロカスに言われてしまう。名コメディエンヌの木南晴夏にここまで暗い役をやられると、息が詰まる。

ドラマに万引きが出れば、必ず呼び止められ、包丁が出れば、必ず刺される。だから、クライマックスで愛美のアパートにほぼ全員がパーティのように結集し、血生臭い修羅場となるのは予想されたことだ。
◇
ひとつ言えることは、映画は原作よりも何かにつけマイルドだった。それがお気に召すかは人それぞれだろう。たとえば、親子心中を図った佳澄は一命を取り留めたし、愛美に刺された梨華も死なずに済んだ。
金本がヤクザの抗争で敵の組長を殺して逃げてこの町で暮らしているという背景設定は割愛してよいと思う。
だが、佐々木が金本のさばいているドラッグで知らないうちにヤク中になってしまうというエピソードが抜けたのは味気ない。これは何か、コンプラ的な大人の事情によるものなのだろうか。
また、愛美と深い仲になった佐々木を脅迫して、ホームレスを次々に生活保護申請させ金を上納させるという手段に出た結果が、何も描かれていないのが気になった。課長(菅原大吉)が慌てるなり叱るなりのリアクションは、なかったような。
◇
振り返ってみると、愛美の娘と佳澄の息子は、どちらもあまりに不憫で痛ましい。映画は北村拓海のダークな一面と窪田正孝の切れ味抜群な悪役キャラで、軽妙な作品には仕上がっていたと思う。夏日に観るべし。