『飢餓海峡』
水上勉の原作を内田吐夢監督が映画化。三國・伴淳・左幸子・高倉健による社会派ミステリーの傑作。
公開:1965年 時間:183分
製作国:日本
スタッフ
監督: 内田吐夢
脚本: 鈴木尚之
原作: 水上勉
『飢餓海峡』
キャスト
樽見京一郎/犬飼多吉 :三國連太郎
杉戸八重: 左幸子
弓坂刑事: 伴淳三郎
味村刑事: 高倉健
杉戸長左衛門: 加藤嘉
本島進市: 三井弘次
本島妙子: 沢村貞子
荻村署長: 藤田進
樽見敏子: 風見章子
木島忠吉: 安藤三男
沼田八郎: 最上逸馬
竹中誠一: 高須準之助
巣本虎次郎: 河合絃司
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
あらすじ
昭和22年秋、函館の近くで質店に強盗たちが押し入り、店主を殺して大金を奪った後、店に放火して逃走。
折りしも台風の襲来で、函館湾沖で青函連絡船が転覆し、大勢の犠牲者が出る中、二人の身元不明の死体が残され、函館署の弓坂刑事(伴淳三郎)はそれが質店強盗の一味であることを突き止める。
ただひとり生き残った犯人・犬飼多吉(三國連太郎)は、酌婦・杉戸八重(左幸子)と一夜を過ごした後、彼女に盗んだ金の一部を渡して消え去る。
それから10年の歳月が流れる。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
同日に偶然発生した悲劇
内田吐夢監督は日本映画史を語る際に欠かせない名匠だと言われるが、私は『宮本武蔵』シリーズも観たことがなく、監督の作品は本作しか知らない。
だが、それでも、内田監督が只者ではないことは、冒頭の青函連絡船が転覆し多くの乗客が亡くなるシーンの迫力だけでも、十二分に伝わってくる。モノクロのシーンに、津軽海峡の鈍色の海面。
冒頭に「東映W106式」なる仰々しい名前がクレジットに登場するが、16ミリで撮影されたモノクロフィルムを35ミリにブロー・アップさせる手法らしい。これにより、飢餓を感じさせる苦渋に充ちた絵が得られるそうだ。
◇
1954年9月26日、北海道を襲った大型台風により、青函連絡船洞爺丸の転覆事故と、岩内町の市街8割を消失する大火災が、同日に発生している。水上勉はこれに着想を得て、代表作となる社会派ミステリー、『飢餓海峡』を書き上げた。
北海道岩幌町の質店に強盗が押し入って大金を強奪し一家を惨殺。証拠隠滅のため放った火は市街に延焼し、街の大半を焼き尽くす。その夜、北海道を襲った猛烈な台風で青函連絡船・層雲丸が転覆し多数の死者が出る。
翌日から現場で遺体収容に従事した函館警察署は、連絡船の乗船名簿と該当しない、身元不明の2遺体を発見する。
モノクロで3時間の映画となると、観るにも覚悟がいりそうだが、観始めると壮大なスケールのミステリーの世界に引き込まれ、飽きさせることはない。原作は上下巻に渡る長編であり、映画は3時間でも物足りないと思うほどだ。
遺体の数が二つ多い
函館署の弓坂刑事(伴淳三郎)は、襲撃犯のうち二人は、網走刑務所を出所したばかりの刑余者、木島忠吉(安藤三男)と沼田八郎(最上逸馬)だと睨む。もう一人は宿帳から、犬飼多吉と名乗る身長6尺(180センチ)の大男と分かる。
弓坂刑事は犯人が海峡を越え内地に行ったと推理し、下北半島に向かう。同じ頃、青森県大湊の娼婦・杉戸八重(左幸子)は、一見客の犬飼多吉(三國連太郎)から、思いがけない大金を譲り受ける。
弓坂は木島と沼田の写真を入手し、転覆事故で無縁仏だった2遺体を土葬した墓から掘り出して、同一人物と確認。仲間割れで犬飼に殺されたものと推理する。八重に聞き込みをするところまで、弓坂刑事の推理は冴えに冴えまくる。
原作では、この推理にたどり着くまでがもっと丁寧に描かれているが、3時間で収めるために、伴淳が張り切っているわけだ。だが、ここまで真相に近づきながら、弓坂は八重に騙されてしまう。
ここで捜査の線は途切れる。八重は東京に出て暮らし始め、10年の月日が流れる。彼女は亀戸の赤線で娼婦をして金を貯めるが、ある日新聞記事で篤志家の会社社長・樽見京一郎が、恩人の犬飼と酷似していることに気づき、舞鶴まで訪ねていく。
ここで登場してくる樽見京一郎が、果たして同一人物なのか、はたまた三國連太郎が二役を演じているだけなのか。原作を読んでいてもハラハラする展開。やはりこの時代、悪党役には三國連太郎が欠かせない存在。絵になる。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見・未読の方はご留意願います。
ようやく高倉健登場!
唐突に樽見の邸宅を訪ねた八重だが、けして更にカネをたかるわけでも、男女の仲になろうというのでもなく、ただただ感謝を伝えたかったのである。
だが、過去の犯罪露呈を恐れた樽見は、彼女を絞殺し、それを目撃した秘書の竹中(高須準之助)も道連れに殺し、心中事件を装い、海に捨てる。
この2遺体を他殺と睨んだ舞鶴の敏腕刑事が味村(高倉健)だ。いやいや、ここでようやく高倉健の登場だ。丁度90分、折り返し地点まで焦らすとは。
八重が持っていた樽見の新聞記事から、竹中と心中するのは解せないと捜査を進めるうちに、味村や署長(藤田進)らは、10年前の事件との繋がりに気づく。こうして、既に現役を退いた弓坂の協力を得て、味村刑事は樽見を追い詰めていく。
高倉健といえば、青函連絡船洞爺丸事故から30年にわたり青函トンネルの工事に執念を燃やした『海峡』(1982、森谷司郎監督)で有名だが、その発端となった『飢餓海峡』では、無口ではなく雄弁な切れ者刑事を演じていたのだ。
◇
本作では普段と異なり笑いを取りに行かない、シリアス路線の伴淳との組み合わせもいい。
メインキャストと思われたが、中盤であっさりと殺されてしまった八重を演じた左幸子は、原作のイメージとは異なる気もしたが、男好きのする顔立ちで明朗なタイプで、さすが内田吐夢監督が三國同様、キャスティングにこだわっただけはある。
ただ、八重が樽見が犬飼と同一人物だと指の傷から確信し、「ほら、やっぱり犬飼さんだ!」と大声連呼で抱き着くのはやや過剰で、樽見でなくても殺意をもってしまうほど。
#こんな作品の人生ゲームが欲しい
— Jack a Daddy (@Jack_A_Daddy1) October 3, 2024
『飢餓海峡』(1965) pic.twitter.com/SUUjtjIIIB
原作との差異とラストの切れ味
なお、原作では八重は樽見に毒殺されたあと、その死体処理を命じられた竹中の殺され方は曖昧だったが、映画では八重も竹中も樽見が首の骨を折っている。
また、八重が転覆事故当時の北海道の地方紙に包んで10年も後生大事に持っていたのは、原作では犬飼が使った髭剃りだったが、映画では彼女が切ってあげた犬飼の爪となっている。
さて、刑事たちの努力により、ついに樽見は逮捕されるが、八重と竹中殺しは認めても、質店一家惨殺と仲間二人の殺害は否認する。
質店殺害と放火は刑余者の二人がやったことで、その後も、逃げるボートの上で二人が仲間割れして海に落ちた。自分は残ったカネの横領しかしていないと主張する。
その真偽は語られないが、事実、冒頭のシーンでは、煙の出た質店から逃げる二人を樽見は離れた建物で待っている。だから真実と思っていい。
だが、彼は逃げるのではなく、ラストは、弓坂や味村の目を盗んで青函連絡船から身を投じて終わる。この唐突な終わり方は原作由来であるが、3時間の巨編の結末と思えない潔さを感じる。
◇
函館は内地に行く関門であり、北海道への出入りには必ずここを通る。だからこそ自分たちがという自負が、函館署の刑事にはあるのだろう。
いまや青函トンネルを抜けて新幹線が新函館北斗まで伸び、それどころか北海道には飛行機で行くのがデフォルトになっている時代であり、<飢餓海峡>を感じるのは難しいかもしれないが、本作は時代を超えた傑作だと分かる。